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 肌に刺すような痛みを伴わせて吹き抜けていく風に、首に巻いたマフラーをなびかせながら、少年はある場所へ向けて自転車を走らせていた。



 少年にとって、高校生になってから二度目の冬。



 学校からの帰宅途中、少年は用をたしに、ある大型スーパーの駐輪場に自転車を停めた。



 少年の名は、城崎 春(しろざき はじめ)

 髪型はあまり気にしていないのか、自然に伸ばしただけの無造作な髪が風に煽られている。

 背格好は160センチと高校生男子にしてはやや小柄で、細身ですらりとした体格、紺のブレザーにグレーのチェック柄のスラックスの上には、黒のコートを羽織っていた。

 首には前述した緑のマフラーが巻かれている。



 春は出入口の自動ドアをくぐると、エスカレーターとサービスカウンターの間を抜けてすぐ右手側にあるトイレに入った。

 この建物は3階建てで、1階に大本のスーパーがあり、2階から3階にかけては様々な店が入っていた。

 しかし、それは過去の話といっていい。

 春は小さい頃から母親に連れられてこのスーパーによく来ていたが、最近はめっきり来なくなっていた。

 近くに大型ショッピングモールができたために、最近はそこに足を通わせることが多くなっていたのである。



 トイレで用を済ませた少年は、出入口の前まできてふと立ち止まった。



 春が最後にここにきたのは小学校を卒業した頃だ。それ故、1階の店内の様相はがらりと変わっていた。

 春は昔を懐かしんで中を探検したくなったのである。



 大型ショッピングモールができた当時は、客足が遠のいたこともあったが、2年近くが経過したこともあり、現在客の出入りは落ち着きつつある。

 しかし、デパートの中はかなり廃れてしまっていた。

 客足とともにテナントも退き、店内には空いた空間だけが広がっていき、現在では2階の半分以上はがら空き状態となっていた。

 この分だと、3階にお店は入ってないだろうと春は思った。



 過去を追懐しながら2階の店内を回る春。

 昔の記憶を頼りに書店や玩具屋、ペットショップを探し回ったが、そのどれもが撤退してしまっていた。

 あったのは紳士服や化粧品の売り場などで、小区画で営業をしていた。

 2階の客の入りは数えられる程度。

 1階のスーパーの他に騒がしく営業していたのは、同じ1階にある百円ショップくらいだった。



 春は次に3階に上がった。

 この階はもはや人の気配はなかった。

 2階ですら人とすれ違ったのは2度だけだった。

 3階まで足を運んでくる人などほとんどいないのだろう。



 蛍光灯が照らし出す寂れた通路を進んでいくと、吹き抜けが現れた。

 吹き抜けからは1階まで見下ろすことができたので、春はそこから下を覗いてみると、そこはフードコーナーになっていた。

 丸や四角のテーブルが並べられ、その一つ一つを椅子が囲んでいる。

 まだ夕方とは言えない時間帯だからか、座っている人は少なかった。



 吹き抜けの一角には1階から3階までを結ぶエレベーターが2機あり、その隣には小さな池と噴水があった。

 池の中心には小島のようなものが一つあり、そこにはヤシの木が植えられていて、三階吹き抜けの手摺り近くまで伸びて枝葉を広げていた。

 噴水は、ヤシの木の小島を囲むようにしてたくさん並んだ小さな筒から水が出ていた。

 エレベーターはガラス張りなので、乗り込めばそこから噴水を見下ろせるようになっているようである。



 春は吹き抜けから3階フロアに視線を戻したが、よく見ると3階にお店は全くなかった。

なるほど、人がいないはずだ。

 通路の電灯がついているだけならば、いっそのこと3階全体を封鎖した方がいいのではないかと春は思った。



 しかし、そう思ったのも束の間。 ・・・



 吹き抜けから更に奥に続く通路の先に、僅かな明かりを見つけたのである。

 春が近づいてみると、それはゲームセンターのようだ。

 全くなにもない3階の一角で、ゲームセンターだけが営業していたのだ。

 それなら通路の蛍光灯を落とすことはできないだろう。



「ん?」



 そこで春は、ある人影を見つけたのである。

 春は人影を気にすることはせず、ゲームセンターに入って一通り中を見て回った。

 しかし、客は疎か店員すら見つけられなかった。

 いたのは、ここに来る途中に見かけた人影だけだったのである。



 ふてくされた顔でユーフォーキャッチャーの景品を見つめる女子高生。

 春はそのユーフォーキャッチャーの近くまで寄った。



 肩まで伸ばした黒髪のセミロング、背丈は春より10センチ程低く小柄で、顔も幼いせいか中学生に見えなくもない。

 しかし着ている制服は春にも見覚えのある高校のものだった。

 薄い紺のブレザーに赤のタータンチェックスカート、首には赤いマフラーを巻いていた。



 女子高生は小銭を入れては失敗を繰り返していた。



「取れないの?」



 女子高生は春の呼びかけに振り向くと、失敗を見られて照れたのか苦笑いを浮かべた。



「はい。私、こういうのは苦手で。でも、偶然このぬいぐるみを見つけちゃって」



 ユーフォーキャッチャーに視線を戻した女子高生は、中のぬいぐるみの一つを指差した。



「家で買っている猫にそっくりなんです。だから、会わせてあげたいなーなんて思ったんですけど・・・難しいです」



 それはパンダのように白に黒ぶちの入った猫のぬいぐるみだった。

 腹ばいになって心地よさそうに目をつむっている。真昼の縁側に置いてあげれば、さぞかし絵になりそうなぬいぐるみだ。



「俺もやってみるよ」



「はい、お願いします」



 律儀に頭を下げて女子高生が一歩退くと、春は持っていた手提げ鞄をユーフォーキャッチャーに立てかけて、ぬいぐるみの真正面に立った。

 ポケットに入れた財布から小銭を出し、ユーフォーキャッチャーに投入する。

 ボタンを操作してクレーンを移動させ、ターゲットのぬいぐるみの頭上へと上手い具合にもっていくことができた。

 アームが勝手に下りて、猫のぬいぐるみに触れる。



「やった!」



 しかし、ぬいぐるみを見つめる女子高生の期待もむなしく、アームはぬいぐるみをひっかけることなく上昇し、失敗に終わった。



「惜しいなー。あとちょっとだったのに」



 春はぼやきながら財布からまた百円硬貨を取り出し、ユーフォーキャッチャーに投入しようとしたが、女子高生に引き止められてしまった。



「あの、お金は大丈夫なんですか?」



「ああ。少しくらいなら」



「ありがとうございます。私、もうお金を使い果たしてしまったので」



 女子高生は面目なさそうに俯いた。



 それから春は5回挑戦してみたが、アームが触れはするも、ぬいぐるみを取ることはできず、少しくらいと言っていたのに、とうとう所持金を全て使い果たしてしまったのである。



 実は春はゲームセンターにあまり来たことがなかった。それ故、ユーフォーキャッチャーなどが得意というわけではないのだ。



「くーっ! なかなか取れないもんだな。もう小銭ないし・・・」



「ごめんなさい。私が頼りきったばかりに」



「いや、君が謝ることじゃないよ」



 春はふと、ゲームセンター内の壁にかけられた時計を見やった。

 夕方5時を疾うにまわっていた。冬だけに、外に出れば空に星を見つけることができるだろう。



「また明日もここに来るの?」



「もちろん、そのつもりですよ」



 女子高生はニコッと微笑みながら答えた。



「そっか。なら俺も明日来よう」



「え? いいのですか?」



「ああ。俺も意地でもあのぬいぐるみが取りたくなった」



「ありがとうございますー。心強いです」



 その笑顔に春は一瞬うろたえてしまった。

 彼女ともう少しだけ一緒にいたい。もっと話がしたい。

 春は顔を強張らせると、思い切って帰り道を誘ってみることにした。



「あの・・・よければ途中まで一緒に帰りませんか?」



 女子高生は一瞬瞠目したが、それから俯いてしまった。



「ごめんなさい。私、まだここを離れることができないんてす」



「そ・そっか。ならいいんだ」



 春が落胆を押し隠すように頭をかくと、女子高生はまた微笑み、小さく会釈した。



「誘ってくれてありがとう」



「ああ、じゃあまた明日」



「はい。また明日です」



 春は女子高生に別れを告げると、手提げ鞄を取ってゲームセンターを出ていった。



 吹き抜けの傍を通った時、そういえば、女子高生の名前を聞いていなかったことを思い出した。

 すぐ後ろだから聞きに戻るのもいいが、明日また会えるのだ。その時聞けばいい。



 そして春は一人階段を下りていったのだった。

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