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茜木[ウォッチャー]

 無貌機関の監視官、茜木[アカネキ]晶[アキラ]は通達した時刻通り興信所に到着、ジャンケンに負けた神木が泣きながら買ってきたケーキと、夏美が入れた渾身の紅茶を来客用のソファーに座り味わっていた。

「おいしい紅茶ありがとうね、冴岸さん」

「どういたしまして」

 傍らに座っていた夏美が和やかに一礼する。

「それにこのガトーショコラ…」

「それは神木さんが駅前のC店で買ってきたものです」

 穏やかだった茜木の目つきが鋭くなる。

「パイが売りのあの店でこのチョイスはあり得ないわね。趣味が悪いわぁ」

「私もそう思います」

「……オイ、お前今探り入れてから罵ったろ?」 長身でスラリとしたシルエットを包むスラックス。いかにも有能そうなキャリアウーマンといった格好。長めに伸ばし、後ろに纏められた髪と縁なしのメガネ。きれいでシャープな顔立ちにうっすらとまとった化粧が大人の色香を浮き立たせる。

 夏美にとって社会に出てなってみたい女の理想型、それが茜木晶だった。


 彼女は監視役と資料配布のメールマンを兼ねて、定期的に神木達の元を訪れている。神木とは訓練時期からの付き合いで、気軽に軽口を叩き合う程度には親しくなった。

「んで、肝心の資料は? 」

 うっかりムダ話をさせると女二人で結託して、どう攻撃されるかわかった物ではない。神木はとっとと話を進めることにした。




O市郊外 午後一時十五分 廃屋

 市住宅街から外れた郊外、経年劣化により剥がれ落ちた壁板と生い茂る雑草。打ち捨てられたその廃屋に脱走者、ロクショウは身を隠していた。

 朽ちかけた部屋で、打ち捨てられた椅子にぐったりと座りこんでいる。十代の少年の華奢な骨格、線の細いその顔立ちと肩まである髪は少年というよりは少女のそれに近い印象を受ける。しかし憔悴した表情がその印象をかき消していた。

 彼は安堵していた。自らを追ってきた追跡者二名を殺さずに撃退出来た事実に。

 彼は恐怖していた。このまま追跡者と戦い続ければいつか人を殺める時、あるいは自らが死ぬ時がくるかも知れないことを。そして破壊した彼らの仮面がまた別の誰かに取り憑くかもしれない事を。

 しかし彼は覚悟していた。友の死を弔うため、真実を明かし、仇を討つまで戦いを止めぬことを。

 仮面が無ければ、ロクショウは決断が出来ない、迷い続けてばかりの男だった。今でさえ、殺める覚悟をつけることが出来ない。

 しかし、それでも友の死から目をそらすという決断はしない。 流れに任せ、全てを傍観する事もしたくはない。

 どれほど苦しむことになっても友の無念を晴らす事を迷わない。

 それがロクショウが、己の力で下した人生の中で数少ない決断だった。

 彼は手のひらにあるある物を見つめていた。切手ほどの大きさと形、黒い何か。それをゆっくりと握りしめる。

「……O市、無貌機関支部、本部社屋」

 それが目指す場所だった。

 廃屋の薄明かりに見えるその顔はすでに線の細い少年ではなく、覚悟を決めた男の表情をしていた。




O市 シティアイ興信所 午後一時三十分


「あら、結構いい男ですね。なんて言うかかわいい系っていうか」

 写真を見た感想を素直に呟く夏美。

「でしょ? 冴岸さん、私もそう思うのよ」

 紅茶をすすりながらなぜか誇らしげにいう茜木。

――クモオヤジの予測通りだな。

 内心で呟きながら神木は茜木に訪ねた。

「で、こちらの少年の能力は?」 メンジンとなった物には大別して三つの変化が訪れる。

 一つ目は身体能力の数倍から十数倍の強化。

 二つ目は性格の変質。

 三つ目は特殊能力の付加。

 一つは全ての仮面に共通して起こり、二と三はその仮面ごとに違った物になる。対メンジン戦ではこの能力を掴むのが大きなポイントになってくる。


「彼の仮面は『トツカノツルギ』 能力は『切断』よ。両手の手刀であらゆる物をその強度を無視して切断出来るわ」

「強力な直接戦闘型か…… 厄介だな。そいつのメンジンとしてのキャリアはどの位なんだ?」

 茜木は資料をめくりながら答える。

「一年ほどね…… おそらくはある程度の能力の成長は起こっているでしょうね。追っ手二名を返り討ち出来る程、戦闘力は有るようだし」


 メンジンの能力は一定以上使い続けることにより成長を起こすことがある。その能力自体の強化や弱点の補強など、使い手の人間により成長の傾向は変化する。弱い能力のメンジンも成長により化けることもあるという。

「なんかうちの協力者のメンジンたちは、最初にデータベースに登録した能力から成長した場合、更新しようとか全然しないのよね。何でかしら? お陰で連携が取りにくくて困っちゃうわ」

 白々しく喋る茜木に神木は覚めた視線を返す。

「そりゃお前、せっかく身につけた隠し玉をそんな所に登録するバカいないだろ」

「へぇ、じゃあ、あんたにも出来たの? 隠し玉が?」

「どうも俺は進歩が無くてね、能力がさっぱり成長せんのよ」

 基本的に機関の協力者のメンジンは機関も、同僚のメンジンもけして過信はしない。ましてや全ての能力を知られるなど心臓を握られるに等しい。

 自らの能力を知らせず、かつ相手の能力を掴めるように日常的に探りを入れあっているのだ。ただし、

「神木さんは全然成長してませんね。昨日の鳥男事件でもトラップとか不意打ちばっかりで、新しい能力とか全然使いませんもん」

――黙れアホ娘……

 ここにいる一人を除いて。

「あっ、私はなんだか観測精度がかなり上がりました。予測も八割くらい当たりますし、全体的にベースアップしてるみたいですね」

「流石冴岸さんね、その調子でレベルアップして、そこの進歩しないミドリムシ男をこき使ってやって!」

「はい!」

 茜木に対する夏美の態度は愛する主人に懐く子犬を連想させる。神木に対する態度とは大違いである。

 彼女の仮面、バベルの能力は『演算予測』 広域データ観測と高い演算能力によるハイレベルシュミレーション。前日の鳥男を捉えたトラップや行動予測も彼女の能力による物である。


「まあ、とりあえずロクショウは別の追跡班を立てているし、あなた達は強盗団の方のメンジン達を相手にしてちょうだい」

「俺たちがロクショウと出くわした時は、我らが茜木嬢が颯爽と駆けつけるから、てか?」

「ええ、あなたが前座で倒された後にね」

 穏やかな微笑で答える茜木、しかし神木を見つめるその目は厳しい。

「柿本のオッサンから聞いたけど、あんたメンジンなんだろ? いい加減、仮面の能力を教えてくれないかな?」

 茜木は指についたケーキのチョコを、薄い口紅のついた唇でそっと舐めとる。艶めかしく動く舌が唇から覗く。

「今すぐに機関を裏切ってくれれば、イヤと言うほど教えてあげられるんだけど?」

 圧力を発し氷の微笑を浮かべる茜木に気圧され、神木は視線をそらした。

――この女、目が笑ってねぇよ。

 えげつない探り合いにうんざりしてきた神木、それを見計らったように所長席の固定電話のコールが鳴る。

「おっと、だれだ?」

 反射的に電話を取る。

『はい、こちらシティアイ興信所。先にいっときますけど家は人捜し専門ですから……』

『あの、私です。日向です』

 ややか細く、透き通った女性の声に神木は彼女が誰なのか気づいた。

『え? ……ああ、こりゃどうも日頃からお世話になってます! 今日はどういったご用件で?』

 神木はソファーにいる茜木にジェスチャーで「帰れ」と命ずる。資料が渡された以上、長居させる理由はない。ため息をはきながら席を立つ茜木とこちらを睨む夏美を無視して神木は話を続ける。

『で、今日はどういったご用件で? また人捜しの紹介でもあるんですか?』


 電話の女性は日向[ひゅうが]楓[かえで]。数カ月ほど前から興信所に人捜しの依頼を仲介してくれている人物である。ただし、実際に神木とは会った事はなく、大抵は依頼人越しか電話を介しての会話しかない。

 ともあれ見た目がどうにも胡散臭いシティアイ興信所では彼女の紹介が仕事の大半を占め、神木は彼女にどうにも頭が上がらない。


『今回は仕事の紹介ではなく、私自身が仕事を依頼したいのです』

『はぁ、わかりました。それでどういったご依頼を?』

『あなたの所に依頼する以上もちろん、人捜しです。内容は直接話したいので、会って頂けませんか?』

『はい、それは構いませんが…… それでいつこちら興信所にいらっしゃるんで?』

『実は私は事情があって外に出られないので、そちらから私の方に会いに来ていただきたいのです。日程は三日後の午後六時、場所は…… O市中央病院で』

 怪訝な表情を神木は浮かべた。

『病院、ですか?』


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