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 春は3階の階段を降りようとしたところで、昨日の警備員に呼び止められた。



「君、また来てたのか?」



「いや、まあ・・・」



 春はばつが悪そうに口ごもってしまう。



「あんまり首をつっこむと、幽霊に祟られるぞ」



春の態度に、警備員はそう言って鼻で笑った。



「いや、それはないと思います」



 春は強くそう断言した。



「そうなのか? まあそれより、その手に持ってるぬいぐるみは?」



「これは・・・」



 春はゲームセンターで幽霊の女子高生と一緒に取ったと言おうとしたが、直前で言いとどまる。



「・・・なんでもない。俺の私物です」



「そうか」



「じゃあ俺、帰りますんで」



「ああ。気をつけて」



 警備員と別れると、そのまま1階まで降りてスーパーを出た。





 駐輪場に停めてあった自転車に跨がったその時、



「あ!」



 春はぬいぐるみを落としてしまったのである。



「大切にしてって言われたそばから・・・」



 春がうなだれたその時、落ちたぬいぐるみから何かが転がった。



「え?」



 それは丸められた紙だった。

 ぬいぐるみのどこかに潜ませてあったようだ。



 春はそれを拾って、手の中で広げてみた。

 そこには4桁の数字が記されてあった。4桁の真ん中にはハイフンが入っている。



「これって、まさか!?」



 春はこの番号が何を意味しているのかが、すぐにわかった。

 これは女子高生をひき逃げした車のナンバーではなかろうか。



 どうするべきか。警察に届けるべきか。

 しかし、この番号をどうやって知ったのかと聞かれたら、どう答えればよいのか。

 それに、これは本当にひき逃げした車のナンバーなのか。偶然ぬいぐるみに忍ばせてあっただけではないのか。



 そうだ。先程すれ違った警備員にこのことを伝えれば、自分が警察に伝えるより都合がいいかもしれない、そう春は考え、ぬいぐるみを拾い上げると、再び店内に入っていった。



 2階から階段を上ろうとした時、3階の巡廻が済んだのか、踊り場を曲がって2階へ下りてきた警備員に鉢合わせした。



「どうした? 忘れ物か?」



「あの、少しだけ聞いてほしいことがあるんです」



 春の眼差しに気圧されたのか、警備員は少し困惑気味に頬をかいた。



「あ・ああ。別に構わないが」



「あまり目立ちたくないので、3階で話したいのですが」



「わかった」



 後ろめたいことは何もないのだが、春は人目のつかない場所で4桁のナンバーのことを伝えたかった。



 二人は3階に上がると、薄暗い通路を進み、吹き抜けを過ぎて、ある場所についた。



 先程までゲームセンターがあった場所である。

 夏姫はもういないので、ただの空間だけがそこに広がっていた。



「で、話って?」



「これなんですけど」



 春はくしゃくしゃになった紙に記された、4桁の番号を警備員に見せた。



「ほう。で、この番号がなんだというのだ?」



「さっき俺が持っていたぬいぐるみの中に、この紙がくしゃくしゃに丸めて隠されていたんです」



 春は持っていたぬいぐるみを警備員の前に差し出し、更に付け加える。



「このぬいぐるみは、実はさっきこの場所でもらったんだ」



「すると、また幽霊の話か?」



「その幽霊から貰った」



 警備員は目を点にして、呆れ顔だった。



「じゃあ君は、その番号は幽霊からのメッセージで、ひき逃げした車のナンバープレートを示している、とでも言いたいわけだ」



「その通りです。俺が警察に言ったって信じてもらえるかわからない。だから、代わりに行ってもらっても・・・」



「その番号、まだ誰にも教えてはいないんだな?」



 春の訴えを言下に、警備員は突然声色を低くして尋ねてきた。



「え・ええ、そうですけど」



「そいつはよかった」



 警備員はそう囁いた。春はそれに気づけなかった。



「じゃあ、警察に連絡をとってみようか」



 警備員はもと来た道を歩き出し、春が後から続く。



「まさかこんなことになってるとは、夢にも思わなかったよ」



 前を歩く警備員から、春はくっくっと不気味な笑い声を聞きとった。



「え?」



「幽霊からナンバーを教えられていたとは・・・。まだ誰にも知られていないんだな。だっ

たら、お前を殺せばこの番号は再び闇に葬ることができるわけだ」



「・・・どういうこと?」



「こういうことだ」


 警備員は出し抜けに後ろの春に振り返ると、いつのまに手に持っていたナイフを、春のみぞおちに突き刺した。



「うぐっ!!」



 春は体勢を崩し、床にうずくまってしまった。



 警備員はにかっと不気味な笑みを浮かべると、ポケットから出したハンカチで、ナイフについた血を拭き取った。



「悪いな。そのナンバーを警察に教えられるわけにはいかないんでな」



 俯せに倒れたまま反応のない春に言い聞かせるように、警備員は続ける。



「あの女子高生をひき逃げしたのは私の息子なんだ。私はそれを是が非でも隠し通さなければならない」



 警備員は春の両足を掴むと、



「ここにはめったに人は上がってこない。ゆっくり死体の処理ができる」



 その時だった。



「長谷川! お前何をしている!」



 あまりの驚きで肩を揺らした警備員は、声のした通路の奥へ目をやった。



「な!?」



 長谷川と呼ばれた警備員と倒れた春の許へ、突如現れた警備員二人が駆けていたのである。



「ちっ! どうしてこのタイミングで!」



 警備員の長谷川は舌打ちすると、ふと物音を耳にした。



 春にはまだ息があった。痛みから身じろぎした際に長谷川に感づかれたのである。



「近づくな! こいつにとどめをさすぞ!」



 長谷川が俯せの春のうなじ辺りにナイフをつきつけようとしたその時、春はがばっと起き上がり、



「ふざけるな!!」



 ずっと握り締めていたままだったかばんを、警備員の顔面めがけてぶつけたのである。



 怯んだ長谷川は、ナイフを落っことした。



「今だ!」



 警備員二人が長谷川のもとへ急いで駆けつけると、その身体を押さえつけ、背中に腕をまわして身動きがとれないようにした。



「縄だ! 縄を持ってきてくれ!」



 警備員の一人がもう一人にそう指示した。



「くっ! お前! どうして!」



 長谷川は怒気を満面に浮かべ、春を睨みつけた。



 その場で突っ立っていた春は、無言のままで徐に足元を見下ろした。

 そこにあったのは、血がこびりついたぬいぐるみだった。

 春はナイフで直に刺されたわけではなかった。間にぬいぐるみが挟まったために、傷はそれ程深くはなかったのである。

 それでも刺されてはいるのだ。コートの切り口からは血が流れ、黒いコートに染みをつくっていた。



 長谷川の動きを封じたままでいた警備員がそれを目にし、面食らっていた。



「君! 大丈夫なのか?」



「ええ。なんとか」



 二人のやりとりの傍で、長谷川は憤怒の形相で春だけを睥睨し続けていた。



「お前が・・・お前がこんなところに来なければ、俺と息子は平和に暮らし続けることができたんだ! お前がここに来なければ!」



 長谷川は警備員に固められていた腕を、人並み外れた怪力で強引に解くと、警備員の腕をとって背負い投げした。

 そして、落ちていたナイフを拾い上げると、切っ先を春へ向けて突進したのである。



 春は恐怖し、切歯した。

 傷を負ったせいで逃げることはかなわない。春は死を覚悟した。



(今度こそ殺される! でもいいか、彼女にまた会えるのなら・・・)



「来ちゃだめ!」



 頭に流れてきたのは女子高生の声だった。



 春の隣に、消えたはずの夏姫が立っていたのである。



「約束したでしょう? 私の分まで長く生きてって」



 春は夏姫の凛とした横顔に釘付けになった。



「死ね!」



 春の一歩前まで長谷川が迫った時、信じられないことが起きたのである。



 なんと、長谷川の姿が一瞬のうちに消えたのだ。



「え!? どうなってるんだ・・・?」



 唖然としながら春は隣を見やると、夏姫の姿もなかった。


 その場には、背負い投げされて気絶した警備員と、立ち尽くしたままの春だけが取り残されていた。


 長谷川はいったいどこにいったのだろうか?

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