7-8 短剣
バルカ北部の深い森でギルモア兵に追われた少女。
体力の消耗が激しいようだ。腕に傷を負い、足にはギルモア兵の放った矢。
何者なのだろう。
矢傷に怯まない強さ、俺に短剣を向けた純真さ、そして少女の脆さ。
俺はノッカーと呼ばれたエナルダを思い出していた。
ギルモア兵は確かにこの少女をエナルダと呼んだ。
ギルモアが追うのだからアティーレか、いや、エナルダならクエーシトだろう。
足に突き刺さった矢を抜くと、少女は呻きながら耐えていた。
ボウガンの鏃は軸と同じ太さの金属製なのが幸いした。
タオルで縛る。マントを渡すと背に羽織った。
包んでいたカポルが転がる。
丁度いい。食っちまおう。
「短剣を貸してくれないか?俺の剣で切ってもいいけど、人を斬った後だからな」
少女は一瞬ポカンとしたが、呆れたような顔でクスッと笑い、短剣を差し出した。
2人でカポルを食べる。
さて、行こうか。きちんと治療しなくちゃならない。
少女は少し考えるようにしていたが、小さく頷いた。
剣を鞘ごと腰の後ろで横にして両腕で抱えると、丁度少女を背負える。
「名前は?」
「エルファ」
「俺はクラトだ。あ、さっき言ったか。とりあえずよろしくな」
エルファに短剣を返すと、戸惑った手が受け取った。
◇*◇*◇*◇*◇
グラシスはジョシュの執務室を訪れていた。
「ジョシュ博士、私に新しい力を与えては頂けませんでしょうか」
「どういう事だ?」
「翼を追加してはもらえませんか。私の能力は十分ではありません」
「グラシス、気持ちは分るが、エナルダ融合を2回行う施術に成功した例はない。危険すぎるとして禁止しているのだ」
「はい、承知しています。しかし2枚の翼では力が足りません。また、2方向にしか噴射できない為、飛行機動が制限されてしまいます。半分くらいの翼で良いのです。もう1対の翼を付ければかなり機動性が高まるでしょう」
「グラシス、飛行大隊は2名を失った。残った君を失う訳にはいかない。新たな施術計画は制限され、飛行型の施術は計画済みの1回しか行えない。補充が絶望的なのだ。その意見は、最後の施術で応用させてもらおう」
「博士、移植する部分にだけをエナル融合させる事はできませんか」
「そんな。エナルは接着剤ではないのだ、グラシス」
「ジョシュ博士が仰るのですか?何も行わずして不可能だと」
◇*◇*◇*◇*◇
ジョシュは密かに動物実験を繰り返した。そしてついに手応えを得る。
この施術に成功の確証は無い。いけるだろうという感覚だけだ。
しかし、グラシスの熱意とジョシュの執念は部分的な融合施術を成功させる。
ついにグラシスは飛行能力に加えて機動力を手に入れたのだ。
加えて、対空ボウガンの対策を講じるが、これは鎧の強化しかない。
重装鎧によって低下した機動性はハイクラスのマスエナルで補う事とした。
次の、いや、最後の飛行型は6枚翼を採用した。
肩甲骨の上と下、腰のやや後ろ、それぞれ左右1枚ずつ。
背中に40ミティ(約60cm)×15ミティ(約25cm)が4枚と20ミティ(約30cm)×12ミティ(約20cm)
合計面積はグラシスの4枚翼と変わらぬものの、6方向への噴射が可能となり、加速・減速・方向転換などの機動性を高める計画だ。
もっとも、最初に計画された6枚翼は2枚翼型の2倍以上、4枚翼に比較しても3割以上、翼面積がアップする予定だった。
翼を小さくせざるを得なかったのは検体が少女で身体が小さく、翼をつなぐ筋肉量が確保出来なかったからだ。
そして、ついにジョシュは6枚翼の飛行型エナルダ施術をも成功させる。
元々器用であったのだろうか、6枚翼の少女は機動性と戦闘力を兼ね備えた飛行型エナルダに成長する。
地上戦闘時には小さな翼が有利に働いた。
鎧の肩と背中、腰の後ろに斜め下に突き出した装甲板を設け、地上では翼を装甲板の下に格納できるようにしたのだ。これで戦いに集中できる。
グラシスも同じような装甲板を肩から後方へ2枚、長く伸ばした鎧を作り、戦闘力の強化に努めた。
飛行大隊はハイエナルダだ。その移動能力と併せて大きな戦闘力を発揮するだろう。
しかし、飛行中の翼だけはどうしても防御できなかった。
その飛行能力と引き換えに翼が大きな弱点となってしまうのだ。
また、飛行には体力と精神力を激しく消耗し、長時間の稼動はできない。
飛行型エナルダは戦場に大きなインパクトを残しつつ、その中心に存在する事は出来なかったのである。