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8-5 不器用

ギルモアはついにアティーレ、パレントを降した。


クラトは一時的な軍事空白地となった北東方面の警戒に当たっている。

追われていたエルファと出会った森の東、旧アティーレ・パレントの領境だった場所だ。

今日で警戒任務は完了となりバルカ城へ戻るのだが、サバール隊の隊長サイモスからバイカルノへの報告を受けてから出発となる予定だ。

サイモスは相変わらずうだつの上がらない風采で、見る者にはいかにも愚直な連絡要員といった印象を与える。

しかし実態は、非常に能力が高い隠密系のエナルダだ。

もちろん属性は“気”

クラトやルシルヴァのように大剣を振るうのは苦手だが、瞬発力と移動能力に優れる。防具を装着しない、つまり戦場以外での戦闘能力は特筆ものである。


受け取った情報は「グリファに異常なし」「クエーシトのエナルダ実験の停滞」だった。

ただ、クエーシトに潜入させた2個小隊(サバール隊の小隊は3人)は2名しか帰還しなかった。

この6名は優れたエナルダだったが、クエーシトのオロフォス隊と遭遇、4名が討たれたのだという。


「オロフォス隊の隊長はルヴォーグってヤツだ。とてもじゃないが敵う相手じゃない。オロフォス隊もだいぶ消耗しているようだが、ルヴォーグを筆頭にとんでもないヤツが数名いる」「クエーシトのエナルダには気をつけろ」

「あぁ、恐ろしいヤツだよ、ジョシュってのは」

サイモスは話を結論まで進めたクラトを不愉快そうに見た。

「そういえばお前、ノッカーって呼ばれた女エナルダに止めを刺さなかったらしいな」

「・・・」

「死にそうな女を眺めるのが趣味なのか?」

「なんだと?」

「お前がどんな趣味を持とうと構わんが・・・」

クラトの右拳がサイモスの顎に飛ぶ。

しかし拳は左に受け流され、逆手に握ったナイフがクラトの目前に据えられた。

「お前の趣味が何だろうと構わんが、頭目の手を煩わせるな」

「お前こそバルカを裏切るんじゃねぇぞ、敵になったら真っ先にぶっ飛ばしてやるぜ」

「ふざけるな。バルカに飼われているお前とは違う。俺は頭目に従うだけだ。それに・・・もし敵になったら戦場に出る前に片付けてやる」

「話は済んだぜ、行きな」

サイモスは席を立つと、うだつのあがらない連絡員の顔になる。

その顔が不敵に笑って言った。

「さっきのお前の拳は戦場の突撃大隊と同じだ。良く覚えておけ。お前に簡単に死なれては困るんでな」


◇*◇*◇*◇*◇


クラトは警戒任務を終えてバルカ城に戻った。

バイカルノにサバール隊の報告内容を伝え、預かった荷物を手渡す。

バイカルノはサバール隊によるギルモアとクエーシトの要人暗殺を検討している。

暗殺の対象となるのは、国王や領主、軍師や軍団長、エクサーやマスターエナルダなどだが、両国のガードは非常に厳しく、やり遂げるとすればサイモスが行かねばなるまい。そして、実行すれば結果に係わらず生還は難しいだろう。

それが故に対象も絞り込まれた。ギルモア国王マハール・ギルモア、クエーシト国ジョシュ・ティラント博士、そしてギルモアの三席軍師セシウス・アルグレインが付け加えられた。付け加えたのはフィアレスだ。そしてバイカルノはクエーシト軍師のデュロン・シェラーダンの名をあげた。


バイカルノは手渡された荷物を興味が無いように放ると「サイモスは不器用なヤツでな」と呟いた。

「そうらしいな。親切面が出来ないヤツだ。自分を傷つけずには他人に優しくできないんだろう。本当に不器用なヤツだよ」

クラトの言葉にバイカルノは少し驚いたようだったが、困ったような顔をして笑った。


サバール隊の隊長が務まる人間はそうそういない。サイモスがいなくなればサバール隊は存続できないだろう。

しかしギルモアの侵攻を受ければバルカは滅ぶ。選択の余地は無い。

そこへ急報が飛び込む。

確認不明の軍隊がバルカ北部へ侵入したという知らせ。

レガーノ第1軍団が出撃準備を整える間、ジュノが軽騎500を率いて出撃していった。

その直後、サバール隊からの情報。

侵入したのはギルモア軍。

「最悪だ・・・早すぎる」


緊急の軍事会議が召集された。軍師・軍団長・ティエラ旗下部隊長のみで防御戦を打ち合わせる。

「まさか、ギルモアが・・・」

大臣達はほとんど茫然自失の状態だった。

そしてフィアレスの言葉を思い返していた。

“ギルモアにバルカという防壁は不要なのだ”


◇*◇*◇*◇*◇


ギルモアのバルカ侵攻は驚くほど迅速に行われた。

アティーレを滅亡させたギルモアはパレントの領主を追放。ギルモアから新領主を派遣する事で収め、クエーシトへの不可侵を宣言する。

あまりに早いギルモアの外交。

全てはバルカ侵攻のためだったのだ。


俺は混乱していた。

崇高な精神も頑強な肉体も、より大きな力の前では消え去るしかないのだ。

理不尽とさえ思った。

いつの間にか俺はバルカが好きになっていた。その風土も人間も愛し始めていた。

世界を失った俺が得た世界。それがバルカだった。

そのバルカが滅ぶ。

焦り、不安、恐怖、気持ちばかりが急いている。


会議場へ入ろうとすると、飛び出してきたラヴィスと鉢合わせになる。

ティエラがまだ来ていないという。

「わかった。俺が呼んでくる」

ラヴィスは席に着くや書類を広げた。フィアレスから配布されていたギルモア軍の構成と兵力分析だ。

会議場は一種異様な雰囲気に支配されていた。

大臣達は明らかに混乱していたし、軍団長達は会議に時間を取られる事に苛ついていた。

その中でフィアレスは超然としていた。彼はギルモアのバルカ侵攻を予見し、準備をしてきたのだ。

フィアレスを除かねばならないと考えるヴェルーノ卿もバイカルノで補えるのかと不安を感じるにはいられないほどの圧倒的な存在感。

バイカルノはこの会議の議長だ。フィアレスの意見をそのまま作戦・指示に変える為の配慮だ。

そのバイカルノはジュノからの伝令を接見しているという。

フィアレスは左目と鼻から下を覆った布の下で苦笑いを浮かべた。

「水も軍勢も流れる場所は決まっているだろうに・・・」


会議場は声に出すと出すまいと誰もの思考が入り乱れていた。

その中でフィアレスの意識だけが真実を知るのだった。

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