8-8 信頼
ギルモアはバルカへ侵攻を開始した。
思いも寄らない戦略だった。
アティーレを滅亡させたギルモアはクエーシトへは侵攻せず、パレントの領主を追放。
ギルモアから新領主が派遣される事で収めた。
余りにも早いギルモアの外交。動かしているのは誰だ?
これまでとは違う。全てはバルカ侵攻のためだったのだ。
バルカに侵入したのは第1・第3・第5軍団の15,000。
アティーレ本城を攻め落として実戦経験も豊富、今のギルモアにおいて最も強力な軍団である。
特に第3軍団は遊撃を行う精鋭だ。
その第3軍団は迎え撃った突撃大隊に2個師団を差し向けてきた。
対峙してみると侵入した軍なのに動かない。
突撃大隊の攻撃に対しても無理に防がず受け流す戦い方に終始する。
「ちいッ、手応えがまるで無ぇ!」
「本隊が見つからないよ!」ルシルヴァの声。
ラナシドがクラトに馬を寄せる。
「このまま留まれば封殺されます!一旦戻りましょう!」
しかし、敵は包囲すらしなかった。
敵としては城に近づくのが第一だ。
野戦では無類の強さを誇る突撃大隊が撤退するなら、むしろ歓迎すべきというところなのだろう。
その時、スパイクが声を上げる。
「見えた!見えました!」
「見つけたか!」
「右前方!先ほどから40騎ほどの部隊に隊形の変化がありません。中心の数騎は肩当の色が違います」
「確証が薄いな・・・」
ラナシドが言う。
クラトは即断した。
「よし、突っ込むぞ!」
「しかし、1回だけだ、違ったら即引き揚げる」「スパイク!今からお前を1番隊にする!」
「あ、あいっ!」
気が急いているのか、緊張しているのか、スパイクは甲高い声で返事をする。
しかし、さすがに行動は早い。すでに大隊の先頭で突撃を開始している。
クラト、ルシルヴァ、ヴィクトールが続き、ラバックとラナシドが左右を固める。
敵は明らかに“動揺した”ように見えた。
敵兵が壁を作り、突撃の速度が緩んだ。
ここで繰り返し行った訓練が発揮される。
左右を進むラバックとラナシドが前面の敵防衛陣を避けるように左右へ展開、局地的な包囲戦に移行する。
これは包囲する左右の両翼が更に後方から敵に包まれる危険性を孕んでいる。必要なのはスピード。
包囲と殲滅、とにかく迅速に完了する事が要求される。
突撃大隊が想定している局地的包囲戦は6つの隊で行う。
中心に2隊、左右に2隊ずつだ。
中心の2隊はヴィクトールとラナシド。敵の圧力に耐えて時間を稼ぎ、後方の長弓隊の防御を兼ねている。
左右の各1隊が敵を排除しつつ敵部隊の後方へ進出、敵を分断する。
これは俺とルシルヴァが行う。
残ったスパイクとラバックは俺とルシルヴァの隊を援護しつつ側面へ。
包囲が完了した時点で全軍で敵の殲滅を行う。
この局地的包囲戦は包囲した敵の殲滅途中で左右の各1隊が既に新たな包囲のために左右へ展開する事で完了する。
これを連続して行うと敵陣に食い込んでいけるのだ。
◇*◇*◇*◇*◇
敵陣の壁を破ったとき、本隊と目していた一隊が逃走を始めた。
「追えっ!!」
敵の本陣を見つけた。もう迷わない。突撃して敵本隊の殲滅を目指す。
本隊が消滅すれば軍隊は脆い。
常人を戦士に変える装置は破壊され、戦士は常人に戻り無力化する。
戦場で無力化した人間は刈られるのを待つ草だ。
しかし不思議だ。追えば追うほど敵の陣が厚くなっていく。
先ほどまでと違って圧力がある。
つまり混乱していないという事だ。
その時、敵とも味方ともなく声が上がった。
「狼煙だ!」
振り返ると黄色を帯びた煙が上がっている。バルカ軍の撤退合図だ。
同時に声が上がる。
「赤騎隊の所在が不明です!」
この時、頭をよぎったのはティエラではなくラヴィスだった。
いつだっただろう、ティエラは言った。
私が何の憂いも無く突撃できるのはラヴィスの存在が大きいのだ。
ラヴィスは確かに優秀だが、私があやつを信頼する理由は、その誠実な人間性と真摯な姿勢にある。
だからこの命を預けられるのだ。
私が戦場で斃れる時、ラヴィスは生きてはおるまい。
身体を走る電流と共に脳裏に映ったのはラヴィスの拗ねた顔だった。
いつだってそうだった。気付くのが遅い。