興信所[シティアイ]
O市G区シティアイ興信所午前九時半
七月の強い朝日が差し込む。
雑多な店とビルの並ぶO市中央よりやや離れた位置に佇む築十年の物件。神木禄郎の営む興信所はそこにある。
二階建て、一階はガレージとして開いており入口は外側の階段を登った二階についている。
カンカンと軽やかに階段を上がる足音。ドアノヴが掴まれドアが勢いよく開かれる。
朝日を逆光に従えて立つ人影。平均より少し低い背丈、明るい色調のTシャツにシャツを羽織り、タイトなジーンズを履いていた。
整った顔立ちに、ショートカットの髪から覗く眼は、意志の強さと同時に猫のような可愛らしさと活発さも感じさせる。優しげでいて暖かい雰囲気をもつ少女だった。
興信所経理兼助手バイト、バベルの仮面の使い手にしてU女子校に通う高校生冴岸[サエギシ] 夏美[ナツミ]は満面の笑みで元気よく声をあげた。
「おっはよぉぉごっざいますっ! いっやぁー昨日は私の計算通りでしたね!」
どこかホコリっぽい興信所内、入り口のすぐ前にあるめったにこない依頼者用の相談スペースを挟んだ向こう側。
窓ガラスを背にした所長席で、机に足を投げ出しぐったりと座る神木[カミキ]録朗[ロクロウ]は力無く挨拶を返した。
「ああ、おはよ…… おい、あのなそりゃお前は 計算するだけだからな。ていうかよ、『昨日はお楽しみでしたね』みたいにいうんじゃねぇよドヤ顔しやがって」
神木の座る所長席の左側前方に配置された助手用机にいそいそと座り始める夏美。
「そりゃもう三分の二くらい私の手柄みたいなものなんだからドヤ顔ぐらいしたっていいじゃないですか! ……それから『昨日はお楽しみでしたね』って何ですか?」
「…ゆとりが、しりたきゃググれよ。いいか? 最後に捕まえんのが一番面倒なんだぞお前コラ。毎度毎度遠くからながめてやがって!」 実際は今年で二十二才になる神木もゆとり教育経験者である。
「能力の違いだから仕方ないんですよ! それからゆとりゆとり言わないで下さい! ちゃんとしてる人はちゃんとしてるんです! それに録朗さん一人じゃ、鳥メンジンの脚力で壊れるよう計算して床建材破壊するなんて出来ないじゃないですか!」
「それでもそういう時は年上を少しは立てんだよ! 一人じゃだめなのはお前も同じだろうが。つうか空気よめ空気を!」
「ここには私と録朗さんしかいないんですよ。録朗さんの出した空気なんてなんでわざわざ読まなきゃいけないんですか!」
「だから年上敬えいってんだろだろがゆとりが!」
「そんなに年上敬いたければ老人ホームのボランティアにでも行ってくればいいじゃないですか。それからまたゆとりって言いましたね!」
「敬うのは俺じゃなくてお前だよ! このゆとり小娘!」
「またゆとりって言った!」
シティアイ興信所は今日も朝から喧騒激しい。客もまだ来ていないというのに。
夏美との口論を無理やり打ち切り、神木は椅子の背もたれを倒し寝転がる。尖った目つきで天井を見上げた。 夏美は昨日の鳥男の報告書を書くためにメガネを掛け、パソコンと格闘を始める。
―――組んで半年経つつーのにこんなんかい…
神木がカグツチの仮面のメンジンとなり秘密裏にメンジンを撃破、捕縛し、仮面を回収する機関『無貌機関』に所属し、2ヶ月間の訓練の後に実践配備として表向きは興信所の所長につき早七ヶ月。
その内パートナー役として組まされた『バベル』の仮面のメンジン、冴岸夏美と組まされて半年。
ある程度の事件をくぐり抜けてはきたが彼女とはさっぱり馴れ合う機会はない
―――……まあ期待する事なんぞ何もないんだがな。
「――ふわぁ、あぁ」
今朝方だというのにもうあくびが出る。
昨日の事件はかなり遅くだった。最近はメンジンがらみの事件が多く、おかげでゆっくり眠れない。
もっとも興信所の仕事はイマイチ暇なので昼寝で補っているのだが。
――警官だった時は、こうじゃなかったんだけど、な……ぁ……
神木はゆっくりと意識を微睡わせた。