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9-5 排除

ラヴィスの後はイオリアが継いだ。

早速、護紅隊の編成を行う。


赤騎隊の副隊長にはルシルヴァが内定している。

ティエラの傷が癒えたら赤騎隊を再編成する予定だ。


エルファは正式に突撃大隊の偵察要員として配属された。

ギルモアとの戦いでは強行偵察隊に同行し、体力と神経をすり減らしながらも、隊員の半数を失う激戦を生き延びた。最後まで敵の連絡を妨害し続け、勝利に大きく貢献したのだ。

その任務は偵察、敵の後方撹乱に留まらず、敵将校の狙撃まで行った。

戦場に投入するにあたって年齢が問題となったが、既に偵察などの軍務に就いていた事も考慮されて許可が下りたのだ。

クラトは直接の戦闘参加には反対していたが、それはあくまで異人の考えに過ぎない。

有効な手段は使用して然るべきなのだ。

そして効率良く行わねばならない。

全てに言える事だが、敵へのダメージを最大限まで引き上げる方法とタイミングが重要だ。

自軍の戦力が2なら、敵の1にぶつけるべきであって、2にぶつけてはならない。ましてや3の戦力に向かうなど愚の骨頂だ。


◇*◇*◇*◇*◇


トレヴェントとバルカ、この2つの国家成立によってギルモアの国力は決して突出したものでは無くなっていたし、周辺国家は“北の戦乱”で疲れていた。

均衡と疲弊。戦乱の終結を誰もが疑わなかった。

しかし、戦いは終わらないと考える者も居た。

クエーシトの主席軍師デュロン・シェラーダン

ギルモアの第三席軍師セシウス・アルグレイン

そしてバルカの軍師見習いラシェット・ビアークル。

彼等は後に熾烈な戦いを繰り広げる事になる。


多くの人間の予想と期待を裏切って戦いの炎は再燃する。


クエーシトのデュロンはこう言った。

ギルモアやグリファなど何時でも打ち破れる。

しかし、バルカは違う。

バルカが存在する限りクエーシトが覇権を掴むのは困難だ。

逆に言えば、バルカさえ滅ぼせば、クエーシトは覇権を握る好機を得るだろう。

そして、今のバルカはこれまでになく消耗している。

クエーシトが覇権を望む・・・・・なら、今を除いて機会はない。

表現は勇ましいが、その裏には力を回復したバルカの侵攻を受けたらという危機感が強い。

バルカはクエーシトが仕掛けた戦いを忘れないだろうし、それを放置するような国では無い。


戦いとは必ず防衛的思考を起点とする。

今のクエーシトは危機感から新たな戦いに突き進んだと言える。


◇*◇*◇*◇*◇


エルトアからギルモアを抜け、バルカに入った一団があった。

到着した彼らはエルトアの優れた技術者達だ。

もちろんエルトア政府は関知していない。

エルトアでは武具の技術者が国外に出る場合、例外無く監視がつく。

この一団は8年前からヴェルーノ卿が送り込んだ者達だ。

迎えたヴェルーノ卿は涙した。

「よくぞ、戻ってくれた」

早速バルカの軍事府造兵庁に配属され、鎧と武器の生産に着手した。


俺はそのエルトア人技術者から懐かしい匂いを嗅ぎとった。

タバコの匂いだ。

俺はタバコを欲しいとは思わなくなっていたが、この香ばしい薫りは懐かしかった。

しかし、懐かしさに感情が溢れる事もなくなっていた。

どうやら俺もこの世界の人間になってきたようだ。


エルトアでもタルキアでもグリファでもタバコは一般的に吸われている。

しかし、バルカでは喫煙者が非常に少ないらしい。

古くからその害が指摘され、歴代の領主が嫌ったからだ。

一方、クエーシトではエナル係数を高めるものとして古来から利用されている。

ニコチンは神経伝達物質の合成と放出を促進し、自らも神経伝達物質の代わりに作用する。

しかも、ニコチンは分解されない為、長い時間神経を刺激し続けるのだ。

これによって得られるのが「集中力が増す」「緊張が和らぐ」という効果だ。

それらは真逆の効果だが、タバコを吸う者は無意識に摂取量で調整しているのだ。

シャーマンが薬物を利用していたのと同じだろう。

クエーシトはエナル研究だけでなく医学でも進歩している。

特に薬物については神経に作用するものを中心に研究が進んでいるらしい。


隣りのエルトア人がタバコを咥えた。

何も気にせず話に興じていた俺の耳に届いたのは、懐かしくも聞き慣れた「カキン」という音。

自分の表情が変わっていくのがわかる。

ホイールが回転しフリントが火花を散らす。パチリとリッドを閉じる音。

俺はゆっくりと横を向いた。

技術者の手を凝視する。


異人の持ち物だったというそれを手に取る。

裏面にある刻印は「///ZIPPO//」

間違いない。1977年モデルだ。


「そうか、あなたの元の世界のものなのか。ならばこれは私の手許に置くべきではない。どうか受け取って欲しい」

そのエルトア人技術者は余程人間ができているのか、事情を聞いた後、そのジッポを俺にくれた。

「それは宿屋の主が世話をした異人から礼として受け取ったものだ。そしてその宿屋の娘を娶った私が譲り受けたのだ」

「遠慮しないでくれ。あの突撃大隊の隊長と私の間につながりが出来たとは、またとない光栄だ」

その場にいた者達はこの話に聞き入った。


同じ世界から来た異人同士の接触。それは小さなライターを通じての事だったが、奇跡と呼んで差し支えないものだった。

この場にいた誰もが興奮に包まれる中、ジュノは無口になり、バイカルノは不機嫌になった。


クラトはバルカにとって不可欠な人物になりつつあった。

近隣の国や郷でも名を知られ“バルカの黒い大剣”とも呼ばれた。

どこから聞いたのか、ベナプトルの血を天から浴びたという話も出回っている。


「このジッポが俺を元の世界に戻してくれる訳でもないだろ」

そう言いながらも心臓は次第に高鳴っていった。

そしてジッポの持ち主の話を聞いた俺は冷静ではいられなくなったのだ。


「その異人は大隊長殿と同じ黒髪で・・・コスケ?いや、コースケだったかな。多いのかい?コースケという名前は?」

俺は返事が出来なかった。

そのエルトア人は酒瓶を取ろうと伸ばした手を止め、俺の顔を見た。

どんな顔をしていただろう。

エルトア人はぎょっとして酒瓶を倒しそうになった。


二十数年前に5歳の息子を残して失踪した男。

その名前を鳴海浩介という。


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