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プロローグ2 鳥男[イカロス]


 関東地方、ある地方都市のごくありふれたハンバーガーショップでの少女達の会話。


「ねぇ知ってる?」

「知らない」

「じゃなくてーほら、またメンジンが出たって噂」

「あー、メンジンの噂ならこないだ一つ聞いたよ、ドクロのメンジンが他のメンジンが捕まえてるって」

「えーあたしの先輩の言ってたのはドクロのメンジンは悪人を殺してるっていってた」

「実はさぁ京都に従姉妹いんだけどその娘が牛のメンジンの噂聞いたって」

「えー牛?なにそれ」

「牛の顔のメンジン、和服きた女性っぽかったてさ、電柱を素手でへし折るって」

「なにそれ牛頭の女性ならふつークダンでしょ」

「あと古本のメンジンが町内の平和を守ってるってうちの弟が」

「…古本?結局さーメンジンて何なんだろ?人間?宇宙人?」

「さー噂には上がるけど結局あたしたちメンジンなんて見たこと無いしね」



 廃ビルでの死闘、始まりの夜より一年半後。


七月、午後十一時三十二分、O市A区Cビル内非常階段

 

 荒い息遣いが狭い空間を反響する。

 駆け上がる足音が振動となり壁を震わせる。

 ここは繁華街近くの十階立てのオフィスビル、夜にはほぼ無人となるこのビルの非常階段を走る人影。

 足をもつらせながら男は階段を駆け上がる。

 上はランニングシャツ下は背広のズボン、ズボンの膝はのれんのように細く裂けている。靴ははいておらず裸足だ。 その走り方は何かから必死に逃げるようにも、その先に追い求める何かへ希望を持って走っているようにも見える。

 はっきりと解ることはとにかく急いでいることと、その階段を駆け上がる速度は人の限界を越えていることだけだった。


 ビルの階段を駆け上がれば当然のごとく屋上につく。

 吸水棟とフェンス、そしてその向こうに見える夜の街の輝くネオン。水を求める動物のようにフェンスに駆け寄ろうとしたその時。


「待てよ、オッサン」


 ガラの悪そうな声が男の後ろから響く。

 飢えた顔を声の方向へ向けた男は、

「……だ、誰だ?」

 欲求で狂いそうな頭から辛うじて理性的な質問を絞り出す。

 若い男だった。

 二十代前半だろうか目つきが悪いのはおそらく面倒くさそうな顔をしているためだろう。

 顔立ちはそれほど悪くは見えない。だが、鼻筋を真横一文字に横断する傷跡が強く印象に残る。背は高め百八十センチ程で髪は短く刈っている。

 普通の青年だ。

 この七月半ばの蒸し暑い気温に合わない、戦闘服のような対刃素材製の黒ジャケットと黒ズボンを着ずに、角の生えたドクロの仮面さえ携えていなければ。


「あー、大切なのは俺が誰かじゃなくって、あんたが今何をしようとしているかと、あんたの顔に『何』がついているかだ」


 目つきの悪い青年、神木[カミキ]緑朗[ロクロウ]の指差す先は男の顔面。フェンスの外のネオンにうっすらと照らされるその横顔。

 そこには食らいつくように装着された、鶴を連想させる長いクチバシがそびえる鳥の「仮面」があった。


『神木、データ照合の結果あの仮面は以前確認されたものだ。名称はイカロス。

資格はおそらく、

「高所からの飛翔と落下願望」

能力は「跳躍」

脚部の能力が異常に強化されている。

接近戦で蹴られれば腕を折る程度では済まんぞ』

 耳の小型無線を通じてバベルの声が神木に伝わる。

「……ああ、そうかい」

 うっとうしげに呟く神木にイカロスの男は叫んだ。


「俺は…… 跳びたいんだ! 本当にそれだけなんだ! ほっといてくれ!」

 もう何時か繰り返したビルからの跳躍と着地に耐えかねたのだろう、裂けたズボンの裾をなびかせ、体の向きを変えフェンスへと走ろうとする鳥の男。

 うんざりしたように神木はドクロの仮面を顔の前に掲げた。

「そりゃ勝手にやりたいのは解るんだけどな」

 ドクロの仮面は神木の顔にはめられる。


『カグツチ』


 静かな、呟き。

 するとまるで餌に食いついたように、その頭部全体を伸びた仮面のはしの部分が包み込みヘルメットのような形態をとる。

「人に迷惑となることを進んでするべきではない。

貴様がこの三日間で、ビル屋上からの跳躍による飛び降り、及び着地の際に踏み潰した自動車二台と自販機一台は立派な器物損壊に当たる。

……貴様の逃避、俺が破壊する」


 鋭く禍々しき二本の角。


 赤く、暗く光る両目。


 灰色のドクロの怪人はそれまでとは明らかに違う、義務感と力に溢れた口調で告げた。

 その宣告を必死に振り切りフェンスの前へ立つ男、距離を詰めるため走り寄るドクロ。


 追っ手から逃れるため。


 現実から跳ぶため。


 己の欲求を満たすため


 フェンスの向こうへ恍惚にまみれた飛跳をするため。


 両足に渾身の力を込める。

 ドクロの男は次の瞬間の跳躍には間一髪間に合わない。


―――ああ、これだ!これが最高の飛跳だ……


 逃走のための極限の飛跳は高ければ高いほど最良である。 飛翔から落下へのカタルシスはもはや射精にも似て、いやそれ以上の快楽だ。

歓喜の跳躍。

 だが訪れたのは上昇ではなく落下の感覚だった。

 力を放とうした瞬間本来なら保つはずの屋上の床が耐えきれず崩落、そのまま下の階へ落ちたのだ。


―――落ちた? 飛べない! 跳べない! 罠!? なぜ!?


 錯乱し混濁する意識の中、捉えたのは己の落ちてきた天井の穴。

 そこから見えた夏の夜空に輝くデネヴ、ベガ、アルタイル。

 そしてドクロの怪人が赤眼の眼光で軌跡を描き、自分の眼前に迫りながらその右拳を振り下ろそうとするその瞬間。

 それが鳥男、イカロスが失神する最後に見た光景だった。


 関東地方都市O市。 そこには都市の闇に跋扈し、異形の仮面をまとう異能の怪人の存在が囁かれていた。

 彼らの目的、特徴、行動、全てに統一性はなく唯一の共通点はデザインは違くとも皆頭部に仮面を付けていることのみ。

 それは人が仮面をつけているのではなく。

 まるで仮面が人を乗りこなすように見えた。

 人々はその都市伝説の怪人達をだれかれとなく「メンジン」と呼んだ。


 その存在は公に認められることはなく、怪人達は都市の裏側を蠢いていた。



  都市に舞うは奇人、超人、魔人に鬼人。およそあらゆる人を超えた異能がそこに息づく。

―――但しこの街に聖者はいない。

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