7-9 捕虜
北の森で追われていた少女は、エルファと名乗った。
「隊長、あの娘すごく警戒していて、治療を受けようとしないんですよ」
背中の傷を治療中の俺にスパイクが困った様子で報告する。
「ルシルヴァは?」
「今、巡回に出てます」
「そうか、じゃ俺が行ってみるよ」
俺がいくと、エルファは俺の背中に隠れた。
マントを羽織って胸のところを両手で固く握っている。
「なぁエルファ、擦り傷は構わないけど、足と腕は見てもらわないとダメだ。足なんて貫通してるんだからな」
「イヤっ」
「お前、歩けなくなるぞ、傷からバイキンが入って腐っちまうよ」
「え・・・ホント?」
「当たり前だろ。歩けなくなったらどこにも行けないぞ」
「行けるもん」
「なに言ってるんだよ、飛んでいける訳でもあるまいし」
「・・・行けるもん」
「まぁ、とにかく軍医に診てもらってくれ、頼むから。軍医はジジィだから恥ずかしがるな」
「悪かったね、ジジィで」髭まで白い軍医が椅子に体重を預けて言った。
とっくに退役した軍医も駆り出されて、挙句にこんな危険地域にまで送られるんだから人員不足も甚だしい。
しかし、俺はこの軍医が好きだった。肝が太いし、腕も確かだ。
「しょうがないよ、実際ジジィなんだから」
「クラト隊長、お前もいずれジジィになるぞ」
「ま、生きてりゃそうだろうね」
「儂は後方で医務に就いてたんで生き残ってしまったよ。前線じゃ若い奴等がバタバタと死んでいるのに」
「悪ぃ、そんなつもりじゃないんだ」
「はは、気にするな。こんな歳になっても憎まれ口を叩いてみたくなるのさ。お前のような奴の前ではな」
「さて、お譲ちゃん、傷を診せてくれないか。お譲ちゃんの傷が治らんと口の悪い突撃隊長が悲しむんでな」
◇*◇*◇*◇*◇
一通りの治療が終わった。
エルファは治療中もマントを離そうとはしなかった。
とりあえず家に送るなり送り出すなりしなければならないが、クエーシトだったらどうすればいいんだ?
そもそも本当にエナルダなのか?
動きや力を見る限りではとてもエナルダとは思えないんだが。
何処から来た?
なぜギルモア兵に追われていた?
エルファの答えは全て「分からない」だった。
記憶喪失か?
そんな感じもしないが、このまま放っておけないし。
戻ったルシルヴァに預けようと思ったが、エルファは傍を離れなかった。
どこへ行ってもマントを羽織ったまま付いて来る。
ラバックは、また隊長が姫に殴られるんじゃないかと冗談を飛ばしている。
それはたまらん。
◇*◇*◇*◇*◇
私は捨てられてしまったの。3回も。
最初に捨てたのは母親。その時の事は覚えていない。
次に捨てられたのはほんの半年前。エナルダ覚醒してすぐ。
捨てたのは親類の人達。大嫌い。
捨てられた先は研究所。あそこも嫌い。
ジョシュという所長は笑顔で私に言った。
「協力しないか?何不自由しない生活と将来を保証しよう。自分で決めて結構だ」
私には行く所なんて無いのに。
それなら“協力しなければ殺す”と言われた方が良かった。
私はどうでも良かったの。エナルダでも何でも。
拾われては捨てられてきたんだもの。
そして最後に捨てられたのが一昨日。
今までいつも「なぜ?」と思ってきた。
なぜ私は1人なの?なぜ叩かれるの?なぜ辛い事ばかりされるの?
でも、今日はいつもと違う「なぜ?」ばかりだった。
私とカポルを食べた人は、盾になって助けてくれた。
嫌な事は話さなくていいと言った。
私にしてくれる事もしてくれない事も私の為だった。
剣を突きつけた私を気遣う理由はなんだろう。
不幸だった理由と同じように、私には分からない。
分からないのに、私はどうしてもついて来たんだろう。
でも、自分で決めたんだ。そばに居ようって。
◇*◇*◇*◇*◇
結局、怪我をした詳細不明の少女を収容したとして、城に連れて行く事になった。
送って行った俺を待っていたのは、信じられない事実だった。
エルファは確かにエナルダだったのだ。
しかも噂に聞いていた飛行型、翼を持つ人造エナルダ。
何も思い出せないと言う彼女は、ほんの少しの時間“捕虜”として扱われ、形式ばかりの裁判の後、ファトマに預けられる事になった。
そして、男女が1つのカポルを分けて食べるのは将来を約束する意味があると知ったのは数日後の事だった。