8-9 風砕
侵入したギルモア軍は精鋭を誇る第3軍団だが、バルカ突撃大隊の攻撃を受け流し持久戦に持ち込む。
本隊と思われた部隊もカモフラージュだった。
無駄な時間と体力が削られる。
そして気が付けば、赤騎隊と分断されていた。
「ルシルヴァ!俺とヴィクトールが抑える。他の隊を撤退させろ!」
「・・・分かった!」
言いたい事や聞きたい事があるのだろう。しかし言わないし訊かない。
ルシルヴァは優れた副官だ。
俺の隊もヴィクトールの隊もだいぶ叩かれた。
やっと城に戻ると、ティエラは帰還したものの深手を負ったという。
敵は僅か150騎の赤騎隊に2個師団2,000をぶつけてきたらしい。
これで敵の作戦目的が分かった。ティエラだ。
バルカ郷の王位継承者にして赤騎隊の隊長。赤い旋風と呼ばれるエナルダ。
バルカ軍の戦力的に、そして何よりバルカ兵の精神面で大きな存在だ。
「くそっ、甘かった」
バイカルノが呻くように漏らす。
既に新たに出撃した第2軍団が場外で防衛陣を構築している。
敵の主力は既に後方へ動き始めたという。
それでも俺の心はざわめいたままだ。
ラヴィスがまだ帰還していない。
◇*◇*◇*◇*◇
ギルモア軍は撤退を開始したが、バルカ軍の被害も大きかった。
赤騎隊はその多くを失って、ティエラも深手を負った。
そして、護紅隊は1人も帰還していない。
赤騎隊副長イオリアの報告では、護紅隊は退路を断とうと動く敵に一撃を加えて戻る予定だったが、それきり戻らなかったという。
突撃大隊もだいぶ消耗している。まずは負傷者の収容と戦力の確認、再編成を行う。
ヴィクトールの部隊はラバック隊に、俺とルシルヴァの直属はスパイク・ラナシド隊に合流させ、ホーカーの長弓中隊を含めて、ラバックに一任した。
俺とルシルヴァ、ヴィクトールはイオリアを伴って捜索に当たる。
城を出てみると、まだ各所で小さな戦闘で行われているようだ。
「こちら方面からの撤退でした」
イオリアの顔が化粧よりも白く見えた。
ふと小さな丘の先に闘気を感じる。
確信めいたものを感じつつ急行すると、丘の先は小さな崖になっていた。
崖は10リティ(約8m)ほど落ち込み、左の先には敵兵を確認した。
1個大隊はいるだろうか、その敵軍の意識は一点に集中されている。
その一点。
敵兵に相対するラヴィスが崖の下に居た。
兜は脱ぎ捨てたのだろうか、黒髪が鎧を流れるように垂れている。
敵と対峙するラヴィスは腰を少し落として構え、凄まじい闘気を発している。
俺は息を飲んだ。
ラヴィスの左腕は無かった。
鎧のいたる所が割れ、右手に構える刀も折れて刀身が半分しかない。
「ラヴィス!!」
ラヴィスは冷徹な戦人の顔で振り返り、ふいに悲しみの色に染まる。
刀を構えていた右手も下ろし、戦闘姿勢すら解いて立ち尽くす。
ただ顔だけで崖の上の俺を見上げた。
それは溢れそうな涙を堪えている表情にも似ていた。
敵兵も俺たちに気付く。およそ200。
俺たちは崖を滑り降り、ヴィクトール、ルシルヴァがラヴィスの前で構える。
数的には絶望的な戦力差だ。
「ティエラは無事だ。お前は良くやった」
抱き支えながら、ラヴィスが一番聞きたい事を伝えてやった。
なんて事だ。ラヴィスの身体は細くて軽い。
知らなかった。
地面に横たえようとすると、ラヴィスは刀を捨てて俺にしがみついた。
抱きしめると、ラヴィスは右手を俺の背に回す。
強く抱きしめた。ラヴィスの右手にも力がこもる。
しかしラヴィスの右手は、ふいに落ちて地を叩く。
ひと言もなくラヴィスは逝った。
ラヴィスの身体を地面に横たえ、ぼろぼろになったマントをかける。
「ラヴィスは死んだぜ」
イオリアは唇を噛む。
「くっ、致し方ありません。遺体と共に撤退しましょう」
「・・・けんな」
「クラト殿、速やかに撤退を・・・」
「ざけんじゃねぇよ!どいつもこいつも!!」
「クソッ・・・俺もだ・・・クソ野郎が!!」
クラトは敵陣に突っ込む。ヴィクトールが続いた。
ルシルヴァはイオリアに「ラヴィスを頼む」ひと言残してクラトを追った。
ギルモア兵は風の音を聞いた。直後に意識が寸断される。
空気を切り裂く大剣と戦斧、それは常識を超えた力によって繰り出され、風のようにギルモアの兵を薙いでいく。
10リティ先に敵が迫っているという認識を最後に次々と倒されていく。
聞こえるのは風の音、甲冑が砕ける音。それだけが続いた。