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8-7 生贄

ティエラとクラトは会議室に現れず、赤騎隊副隊長のイオリアが姿を見せた。


会議場は明らかに苛立っていた。

ピサノ大臣がフィアレスをちらりと見てからイオリアを問い詰めた。

「ティエラ姫はどうなされたのだ?イオリア副隊長、説明せよ」

いつもは冷静なイオリアも落ち着きを失っていた。

「その・・・ティエラ様は・・・」


やめてくれー!痛ぇって!うぎゃー!


ざわつく会議室。

「あれはクラト大隊長の声じゃないのか?」

「・・・はい」

イオリアの声は消え入りそうだ。

「あの・・・ティエラ様が御召し替えの最中にクラト殿が・・・」

「姫は・・・その・・・何もおまといでは無かったもので・・・」

「はぁ!?」ラヴィスが思わず声を上げる。

「はぁ!?」誰もがラヴィスと同じ声を上げた。


ここでフィアレスはひとしきり笑った後、急に真面目な顔をした。

そして、裁判官が判決を告げるように言った。

「クラト大隊長の所業は万死に値するが・・・今死なれては困る」

レガーノが笑い出しながら言った「またアイツか!」

ピサノ大臣が珍しくレガーノに乗った。

「あの声を聞く限りでは、多少の同情は禁じえないな」

ひとしきり笑いが広がり、そして収まる頃には会議室の空気は一変していた。


そこへバイカルノが姿を見せる。

(なんだ?随分と落ち着いてるじゃないか)

いぶかるバイカルノの耳に、遠くで人の喚くような声が聞こえる。

バイカルノはラシェットに訊ねた。

「外が騒がしいが、戦前いくさまえの景気付けに猪でもほふろうとしているのか?」

突然、会議室に笑い声が溢れた。

生贄いけにえか!姫の準備運動としては十分だな!」

第3軍団長アヴァンの声が響く。


意味が分らないといった顔で会議場を見渡すバイカルノを残して笑い声は続いた。

会議はティエラとクラトを除いて行われた。

決定事項については形式上ティエラ姫の承認が必要だ。

フィアレスがティエラ姫に報告を行って承認を得、クラトにはラシェットが説明する事となった。


◇*◇*◇*◇*◇


戦力動員能力はバルカ8千に対してギルモア12万、先のアティーレ戦で3万近い損害を出してもなおこれだけの戦力差があるのだ。

ギルモアの動員能力も然る事ながらバルカの消耗があまりにも激しい。


バルカ城の第3城壁の南門では出撃準備が整った軍団が整列していた。

ティエラが馬上から全軍へ訓示。


ギルモア軍が我々のバルカ郷へ侵入した。聞けばバルカの降伏を待っているというではないか。

恩を忘れて軍を差し向けるのみならず、バルカが降伏すると考えているとは、何と愚かな者達であろうか。

この度の戦は我も尖兵となって戦う覚悟である。相手は忘恩の愚者だ、容赦はいらぬ!武功を示せ!直ちに出陣せよ!!


歓声が上がり、誰もが刀や剣を空に突き上げた。

この歓声が戦場ではときの声となって敵陣へと雪崩れ込むだろう。そしてギルモアに痛撃を与えるに違いない。

少なくとも一撃だけは。


赤い甲冑に身を包み、純白の駿馬に跨ったティエラは赤騎隊を率い、突撃大隊と護紅隊がこれに同行する。

敵は大軍だ。突撃力の規模も大きくしたい。突撃大隊はティエラの戦術上も不可欠だった。

「クラト!今日の戦、私と共に来い」

「えぇ~!?」ティエラからの“お仕置き”で顔にあざを作ったクラト。

「つべこべ抜かすな!」

「へぇ~い、わかりました~」


「何だよ、クラトは戦が始まる前からズタボロじゃないか」

バイカルノの声に笑いが湧く。


誰もが覚悟し、戦いに赴いた。

バルカの滅亡は自分の世界の消失だ。異世界から来たクラトでさえ同じように感じた。

クラトがいた世界ではこの感覚が希薄だ。

国家の命運を自らの命運とは考えない。

国家の存亡など考えもしないし、己の消滅など思いもよらないのだ。

だから“国の境が命の境である事”を忘れる。

人の生死は僅かな距離や時間で左右される。命とはそういうものだ。

命を懸けない者はそれを忘れ、命は保たれるものだと誤解する。


この世界の国家とは最大の組織にして、個人にとっては祖先が営々と築き、続いて来た世界そのものだ。

そして精神そのものであり、自らの居場所であり、プライドでもあった。


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