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2-4 異人

この世界は戦いの世界だ。しかし、謀略での勝利。

ベルサは大きな力を背景にしているのか、または手段を選ばない戦いで拡大路線を選んだのか。

どちらにせよ一事は万事を刺激せずにはおかない。

戦乱の予感。


ジュノは目を薄くし、引き締めた口元から、リシアに説明を続ける。

「私も死ぬところでしたが、この方に救われたのです」「この方はベナプトルを2頭仕留めています」

「なんと、たった1人で2頭も!」

「しかも1頭は突き殺して跳ね上げ、その血を浴びました」

「・・・!!」

リシアが声にもならないという顔で俺をみる。

「あぁ、あの血は参ったよ。ぬるぬるして、生臭くてな。ま、血なんだから当たり前か。まだ臭うか?」

リシアが言おうとした事をジュノが説明する。

「この地には伝説があるんですよ。『竜獣を切り裂いて、天からの血を最初に浴びた者は絶大な力と不死を得る』という伝説が」

「へぇ、伝説かぁ」

「その昔、ベナプトルは人間にとって抗い難い存在だった頃の言い伝えでしょう。ベナプトルを捕らえては、その血を浴びたという王や領主の記録もあります」

「不死か・・・。でも、俺は腹が減って死にそうだぜ?」

ジュノとリシアは弾けるように笑うと、まずは敵の勢力圏からの脱出を算段した。


まだまだ危険な状態にある。肌で危機を感じている。

異世界、郷の滅亡、俺も彼らも落ち着いた時と場所が必要だ。

その時に改めて身に降りかかった不幸を直視する事になるのだろうか。

今は身の上を嘆く暇も無い。

「あの、キクゾーさん?」

「キクゾー?」

「あ、この方はキクゾーさんとおっしゃる方なのです」

「おぉ、いかにも異人という感じのお名前ですな」

「いや、その名前は・・・」

「キクゾーさん、これからは逃亡生活となります。できるだけ目立ちたくないので・・・その、心苦しいのですが、偽名を使って頂けませんか」

「偽名もなにも、俺はキクゾーって名前じゃねぇよ」

「えー!だって・・・」

「ジュノが勘違いしたんだよ。ま、その後は訂正する暇もなかったし」

「俺は蔵人くらとって言うんだ。クラト・ナルミだ」

「クラトさんでしたか、クラウドとかクロットという名前は一般的ですから大丈夫でしょう」「クラトさん、改めてよろしくお願い致します」

「私はリシア・ヌマーデと申します。第三軍の副長をしておりました。あなたの様な武人にお会いできて光栄です」

「武人か・・・ま、実際はサラリーマンだけどね」

「ま、その辺の細かい事情はおいといて、まずはの脱出経路を考えましょう」

「ジュノ殿、郷が敗れたからには国内には居場所はありません。南へ郷を出てから西へ。まずはカピアーノ様のところへ身を寄せて下さい」

「では行きましょう、クラトさん」


馬を引いて来たジュノが促す。俺はすぐに立ち上がった。

リシアは身を横たえた。傍らにはジュノの水筒がある。

2人は挨拶を交わした。

「では、お気をつけて」

「はい、リシア殿、安らかに」

俺は、えっ?と振り返った。

リシアは死んでいた。さっきまであんなに元気だったのに。

「なんだ・・・?」

「リシア殿の傷は深く、治癒はできませんでした。私には痛みをやわらげるくらいしか・・・」

「じゃ、死ぬって分ってたのか?ジュノも、リシア本人も?」

「はい。・・・行きましょう。我々はまだ危機の中にいるのですから」


なんてこった。こいつらには涙が出る。

死ぬと分っていて、あれ程普通にふるまえるものなのか。

俺は親衛隊の死体を思い出していた。逃げ散りもせず、最後の1人まで戦ったのだろう。

だからこそまともな武器もないまま3頭のベナプトルを仕留める事が出来たのだろう。

サムライだな。こいつらの本性は。


◇*◇*◇*◇*◇


ジュノはカピアーノ博士の元へ逃れる事にした。

カピアーノ博士はエナルというものを研究しているという。

エナルについては研究所に到着してから詳しく聞く事にして簡単な説明を受けた。

この世界にはいたる所にエナルというものがあるらしい。エナルは物質ではないが、人間の脳神経と精神に影響され思考を伝達する作用がある。

この世界の言葉が、耳では意味不明であっても、エナルによって脳神経に直接イメージとして伝わるのだそうだ。

そして、エナルを利用して力を増幅させる事ができる人間がおり、エナルダと呼ばれる彼らは、その多くが武人として活躍をしているようだ。

エナルには空気・土・水・火の4種の属があり、どの生物も個体ごとにいずれかの属が生まれながらにして決まっているらしい。

つまりは血液型みたいなものだ。そしてジュノは水の属なのだそうだ。特徴としては治癒回復力に優れているらしい。

そういえば、初めて会った時にそんな事を言っていたな。


酔狂で乗馬を何度か経験しておいて良かった。

馬をつぶさないように交互に走ったし、周囲を警戒しながらの移動で、気持ちにも余裕が無いせいか、思考はまとまらなかったが、エナルというものは解った。

どうして話している内容がイメージで入ってくるのかという疑問も解消できた。


しばらく走るとジュノは立ち止まり、俺を待たせて林の中を探っていたが、やがて戻ってきた。

「大丈夫です、行きましょう。ただ、カピアーノ博士は留守のようです」

「どうして分かる?」

「侵入者を警戒する仕掛けがあるのです。そして、博士が外出する時の仕掛けもありました。だから留守です」

「私に着いて来て下さい」

ジュノは道からそれ、S字を描くようにして進んだ。

仕掛けとやらをかわしているのだろう。

やがて、建物が見えた。それは森から抜けると突然現れたように存在している。

ジュノはどこかへ走って行き、戻ってくると、正面の入り口ではなく、建物の端にある小さな扉のカギを開けて建物に入った。

「ここは資料室ですよ。廊下を通って建物の反対側がキッチンです。いまスープを温めてきます」

ジュノは戻ると、俺に椅子を勧め、自らも腰を下ろして、深く息を吐いた。

顔には疲労の色が見える。


少し俯いていたが、不意に俺を見て訊いた。

「クラトさんの世界はどのような世界だったのですか?」

「まぁ、ここよりは進んでるな」

「進んでいる?」

「進んでるって表現が正しいか知らんけど、馬車とかは使ってないよ」

「自動車・・・んー、燃料を燃やして・・・動力を得るエンジンってので走るんだ。エンジンで船も動かすし、空も飛べるんだ。・・・分る?」

「内燃機関ですね」

「そう、それだよ・・・って、なんで知ってんだ?」

「実は私も異人なんです。14年前にこの世界に来ました」

「なぬぅ!なんだよ、散々俺を異人扱いしてたくせに!」

「すみません。でもこの世界に来た時は子供だったので、この世界の人間みたいなものですよ」

「そうだったのか・・・。で、ジュノの世界はどんな感じだったんだ?」

「惑星間戦争が起きていました」

「へ?わ、惑星間戦争!?」

「当時10歳だった私は戦火を避けるため、外の子供達と一緒に保存惑星に逃れました。保存惑星とは自然のままに保つと決められた惑星です」

「その惑星で私と友人の12人は不思議な体験をしました。地面が歪み、谷に落ちたのです。洞窟を彷徨ってこの世界に辿り着いたのは私を含め3人だけでした。この世界で3日を過ごした時、私以外の2人は眠ったまま息を引き取りました」

「地面が歪んで・・・洞窟を彷徨ったって、俺と同じじゃんか」

「それから森を彷徨い、倒れていたところをカピアーノ博士に救われ、軍人のタレス将軍に武人として育てられたのです」「この世界は私達の惑星より重力が少し大きいので苦労しました」

「そうか、俺の世界はここよりかなり重いな。空気、というか酸素・・・わかる?」

「はい」

「酸素が多い気がする。呼吸がすごく楽なんだ。だから俺がこんなに怪力だし、走るのも楽なのか?」

「そうかもしれません」


なんだ。そういう事か。特別な力って訳でもないんだな。

少し残念だがほっとした。


「そういえばクラトさんが這い出したという丘から20年くらい前にも異人が現れたそうです」

「他にも異人は現れていますが、その異人は何とか元の世界に戻ろうと何度も東の丘へ行ったそうです。しかし、何の手掛かりも得られなかったそうです」


「20年前!?」

(ドクン!)俺の身体が脈打つ。


「その異人は元の世界に戻ることを諦めましたが、エナルについて研究を重ね、カピアーノ博士と協力して研究結果を1冊の本にまとめたのです」

「彼は自分の世界から誰かが来た時の為に元の世界の言葉で研究結果を翻訳した本も残しています。当然ながら私には読めません」


(ドクンッ!!)強まる鼓動を抑えながら、俺はある事を考えていた。


「その男は今どうしてるんだ?」

「7年ほど前に北へ旅立ちました。エナルの研究を続けたいと言って」「帰ってくるとも何とも言わず、ただ深く感謝の気持ちだけを伝えて去って行ったらしいのです」

「らしい?」

「はい。見送ったのはカピアーノ博士だけでしたから」

「そうか・・」


20年以上前・・・、俺が来た丘から・・・、違う世界から来た人間・・・


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