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三人組[ターゲット]前編

 やっとバトル突入した……

O市 B区住宅街 午後二時三十七分


「犯人一味が仕事を始めた。場所はB区三丁目三番の一戸建てだ。人質を一名取っているぞ。現場の正確な情報は『監視端末』から取れ」

 バベルの声を小型無線越しに聞きながら、神木は路地裏を走り抜ける。

 七月の陽気に似合わぬ対刃繊維の黒ジャケット、鉄芯を仕込んだブーツを纏い、現場への道を急ぐ。まさか張り込んで一日目で引っかかるとは思わなかった。長引かずに済むのはありがたい。ましてや今日は日向楓との約束があるのだ。

 目標の住宅が見えた辺りで、こちらにふわふわと浮遊する物体が降りてきた。

 白い紙で折られた手のひらサイズの折り鶴、これがバベルの飛ばした『監視端末』である。

 手に取ると形がほどけ、細長く螺旋状に伸びたバベルの髪の毛に戻った。

 神木はその先端を側頭部に当てる。すると髪の毛はパラパラと砕け散り、同時に現場内を監視して集められた犯人と人質の位置、状態、家の間取り等の情報が神木の脳内に流れ込んでいく。

――毎度便利な能力だな。

 すぐさま突入に有利な入り口、人質が拘束されている、一階リビングの庭に面した窓を目指す。

 まだ人質に手荒な事はせず、家の中を物色中らしい。犯人達は二名が二階、一名が一階を担当。それぞれ熱心に仕事、つまり金目の物探しに励んでいる。


――まずは一階の岩男、次に二階の面無し、最後にバラシ屋だな。




 即決で順番を決めると、懐から仮面を取り出す。

 灰色、赤眼、双角、神木が夢を失ったあの夜にいた禍々しき凶相。それが原初の火神の名を受けながら、燃え尽きた灰の仮面、カグツチ。

 そっと仮面を見つめながら神木はこみ上げる嫌悪感と対峙する。神木はこの仮面がどうにも好きにはなれない。道具としての愛着も湧かない。むしろ恐怖を感じる時もある。

 木場の次に自分に回って来た時は、まるでこの仮面が木場からこちらに乗り換えてきたようにさえ思えた。

 しかし、神木に適応する仮面はこのカグツチだけであり、メンジンと闘う為にはこの仮面を使うしかない。そして木場の死の真相にたどり着くためにも、メンジンと闘い続けなければならない。それだけが夢を失った神木の、生きる目的だ。


――コイツが破滅を呼ぶっていうなら、それでもかまわない。どうも俺は死んだ生き方以外出来ないみたいだからな。


 だが、それでも。それでもなお、神木は追い求める。


――破滅と引き換えでも、俺は木場さんの死の真実を掴んでみせる。

 恐怖を覚悟で打ち払い、仮面を眼前に掲げる。

「カグツチッ!」

 ズルリと仮面が頭部を飲み込む。

 記憶はそのままに、性格、価値観が変容する例えようの無い感覚をこらえながら、現場の隣の家の敷地に駆け込む。

 周囲の家に人が居ないのは端末の情報で確認済みである。

 庭に出て、目標現場との仕切りになっている高さニメートルほどのブロック塀の前へ向かう。駆け込んだ勢いのまま、仮面により増強された身体能力で大きく跳躍。

「とうッ!」

 ブロック塀を踏みしめ、さらに飛ぶ。空中で姿勢を飛び蹴りに変え、庭を飛び越えながら目標、人質のいる一階リビングの窓ガラスへカグツチは突き刺さった。


ガシャァァァァンッ!!


 巨大な音を立てて飛び散る窓ガラスを威に介さず、カーテンを引き裂きながら、灰の鬼神がリビングに降り立つ。

 本来、一般的に窓ガラスは針金で補強されているものであり、人一人が全力でぶつかった程度では突き抜けないはずである。しかしカグツチは易々とこれを突き破り、室内へ侵入した。

 周囲を見渡すとソファーに隠れ、怯えた目でこちらを見つめる主婦を発見、両手が縛られている。

 無事を確かめようと近づくと、カグツチの格好に気圧されたのだろう、引きつった顔で後ずさった。まあ当然の反応であり、正直慣れた。

「心配するな。俺は味方…」

 言い終わらぬ内に廊下へ続くリビングのドアがけたたましい音を立て開閉。

「なんだッ! ババァ何しやがったッ!?」

 ニメートル近い背丈。たくましいを通り越し、暑苦しい筋肉。血管の浮いたスキンヘッドの大男が飛び込んできた。

 カグツチの異形を見つけ、狼狽えながら怒鳴りだす。

「だ、誰だテメェは! お、お前もメンジン、」


「黙れッ!」

 

 カグツチは普段の気怠そうな様子とはまるで違う、義務感と力に満ちた声を上げた。

「人を傷つけ、金品をあさる外道に、名乗る名はないッ!」


 カグツチの仮面による性格の変質、それは「暑苦しい程の正義の熱血漢」 通常の冷めた神木とは対称的な、いかなる不条理をも許さぬ熱き義人へ変わるのだ。そしてもちろん神木本人はこの性格が嫌いである。



 即座にカグツチを敵と判断したスキンヘッドは仮面を掲げる。

「ウベルリッ!」

 岩を無理やり切り出して作ったようなモザイク、辛うじて人面らしく見えるデザイン。変身を完了したウベルリはすぐに能力を発動、上半身が皮膚から生み出された岩に包み込まれていく。増加していく自重に床が悲鳴を上げ、わずかに陥没した。

―――それがお前の能力か

 平然と大股で距離を詰めるカグツチ。構えをとらず自然体のままだ。

 言葉ではなく暴力による返答をするために、石柱と化した右拳を掲げ構えるウベルリ。

 ゆっくりと近づくカグツチの動きに合わせるように右腕を振り下ろす。ようやくカグツチは左腕で受けようと手を上げたが、ウベルリは構わず、その腕ごと頭を叩き潰した。

 だが次の瞬間。

「…ナァッ!?」

 ウベルリは驚愕の声を上げた。大質量の右腕が激突してもカグツチは吹き飛ばなかった。それどころか体勢さえ崩していない。

 叩き突けた右腕は、カグツチの左腕が触れた箇所を中心に大きくえぐれている。砂と化した岩がこぼれ、宙をまい、やがてウベルリの能力から離れたのだろう、虚空に消えていく。


 カグツチの能力、それは「破壊」 両手両足、肘から先、膝から先に触れたあらゆる構造物の分子結合を解くことが出来る能力である。先程の窓への飛び蹴りや、先日の鳥男を捉えたトラップもこの能力で行ったのだ。

 カグツチの面は炎の力ではなく、全てを原子の灰へと帰す、焼却の力なのである。


 何が起こったか分からず動きが止まる、ウベルリ。カグツチがここで初めて構えをとる。

 やや猫背気味の姿勢、前に構えられた両手、そしてリズムよく、力強く刻まれるステップ。

 ボクシング、それがカグツチの能力を生かすために神木が選んだ戦闘スタイルだった。


 数発ほどの左ジャブがライフル弾さえ受け止める岩の装甲を削り取っていく。

「ひっ、ひいぃッ!」

「うかつに動くな… 中身まで削れるぞ」

 カグツチは生身に触れる寸前で能力を解除、うっかり分解して致命傷を与えないよう注意する。

「この辺りだな」

 ウベルリの顔面へ向かって左拳を振り上げる。とっさにガードしようと腕を上げるウベルリ。それによって空いたボディ、岩が削れて薄くなった横っ腹に右のボディブロウをえぐり込む。

「おぶぉッ!」

 鈍い声と共に体がくの字に曲がるウベルリ、カグツチはちょうどいい位置に降りてきた顔面を逃さない。

 最も信頼していた防御が役に立たず、衝撃が絶望に変わる寸前、あご下に放たれた左右の連打、ワンツーが、ウベルリの仮面とスキンヘッドの意識を叩き飛ばした。


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