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プロローグ1 断罪者[カグツチ]

昔からヒーロー物が好きで思わず書いて見ました。

 有史以前から人は様々な仮面を作り纏ってきた。あらゆるモチーフを模し、「そうありたい」という永久の人の願いを内に込めながら。


 ある仮面は万能の神を模し、


 ある仮面は人を超えた英雄を模し、


 ある仮面は反逆者たる悪鬼を模し、


 ある仮面は大いなる天を模し、


 ある仮面は豊穣なる地を模し、


 そして、ある仮面は無辜なる只の人を模した。


 この物語は一つの街から始まる。

 断罪者の悔恨と闘いが終わり、一人の青年の絶望と悲しみが生まれた夜、物語は始まる。


 これは街を守る戦いの物語。


 これは青年が自らに託された意志に気付く物語。


 これは父と娘の物語。


 そして、都市の影に生きる「仮面」達の物語。


 関東地方都市、S県O市


 東京都心部より北側へ約二十から三十km程離れた場所にある巨大な地方都市。それがO市である。

 市としては日本で九番目に位置する人口を抱え、世帯数約五十万、人口約百二十万という多くの人間がその街に息づいている。

 始まりは一月の半ば、夜の廃ビルを二人の警察官が訪れた時、物語は動き出す。


O市B地区 午後九時四十五分F廃ビル前



「……通報によると、二人組の強盗が逃げ込んだのはこのビルだそうだな」


 胸元の無線をいじりながら巡査部長、木場真次郎は状況を確認する。

「パトロール中に近くを通りがかったのは幸いでしたよ。武装は……ナイフ等を所持している様ですね。応援はどうしますか?」

 二十歳程の年齢、百八十センチ程の比較的長身な背丈、警官の制服越しに見えるやや細身ながら鍛えられた肉体。顔付きにはまだ少年の幼さが見える。経験不足からだろう、表情には緊張が見られるが、その眼には警官としての使命感の炎が燃えている。

 木場の部下である神木[カミキ]は物陰からビルの入り口を伺う。

 歓楽街からわずかに離れた路地裏、人気のない場所にある三階建ての廃ビル。かつては店か何かをやっていたらしいが、今は見る影もなく荒れ果てている。  二人組による凶悪な連続強盗犯事件。パトロール中に通報を受けて、新人警官の神木と教育係りである木場は犯人が目撃された廃ビルに急行、現場を確認していた。

「……応援はすでに呼んだ。あとは俺たちで犯人がビルから逃走しないように追い詰めるぞ」

 木場の体躯は、背丈は神木も同じ程度だが横に並ぶと木場のほうが屈強な印象を抱かせる。精悍でありながら柔和さを感じさせる顔つき、もうすぐ五十代に届く年齢だと言うのに衰えを感じさせない眼光。鯨を連想させる落ち着いた態度。

 新人警官である神木の教育係りとしてついた先輩警官の木場は、経験の浅い神木からみても警官の鏡と思える男だ。


「神木、お前は入り口で待機だ。俺が先行してビル内を探る」

「……木場さん一人でですか? だったら俺も一緒にいったほうが」

 神木の進言を強い口調で木場は制止する。

「駄目だ、ビルから飛び降りて逃げる場合も考えてお前は外から警戒しろ」

 そのまま木場はビル内へと潜入していった。



―――10分程の時間が経過した。木場からは応答なく応援もまだ来ない。

―――応援が遅い…?

 先程無線で木場に呼びかけたが反応がない。

―――…まさか!

 背筋をはしる嫌な感覚、焦燥感が足を動かす。神木は木場の無事を確かめるべくビル内へ足を踏み入れた。



 真っ暗な懐中電灯で中を照らす。散乱する大量のガラス片に、まき散らされたゴミにガラクタ。汚れた室内の壁には誰が書いたか落書きが陣取っていた。

 細かな破砕音をたてて床のガラス片を踏みしめ、慎重に歩を進める。


――なんでこんなにガラスがあるんだ? このビルの窓ガラス全部集めてもこの量は異常だろ。


 手早く一階に人間がいないことを確認。二階に上がる、様子を伺いながら探索をしようと足を踏み出したその時。


「ッやっ止めろッ!止めてくれッ!助けてくれッ!」

 静寂の廃ビルに突如響く絶叫。とっさに階段へ走る。最後の階、三階へ駆け上がる神木。

―――木場さんの声じゃない!誰だ?犯人か?

 駆け上がった先、三階のフロアを懐中電灯で照らし出す。


 最初に目に入ったのは熾烈なる赤。 床に転がる血にまみれた男の死体だった。

 左肩口から胴体の半ばまでにぽっかりと空間が空いた男が仰向けに倒れていたのだ。左肩から左肺、心臓、大動脈を周りの骨や筋肉、皮膚、服ごとえぐり取ったように消え失せている。

 周りにはおびただしくまき散らされた血液。その傷口は異様な有り様だった。

 通常手持ちできる道具類でこんな人体破壊をできる刃物はチェーンソーぐらいしかない。しかし傷口は荒れてはおらずそもそも殺すだけならこんな切り方はしなくてもいい。

 いや、それ以前に空いた空間に収まるべき肉片が辺りに見当たらない。顔つき、服装、三十代程の年齢からおそらくは殺された男は犯人の一人。鼻腔を抜ける血風、吐き気と恐慌を起こしそうな意識を必死に押さえつけ、そのまま周りを懐中電灯で探る。


―――木場さん…… 無事でいてくれ!


 必死で願いながら辺りを見る。照らす光が今度はこちらに後ろを向けた立ち尽くす男を移した。


「おい!」


 神木が声をかけたその瞬間。

 スポンジを握りつぶすような乾いた音が聞こえる。

 赤が舞った

 一瞬華が開花する映像が神木の脳裏をよぎる。

 男の頭が血と脳漿と骨片を撒き散らしまるで乾いた土塊を握り潰したように煙を上げて四散したからだ。

 顎から上、脳からの制御を失い膝から崩れ落ちる先ほどまで生者だった物体。

そしてその物体の前に一人の黒コートの男が右腕を突き出し立っていた。

 人の頭を握り潰したその手は赤黒い血に濡れている。

 神木の懐中電灯と窓からの月明かりがコートの男の顔を照らす。

 その異貌に思わず神木は息を飲む。


 額から生えた二本の角。


 赤く光る両の眼。


 そして過々しき灰色の骸骨。


 ヘルメットのように頭部全体を覆う仮面でその顔を隠している。


―――何なんだ… コイツはっ!


 タァンッ


 乾いた音が響き、硝煙がたなびく。神木が拳銃を引き抜き天井へ空砲を射撃したのだ。

 本来この状況での射撃は規定違反の疑いがある、だが。

―――この男、何を腕にしこんでるんだ?

 人の頭を一発で吹き飛ばすとは爆弾か、あるいは薬品の類か。相手が何かを持っている、だがそれがわからない以上確実に先手をとるしかない。拳銃をドクロへ構え叫ぶ。

「動くなっ!武器を捨てて跪けっ!」

 ドクロと自分の距離は役6メートル、落ち着いて狙えばまず当てられる。

 だが怪人は身じろぎせずこちらを見据える。更に警告しようとしたとき。

 ドクロは急激に右へ跳躍、窓へ近づく。その動きは非常に俊敏だ。

「待てっ!」

逡巡なく発砲、腕を狙う。

 しかし狙い通りに右腕に着弾したはずの弾丸は音もたてず分解、四散する。

「なっ!」 神木の驚愕を置き去りに、そのままドクロの怪人は三階の窓から躊躇なく飛び降りた。神木はドクロを追いかけようと慌てて階段を駆け下りる。


―――なんだ、あれは! 対弾ジャケットでも当たればめりこむんだぞ! 弾丸が消し飛ぶなんてどういう装備なんだ?いや、それよりも…… 木場さんは無事なのか!?


 混乱する思考を必死に振り払い足を動かす。一階に到達、そのまま通ってきた入口へ向かう。

 外にでようと近づくとそこに若い男が立っていてこちらを見ているのに気づいた。

 一月の肌寒い中でラフな服装、ニコニコとした愛想の良さそうな表情。


「おい、あんた! ここは危険だ!早く離れるんだ!」


 男は動かず神木を見つめる。

「……あー、あんた木場じゃあないな。若いし。相棒の警官かい、まあ目撃されたんじゃ仕方ないっすよねぇ?」

 片手にもったガラス細工を顔の前に掲げた。


『ストラス』


 ガラス細工が変形し頭を包み込む。

 それが仮面の形をしていると神木が気づいた時には、ストラスはすでにその能力を発動させていた。


カタカタカタカタッ


 足元から異音がする。懐中電灯で音の方向を照らすと、床に散らばったガラス片が大きく振動しているのが見えた。


―――な…何だ?


 周りに散らばるガラス片がガラス細工の男、ストラスめがけて動き出す

 まるで群隊、イナゴの群のようにストラスの右腕に集合、融合し長く伸びる透明な刃へと形を変えた。


 なにが起きているか全くつかめず呆然とする神木に気軽な口調で言った。

「まっ、とりあえず死んどいて」

 一瞬で距離を詰めるガラス男=ストラス。その勢いで神木へ刃を振り下ろす。だが、それは神木までには届かなかった


 二人の間に飛び込んだ影が刃を腕で受け止める。刃は腕に触れた瞬間、煙をあげて砕け散った。

「お、お前は……」

 状況が掴めぬまま、神木はまたも己の目を疑う。

 二本の角、赤き両眼、灰の凶相、あのドクロの男がまるで神木を守るように、ストラスに立ちふさがっていた。 ドクロの男はストラスを牽制しながら振り向きもせず神木に叫ぶ。

「早く逃げろ!」

 聞き覚えのある声に驚く神木。だがストラスはドクロの男ではなく神木を狙い始めた。

「どうしたっ? カグツチの使い手! そいつを早く守ってやれよ」

 ドクロの男をよけ、今度は両腕にガラス片を集合、刃を構成し神木に切りかかる。距離を取ろうと下がる神木を追い回すように刃をふるうストラス。


「ッおらぁッ!」


 足元に散らばっていた無数のガラス片が振動、宙に浮き始める。

 ストラスの刃の動きに合わせ、羽虫の集団ようなガラス片の群れが、宙を舞う蛇を思わせる動きで飛びあがる。鋭いカーブを描きながら神木の右真横から襲いかかった。

「ッ!?」

 神木はとっさに腕を眼前で組み防御、そのまま後ろへ飛ぶ。

 だが顔面に走る一筋の熱、腕をすりぬけ一粒のガラス片が鼻筋を横から斬ったのだ。痛みを意に介する余裕もなく、必死に防御を固めた腕や胴体を真横から叩きつける雨のごとく殺到する大量のガラス片が切り裂いていく。


「うあああぁぁッ――!!」


 丈夫な制服のおかげで生身にはあまりダメージを受けなかったが、布地はもうボロボロの状態である。次に同じ攻撃を受けたら確実に生身に致命傷を受けだろう。

「ッハァッハァッハーッ!」

 サディスティックに狂った哄笑を上げるストラス。勢いよく両腕の刃を交差させた。


 今度は両側からガラス片の群れが神木を挟むように飛翔し殺到する。

 だが一瞬の間に飛び込んだドクロの男の両腕が円を描くように振り回される。空手でいう回し受けの動き。

 それに触れると同時にガラス片の群れは神木の目前で粉末状に分解、四散し無力化される。

 唯一の照明である転がった懐中電灯の明かり。それを浴びたガラスの粉末による輝きをまとい、ピタリとドクロは動きを止め、ゆっくりと構えをとる。

 左肩を前に斜めに構えた上半身。

 腰だめの右正拳。

 前に掲げられた緩 やかな左拳。

 左右に開かれた足に乗る低く落とした重心。

 空手に置ける中段の構え。


   「……来い」 


低く、暗く、静かな、それでいて確実な殺気。それは無手でありながらまるで真剣を構えているような鋭利な危機感。

 ドクロの魔人の発する圧力に気圧されストラスの哄笑が止まった。


 一拍の静寂、


 しかしそれをストラスが破る。

   「――ッ破!」

 気合いと共にドクロの足元にガラス片が急激に集中、融合、変形し一瞬でクリスタル状のニードルを無数に形成。ドクロを串刺しにせんとニードルがせり上がる。

   「震」

 低い声とともにドクロの右足が強くニードル打ち下ろされる。

 

  ド ォ ン ッ


 地を這う衝撃と同時に足元のニードルが粉砕、破砕されガラス粉へと還る。

 それは震脚と呼ばれる通常は拳と足の踏み込みを同時にして威力を高める拳法や剣術の技法のはずだが、ドクロはその場で足のみを踏み込んだのだ。


「な、何やったんだ!?」


 もはや何が起きているのか解らず止血も忘れ戦いを見守る神木。

「……貴様の能力はケイ素、即ちガラスを操る能力か」

 ドクロの冷静な分析、ストラスに焦燥がみえる。

「だったらどうすんだよ、ここは俺の武器だらけだぜ!?」

 今度は周囲のガラス片を自らの眼前に大量に集め始めた。 ドクロはストラスの攻撃を押さえるため、前へ疾走を駆ける。

 ガラス片が融合、長大なクリスタル状の錐が無数に形成、さらにそれらを束ね上げ一本の巨大なニードルと化す。

 詰めるドクロを迎え討つために、ストラスは渾身の一撃を放つ。


「――オオオオオオオォッ!!」


 ドクロ目掛け発射される巨大なニードル、しかし。

   「砕」

 突き出された左拳がニードルを半ばまで砕き、続いて右の拳が残りを完璧に粉砕、そのままの勢いでストラスへ迫り、シャープな軌道の回し蹴りを胴目掛け叩きつける。

 だがストラスも残してあったガラス片を壁状に展開し後ろに飛ぶ。ドクロの蹴りはガラスの壁を瞬く間に粉砕、しかし蹴りの先にストラスはおらず宙を空ぶる。

 蹴りの後の無防備な瞬間を狙おうとストラスは空中で刃を構える。しかしドクロの蹴り足が地面についた刹那。


   「震」


 再びドンッという振動。今度はドクロの足元、半径三メートルほどの範囲がドクロを中心にして、すり鉢状に一メートル程度の深さに凹む。地面を形成するコンクリートが砂のように分解したのだ。

 着地の最に砂状になったコンクリートに足を取られ、すり鉢状になった地面によってずり落ちるストラス。

 すり鉢の中心には終焉を待ち受ける死神のごとく、ドクロが立ち尽くす。

「ッちぃぃいいいッ!」

   「……滅」 ドクロの右拳がずり落ちるストラスを砕こうと狙いを定める。だが、


「うわぁぁあっ!」


 後ろから聞こえる若い男の絶叫が拳を止める。

「ッ! 神木ィッ!」

 ドクロはとっさに後ろを振り向いた。神木の左肩にニードルと化したガラスが深々と突き刺さっている。

 ドクロが粉砕されたガラスで視界が狭まっている内に、ストラスが神木の近くまで飛ばしていたのだ。


 ぞぶり


 直後、灰の魔人は背部に冷たい衝撃を受ける。


「殺ったぞっ!」


ドクロの背に深々とストラスの右刃が刺さっていた。

「ぬ、ううぅぅ!」


「バ、ラ、け、ろぉぉっ!!」


 刃を引き抜くストラス、向き直るドクロの腹に再び刃を突き刺し捻る。

 しかしドクロも左手で腹部に刺さる刃を握りしめ粉砕、


「オ、オオオォォッ!!」


 ストラスの左肩口めがけ渾身の右拳を叩き込む。


 ッバシュッ


 三階で聞いたあの乾いた音が響きストラスの左肩は煙をあげて崩壊、肩から先が千切れ飛ぶ。血を撒き散らし床に落下、バウンドした。


「っづあ"あああ"あぁっっ!!」


 片腕を喪失した激痛に呻き、悶えるストラス、その隙をつき力尽きながらも、すり鉢状になった場所から必死にドクロが這い出た。


「こ、のぉ!」 神木は痛みをこらえ肩からガラスを引き抜き捨てた。そのままドクロへと駆け寄る。

「おい!、しっかりしろ!」

 神木はドクロの肩をつかみ二階まで必死に担いで逃げる。激痛と出血で動けないストラスから少しでも距離と時間をかせがなければ。

 階段をドクロを引きずって上がる。二階のフロアに仰向けに寝かせると、すでに腹部に突き刺さった刃は抜け落ちていた。

 ドクロのコートを細く千切って腹を縛り止血、更に脈拍を確認。


―――……弱いな


 顔を確認するために仮面に手を伸ばす。が、その手をドクロがつかむ。仮面を外されることを強く拒むように。


「なぁ、あんたはもしかして……」


 神木にはすでに予測がついていた。自分にとって一番聞き覚えのあるあの声をこのドクロの男が発したのだ。

 観念したようにドクロの手の力が緩み離れる。ヘルメットのように頭部を覆っていた仮面が変形し、顔のみを覆うように形が変わる。

 怪人は自らの仮面をつかみゆっくりと持ち上げた。


 薄い暗闇の中、見えるその顔は。


「……どうして、どうしてなんですか、木場さん!」


 うっすらと伸びた無精ヒゲ、意志の強さを感じさせる眼差し、仮面の下には大量の出血により消耗しているが、よく見知った木場の顔があった。

「……い、いか神木、お前を襲ったあれは……な……メンジンだ……そしてこのおれも……」

「な、なにを言ってるんですか木場さん、そんなもの子供の話す都市伝説じゃ……」

「そういうふうに機関が……噂をながしてい……るんだよ、目撃されても……カモフラージュがきくようにな。ッゴホッ、ゲホッ」

 木場の口から大量に血が溢れる。明らかな内臓の損傷。

「木場さん、もう喋っちゃダメだ! 傷が……」

 神木の手を木場が強く掴む。まるで最後の力を、意志を込めるように。

「神木、……よく聞け、」

「木場さんっ!」

「――聞くんだ神木っ! 応援がくるまで……お前はこの仮面をもって、あのメンジンから逃げろ、俺のことはもう、いい」

「もういいって…木場さんをここに置いていけるわけないじゃないですか!」「……すまなかったな、お前を…まきこんでしまった。

俺のことはもういいんだ……いつか、いつかこうなる……そう、思っていた。神木、もしかしたらこの仮面は、お前のような男が本来持つべきものだったのかも…な…」

 静かにそう呟くと目を閉じ、動きが止まる。木場の脈拍が徐々に弱くなっていくのを神木は感じた。


「木場さんッ! 木場さんッ!」


 木場の意識を取り戻すために叫びつづけるが木場からの反応がない。


「う、ああ、あ…… クソッ! 何でだ! 何でだよ! 何で木場さんがッ!」

 理解出来ない事態、現出した都市伝説、そして今目の前で死にゆく木場。崩壊した日常と、目の前に突き出された理不尽と、無残な死の悲しみが神木を責めさいなむ。

 ジャリッ

 後ろの階段から響く足音に神木の背が硬直する。

 ジャリッ

 床のジャリやガラスを踏み付けゆっくりと階段を上がる少しかしいだ体制の人影。

 ジャリッ

 ガラス細工のような仮面が見えてくるのを狙って、神木は拳銃を定め三連射を叩き込む。

 しかし弾丸はその前に素早く構えられたガラスの刃に全て防がれた。 木場に吹き飛ばされた左肩は止血のためだろう、溶けたガラスに包まれている。

「チッ!」

 これで相手のリーチを上回る武器はなくなった。ストラスは痛みを抑えるための脳内麻薬の過剰放出のせいか、それとも鎮痛のための薬物摂取でもしたのか、異常なまでに陽気に声をかけた


「おーい、君ぃ、一応警官なんだからさー、威嚇射撃くらいしといたほうがいーんじゃない? いきなり頭に三連射はないでしょー? 三連射は。まぁしてもしなくても結果は同じだけどねぇ」


―――…なんで応援がくるのがこんなに遅いんだ! 何か、何かアイツに対抗できる武器は……

 

 はたと、木場が持っている凶相の仮面に気がつく。仮面は薄暗闇で淡い輝きを放っていた。その輝きは、導きの光か、あるいは死へいざなう鬼火か。


―――光って……いるのか? メンジン、都市伝説、妙な力、そして仮面……


 手を伸ばし仮面を掴む。迷いとわずかな希望、手に持つ物の不気味さと恐怖、そしてそこに秘める力の予感。


―――この仮面を……つければ、どうなる? ……俺も……メンジンになるのか?

 そうすれば何か力を手に入れられるのか? あのガラスの男に対抗出来る力を?

 

 ――やるしかない。出来ることをやる、死ぬのはそれからでもできる。そして、

 ――木場さんを…必ず助ける!


 賭けるしかない。

 仮面を掲げかぶる。瞬間、頭の中に声が響いた。それは会話でも語りかけでもない。まるで己が内から吹き出るが如きただ一つの名詞。

「…グツ…カグ…カグツ…」

 自然と唇が動きその言葉を呟く。

『カグツチ』

 仮面が頭部を包み込み形を変える。

内から溢れ出る何かが、仮面から引き出される自分の何かが神木自身を変えていく。


 禍々しき双角。


 赤火の両眼。


 凶相の骸骨。


 破滅の怪人が今再び闇に顕現する。


「ッ!? お前、適格者なのか!」 


 驚愕の声を上げたストラス、だが神木は顔を下げたままじっと動かず反応が無い。


―――なんだ? ……能力の使い方がまだわからないのか? だったら!


 勝機と見たストラスは前方へ急激に踏み込みをかけ、腰のねじれから胴体、肩、腕を伝わって全力を込めた横なぎの斬撃を打ち込む。

「ぬぅっっ!」 だが迫るストラスのガラスの刃は、ゆっくりと伸ばされた神木の左手の平に触れた瞬間に崩壊する。さらに刃の中にあった右腕を強く掴まれた。


「なっ!!」


 必死にもがくが腕から手は離れない。カグツチの面の両目が赤く、暗く光りストラスを捉える。


「……お前に」


「離せ!、離せ!、は、な、せぇぇえぇええぇ!」

 

「お前にッ!木場さんは殺させないッ!」


 絶叫するストラスの顔面に神木の右拳が勢いよくぶち当たる。ガラスの仮面が崩壊し分解、破片を撒き散らしながら消滅していく。


「う、お、おおぉぉおッ!」


 神木は雄叫びと共に拳を振り抜いた。

 ストラスであった男は後ろへ吹き飛び、地面にぶつかり一度バウンド、壁に激しく叩きつけられそのまま動かなくなる。

 仮面を失ったためか、その腕にまとったガラスは剥がれ堕ちていた。


「――ハァッ、ッハァッ、ハァハッ、」


 神木は手を自らの顔に伸ばす。


「う、うおおおぉぉああぁっ!」

 荒い息を整えもせず仮面を引き剥がそうともがく。やがて頭部を包む仮面が変形顔から離れ床に乾いた音を立て落ちる。


―――なんだ……今のは、俺はメンジンに、なれたのか?……


 ビルの外から甲高いサイレン音が聞こえる。

―――応援、なのか?……

 神木の意識は泥の底に沈むように失われていった。


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