指令[テレフォンコール]
シティアイ興信所
所長席 午前十二時五分
トゥルルル
トゥルルルルル
トゥルルルルルルルル
鳴り続けるコール音。それに反応してうたた寝から目覚める。頭にまとわりつく薄もやを振り払い、シティアイ興信所の所長、神木はけだるげに電話を取った。
「はぁい、お電話ありがとうございます。こちらシティアイ興信所。あのね、先に言っときますけどウチは基本人捜し専門だから。それ以外のことなら他の探偵社を紹介するんでそっちに…」
「ああ、もしもし神木くん、私ですよ私
分室長の柿本ですよ」
中年の渋さを感じさせる低めの声と、その長所を完全に打ち消す無駄に丁寧な口調を聞いて、神木は条件反射的に口調を変えた。
「……タダイマ、ルスニシテオリマス、ゴヨウノカタハ」
「ちょ、ちょっと神木くん!ムチャなタイミングで居留守使わないで!いままで普通に話してたでしょ!?」
『無貌機関』O市支部分室長である男、柿本[カキモト] 兼定[カネサダ] 年齢はおそらく四十台。
木場とガラス男、ストラスとの戦いのあと神木は気を失った。病院で眼を覚ました彼に知らされたのは先輩警官である木場 真次郎の死亡と犯人三人の死亡。事件の内容は犯人同士の仲間割れに巻き込まれた木場と神木の戦闘の末の惨劇ということだった。
犯人一味にされたガラス男はガラス片で喉を貫き自殺していたと伝えられた。神木は自分が体験したことや、明らかに遅すぎた応援、今から考えれば異常にまき散らされていたガラス片、そして仮面をつけた異能の怪人メンジンについてを必死に説明した。しかしそれらは全て受け入れられず黙殺された。
神木はあのメンジンの怪人と警察組織に何か繋がりがあるのではないかと疑い、もう警察官を続けることはできなかった。
失意の内に警察を辞めてから九ヵ月後、神木のアパートに一人の中年の男が訪ねてきた。
グレーのスーツ、クモを思わせるスマートな体つき、細い目と穏やかな顔つき、ロマンスグレーな渋い見た目に似合わぬ、丁寧な物腰だがどこか胡散臭さを感じさせる印象。男は柿本と名乗った。柿本は仕事を紹介したいと言った。さすがに怪しさを感じ追い返そうとした神木に柿本は一枚の写真を見せる。
「これに見覚えがありますね?」
そこに写るのはあの仮面。木場、そして自分がつけたあのドクロの仮面だった。本能的な危機を感じ最初はシラを切った神木だが、柿本は「あなたは警察内でなんどもこの仮面の証言をしているはずですよ」と、さらに問い詰める。言葉に窮した神木に柿本は更にこう迫った。
「私は木場の所属していたメンジンを狩る機関、『無貌機関』の者です。
あなたをカグツチの仮面を使える適格者として、スカウトをしにきたんですよ」
神木は考えた。この機関に入ればなぜ木場が死ななければならなかったのか、誰が木場が死ぬようにあの状況を仕掛けたのか、そして、木場はメンジンとして何をしていたのか。
解るかもしれないと。
神木は柿本と交渉の末、条件を設けた。
「メンジンを捉えた成果によって木場の死の真相を段階的に知らせていくこと」
それが神木がメンジンとして闘うためにつけた報酬であり条件だった。
組織に加入後およそ二ヶ月間、柿本を教官としての仮面の能力からの戦闘スタイルの構築と戦闘訓練を受けた。
そして当時は定職に就いていなかった神木は、表向きは組織から与えられた職場、シティアイ興信所の所長となり、裏では無貌機関O市東分室所属のメンジンとして都市の影に暴走するメンジンたちと闘うこととなった。
「いやぁーでも昨日もお見事な手際でしたねぇ。仮面も無事回収、物品の損壊も警備、ターゲットの生命も無事、いいことづくめですよ。おかげで隠蔽も楽で楽で」
軽快に話し出す柿本。神木は横目で夏美の状態を確認、報告書作りに飽きたのか突っ伏して寝ている。
――よし、下手にホメたの聞かれるとアイツ調子のるからな。
「まあ、冴岸のやつも上手くプランたててくれましたからね…… で、あのヒモナシバンジーオヤジはどうなったんで?」
仮面に憑かれた人間は二種に分かれる。己の欲望や要求を満たすために見境無く行動する『暴走化』と、能力を意識下の本に置き自在に操る『制御化』 先日の鳥男は逃避、飛び降り願望を加速させた暴走化したメンジンである。
「まあ仮面をはがせばただの中年ですから、病院でしばらく安静にさせて、ついでに記憶も催眠かけて夢だとおもいこませましたよ。表向きは過労による軽い錯乱ということにしましてね。なんだか家庭やら仕事やらで追いつめられてたようですけど、家族もちゃんと見舞いに来てるようだし、何だか勝手に自分で自分を追いつめていたようでしたよ。あ、嫁さんは結構美人でしたね」
「いや、だからそこまでは聞いてないですよ」 神木はその後幾度となく木場の事件を柿本に問いただしたがその度にはぐらかされた。結局の所は情報をネタに働かされているのが現状だ。
そのくせこの柿本という男は余計なことは報告してくる。柿本や神木たちの所属している組織、通称『無貌機関』は非公式の国家機関であり、公には認められていない存在であるメンジンを狩るために、警察とは協力関係にある。その主たる目的は仮面の封印と事件の隠蔽であるとされている。
事実、過去にメンジンを捕まえるために神木と冴岸でかなり派手なことをしたことがあるが見事に隠蔽されていた。
神木はまだメンジンとなった人を殺したことがない。だがもし殺したとしても無貌機関の隠蔽能力なら見事に隠し通すだろう。
―――もし自分がメンジンとなった人を殺せば、木場さんの死のように人の死が真実から遠ざけられることになる。
その嫌悪を振り払うため神木は人を殺さぬように戦い続けていた。
「でまあ、まだ小さいその息子さんや娘さんも、その鳥オヤジにこりゃまたそっくりでねぇ」
「だから聞いてねぇって」
「おや、そうですか? じゃあ問題の話にはいりますね」
柿本の話術だ。話しにくい話題はどうでもいいことを話続けて相手がじれた所でサッと切り替えて話し出す。こうすることで話を拒絶する隙を与えない。
「悪いんですが鳥オヤジから1日たってないんでね、少しは休みたいんですけど」
「こちらもそのつもりでしたが事が事でしてね。今回の指令は2つです。
実は最近市内で現れている三人組の強盗団にメンジン、それも複数がいるという情報が入っています。あなた達にはそれらの探索と確保、無力化を願いたい。
そしてもう一つ、我らが無貌機関から脱走者が表れました。ロクショウという十六才の少年です。長野支部に所属していたそうですが、組織の貸し出し扱いとなっている仮面を持ったままこちらのO市方面に逃走しています。すでに追跡のメンジン二名を撃退しているようですが仮面の破壊のみで殺してはいないようですね。もし目撃、相対した場合は茜木くんか私へ連絡をして応援を待って下さい。くれぐれも単独で挑まないように」
「……そいつはかなりの手練れなんで?」
「ええ、かなりです。追加の追跡班ははなってますから、必要な情報はあとで茜木くんにもたせますからそちらを見て下さい。あと一時間ほどでつくでしょう」
「あぁ……茜木のやつがくるのか。ところでそのロクショウの脱走の原因は?」
「さあ? まだわかりませんね。まあ、色々人間ありますから、どんな理由なんだかそれなりにあるんじゃないですか人間だから、色々ね」
――メンジンだから、だろ?
神木は内心を隠し、言葉を飲み込む。不用意に余計な事をいうのは柿本でさえしないことだ。この無貌機関ではメンジンとなった人間は基本的に利用はされても信用はされない。
「ああ、それから神木くん」
「なんすか?」
「このロクショウという少年実は……」
「実は?」
「結構美少年なので冴岸くんに資料の写真楽しみにしといてねとお伝え…」
神木は言葉を最後まで聞かず電話を切った。