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8-2 主人

ラシェットは兵法を学ぶかたわら、体術の指導に余念がない。

しかもかなり厳しいらしく、早くも鬼師範と呼ばれている。

浅黒い肌に銀髪を後頭部でまとめたラシェットは兵士達を次々と打ち倒していく。

3年間も片足が不自由だったとはとても思えない。


ラシェットの訓練では怪我人が多く出る。時には大怪我もする。

大隊長や師団長から苦情が来るが平然としている。

訓練中のラシェットは、まるで人が変わったようだった。

「今のうちに怪我をしておけば死ぬ確率が少しは減るだろう」

「何だと!期待をしていた兵を潰しておいて、その言い草は何だ!」

たしなみとしての体術なら私は師範を降りる。私である必要が無いからだ」

「私の任務は兵士を強くする事であり、それは軍を強くする為に必要なのだ」

「戦闘とは格闘の延長であり、剣や刀は腕の延長だ。剣を振るのではなく、腕を振っていると知らねばならん。腕を振るために胴も足も必要だと知らねばならん」

「バルカ兵は強い。私が見てきた諸国の軍と比べても突出している。それを更に強くしようというのだ。生半可な事では実現できない」

「それに兵士は誰一人として弱音を吐いてはおらん。隊長方も辛いだろうが、黙って見守ってもらいたい」


クラトが訓練棟くんれんとうに入った時、肩を怒らせた師団長とすれ違った。

「俺のところのヤツ等は頑張ってるか?」

腕を組んで兵士の訓練状況を見つめるラシェットはチラリと視線を送るや、乾いた声で告げた。

「クラト大隊長、見学でしたらこちらでどうぞ」


少し見ていたが、かなり厳しい訓練だ。

兵士同士の組手が手加減無しで行われていた。

脳震盪で倒れる奴、打撃を受けて立ち上がれない奴もいる。

ラシェットはそれでも止めない。

組手で倒れた兵士に更に一撃を加えてから放置する。

そのままに訓練が続けられるが、ラシェットの一撃はかなりキツそうだ。

食らいたくなければ倒れないようにするしかない。

「よしッ、止めぇ!」

兵士達は倒れている者を引きずって行く。


突撃大隊から参加しているのは第2中隊と第4中隊だ。

ラナシドが俺を見つけて寄って来る。

「こりゃ厳しいですよ、クラト隊長の訓練も厳しいけど、あっちは苦しい訓練、こっちは痛い訓練って感じです」

「そうか、戦場で死なない為だ、頑張ってくれ」

「でも、体力だけは他の隊に負けてませんから、その点は助かってますよ。組手をやると実感するんですが、疲れてくると怪我もしやすいですからね。ウチの隊はそういう点で怪我人も少ないです」


そこへラシェットがやって来た。

「クラト様、先ほどは失礼しました。バルカの兵士は素晴らしいですね。見事に鍛えられている。その中でも突撃大隊は抜きん出ています」

「ま、走り回ってばかりいるからね。訓練でも戦場でも」

「特に腕が下がらないという点では、訓練が素晴らしい証拠です」

「それは嬉しいな。そうだ、俺も訓練に参加してみようかな」

「お断りします」

ラシェットはきっぱりと断った。

「え、なんで?」

「私はクラト様を打てませんので、訓練になりません」

「クラト様以外でしたら、師団長でも軍団長でもお受けするのですが・・・」

「またアレか?もう関係ないだろ?」

「そういう事だけではないのですが・・・」


「あ、そうだ。俺たちは突撃して敵兵と直接切り結ぶんだが、結局は押し合い圧し合いになる。そんな時、どうしても相手との接点は得物だけになるんだな。そういう時の足とかの使い方も教えてやってくれ。後は距離を取る時とか」

「はい、分りました。クラト様は体術をお学びで?」

「いや、俺は剣術しか知らないよ」

「しかし剣術ではそのような事は指導していないと思いますが」

「あぁ、俺がバルカに入った時、ラヴィスと斬り合いになったんだが、刀で押し合いになった時、ラヴィスが俺を蹴ったんだよ。俺は体勢を崩されたし、ラヴィスは距離を取ろうとしたようだ」

「そのような事があったのですか。クラト様のご希望は承知しました。ただ、もう少し後の訓練項目となります」

「それは構わんよ」


「アイシャもティエラ様やラヴィス隊長から指導を受けているので楽しみです」

「しかし娘は言葉遣いが至らなくて申し訳ありません。いつも気になって注意してはいるのですが」

「ああ、いいよ。言葉遣いの事を言い出したら、俺が一番困る」

ラバックとラナシドが笑い出した。

ピサノ大臣への暴言はもはや有名な話らしい。

「お前ら笑いすぎだよ。じゃ、俺は戻るから」

クラトは立ち上がって、ラシェットに「よろしく頼む」と言って頭を下げた。

訓練棟の出口で振り返って一礼する。


ラシェットはクラトの姿が消えてからも少しだけ見送った。


あの突撃隊長は我が主人あるじなのだ。

解放していただいたが、これからも主人あるじであり続けるだろう。


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