7-11 二人
エルファは徐々にその力を取り戻し、空に浮いて見せて皆を驚かせた。
記憶が戻ったと聞いたが、俺は出会った時から何も変わっていないように感じた。
エルファはクエーシトでの生活や実験、戦場で放棄された事を恨みに思っており、バルカで生きていく誓約を立てた。
家名もファトマと同じオルセインに改籍し、エルファ・オルセインとなる。
とりあえずというか、本人がどうしてもと言って聞かないので、突撃大隊に入隊となった。
ルシルヴァがいるし、他の軍団に比べれば少しはマシだろうが、俺は気が重かった。
カポルの件は俺が異人なので、約束の意味は知らなかったのだと言うと、元々そんな事を気にはしていないと言って、どういう意味なのか俺を悩ませた。
あやふやな決着だったが、カポルの話はそれきりになった。
◇*◇*◇*◇*◇
バイカルノから、エルファを偵察要員として戦場へ投入するよう要請があった。
鎧を準備する事になったが、エルファは“徹底して軽くしたい”と強く希望した。
足には騎馬隊が使う脚部鎧の膝下だけを着用、腰は鎖帷子を巻くのみとし、腹部は無し。
胸部の鎧も下の方を削って軽量化を図った。腕も前腕に篭手のみ装着する。
しかし、少々露出が大きい。大腿、臍から胸の下までは何もつけていない。
これでは装甲のビキニだ。鎧下を着るように言ったが、空中機動で試したい事があるからと言って聞かなかった。
後日、確かにその効果を発揮する時が来るのだが、兵士達には少しばかり刺激が強い。
しかし、エルファは時間が経過するにつれて天真爛漫さを露わにしていき、今では突撃大隊のマスコットとして大事にされている。
◇*◇*◇*◇*◇
「よーし、第4城壁を一周して訓練終了だ!」
「行ってこーい」俺の頭上から声がする。
「エルファ、お前、俺の頭に乗ってんじゃねぇよ」
「乗ってないよ、私は浮いてるんだから」
「俺の頭の上に来るなってーの!」
「何よ、女の子の股間を見上げてるんじゃないわよっ」
「ふ、ふざけんな!!」
「あー、騒がしくなったねぇ、この大隊も」
「エルファも他の連中がいる時はちゃんとやってますからね。まだ子供みたいだし、隊長に甘えてるんじゃないっスかね」
「クラトは何でも拾ってきちゃうからなぁ・・・まぁ、あたしも、あんたもだけどね」
高い空にルシルヴァとホーカーの乾いた笑い声が響いた。
「なんだ、相変わらず騒がしいな突撃大隊は」
気付くとティエラ姫とラシェット、アイシャがいた。
珍しくファトマも一緒だ。
エルファはファトマを見つけると、文字通り飛んでいった。
ファトマはエルファにとって姉とも母とも思える存在だ。
ティエラがラシェットに目を向けながら口を開く。
「バイカルノ殿預けになっていたラシェットだが、来月から正式にバイカルノ殿の元で軍略を学ばせたいと思う。クラトの許可が必要だ」
「あぁ、構わないぜ。ラシェットはそういう仕事が向いているだろう」
「後、ラシェットの体術はすごいぞ。誰も敵わん。これ程の使い手は見た事が無い」
「体術って格闘かい?」
「そうだ。傭兵やら拳闘士をしていたそうだ。今後は体術の師範としても働いてもらう予定だ」
「ティエラが認めるほどなら間違いないだろうな」「しかし、師範の立場が奴隷ではよろしくないな。早速、解放の手続きを取ろうぜ」
ラシェットが一歩前に出る。
「お言葉ですが、それは出来かねます」
「え、なんで?」
「奴隷の所有につきまして、商人は仕入れてから72日間は税金がかかりませんが、商人の保護の為に商人以外の者が購入した場合、144日間は手放す事ができないのです」
「じゃ、解放もその後?」
「はい、2月1日までは解放できません」
何だか面倒だが、致し方ないだろう。
ティエラが今度はアイシャに目を向けて言った。
「あと、アイシャなんだが、体術ではラシェットとほぼ互角だ」
「はぁ?」
「勿論、体格的には敵わぬが、組まなければ、つまり打撃のみで闘えば互角だ」
「へぇ、アイシャ、すごいじゃないか」
アイシャは照れたように俯く。
「今は赤騎隊と護紅隊で騎馬と剣術を学んでいる。こちらも信じられないスピードで上達しているぞ。クラトはなかなか見る目があるな。お陰で優秀な人材を得る事ができた」
「ま、そんなんで助けた訳じゃないけどな。最初は男だと思ってたし」
ティエラが、ちろっと俺をにらむ。
「クラト様、我ら親子の居場所を与えて頂き、感謝しております。私の怪我まで治療して頂きまして、命を捧げてもこのご恩は返せません」
横ではアイシャが頭を下げる。
「いいよ、そんなの気にしなくて」
アイシャは俺の袖を引くと「私はクラトの役に立つように頑張る」と言って、はにかんだ微笑を見せた。
いつの間にかエルファが俺の肩越しに覗き込んでいる。
アイシャは一睨みして横を向き、エルファは舌を出している。
「これこれ、チミ達は仲が良くないのかね」
2人とも何も答えず、ス~っと去っていった。
ファトマは苦笑いをした。
「クラト様の取り合いですわ。あの子達」
「何にせよ、あいつらを戦場に出したくは無いわな」
ファトマは優しい眼差しを2人に向けたまま頷いた。