7-7 果実
ギルモアのアティーレ戦線はアティーレ城から40ファロ(約16km)で膠着した。
ギルモアは新たな兵力を投入するものの、南西方面の防衛を考えると兵力に余裕は無い。
圧倒的有利な戦力で侵攻したギルモアが逆に追い込まれていた。
軍団長7名以下、将校24名の戦死という未曾有の損失。
軍事府大臣は戦局の悪化と軍の略奪行為により責任をとって辞任。
ますます混迷を深めるギルモアだったが、ここでようやく底力を見せ始める。
ギルモアの底力とは兵士の動員能力と軍の根底に流れるプライドだ。
軍事府大臣には老齢ながら前大臣が返り咲き、軍団長にも退役した将軍達を充てた。
組織を一新するなら若い人材を揃えるところだが、ギルモアは退役者の復帰で対処した。
今のギルモアに不足しているのは精神だという事を知ったのだ。
将軍達は国家の窮地に命を投げ打って任務に当たった。それに続かぬ者はいない。
そして、ある老将軍の発案で自らを囮とした作戦によって、クエーシト飛行大隊を戦線から排除する事に成功した。
この時に活躍したのが、エルトア国で開発された、設置型の多連装ボウガンだ。
これは地面に杭で固定した台座に3×4連装ボウガンを装着し、上下左右に射撃できるようにしたものだ。
これを更に対空用に改造。威力を増す為に大型化し、80ミティ(約130cm)という長大なものとなった。
カモフラージュを施した対空ロングボウガンを8基設置して飛行大隊を待ち構える。
射撃のタイミングは飛行大隊が3×4連装ボウガンを射撃し、投棄した直後。
投棄直後なら武装の変更に意識がいくので隙ができるからだ。
つまり、囮を“撃たせる”のだ。まさに壮絶な作戦といえる。
今度は飛行大隊に油断があった。
ギルモアが飛行大隊の存在を知ったという認識が足りなかった。
グラシスは侵入・弾幕・狙撃・離脱という攻撃パターンを繰り返す。
戦いは止まったら負けだ。それは思考の面でも全く同じなのだ。そういう点で言えば飛行大隊の攻撃パターンは思考停止していたと言われても致し方ない。
撃ち下ろした矢の2倍以上の矢が多連装ボウガンから放たれる。
クエーシト飛行大隊のウーディは重症を負い、何とか自陣に戻るも死亡。
エルファは負傷をしながら飛行を続けたが、バルカ国境の森に落下。
グラシスだけは3×4連装ボウガンの投棄と同時に飛行体勢に移っていたため軽傷で済んでいる。
グラシスは失意のままクエーシトに召還された。
今回の非は同じ奇襲方法を続けたグラシスにある。
しかし、ジョシュはその点に触れようとはしなかった。
ただ、「残念な結果だが、やらねばならぬ事がまだまだある」とだけ言った。
飛行大隊の地上部隊はエルファの捜索を行い発見するものの、ギルモア軍と遭遇するやエルファを置き去りにして逃げてしまった。
そして飛ぶ力が残っていないエルファは森の奥へと逃げた。
◇*◇*◇*◇*◇
バルカ北部はギルモアとアティーレの激戦地に近く、最重要地区として、突撃大隊が第3軍の弓兵大隊を指揮下に置いて警戒にあたっていた。
俺はスパイクを連れて森の奥に入る。
ここはつい先ほど偵察隊が巡回を済ませた場所だったが、カポルという果物が生っていると聞きつけたのだ。
果物が好物の俺はスパイクの話に飛びついた。
「スパイク、そのカポルとやらは本当に美味いんだろうな」
「もちろんです。森の大木に寄生する植物なんで栽培する事はできないし、数が少ないので市場には出回りません」
「へぇ。で、どんな実なんだ」
「黄色くて子供の頭くらいの大きさです。1本で3~4個しか実をつけません。味はとても甘いんですが、爽やかな香りと風味があります」
「なんだか美味そうだ。よし、部隊の連中にも持って帰ってやろうぜ」
しばらく探すと偵察隊の言った場所にカポルが生っていた。スパイクが早速1つを割る。
「おぉ!これはウマイ!」
「でしょう?ラナシドやラバックは嫌いらしいですけど」
食感も味もマンゴーに近い。その中にも酸味とミント系の香りがある。
聞くところでは若い実ほどこの香が強く、熟すにつれて甘味が増すのだそうだ。
俺とスパイクは2個ずつマントに包んで背負う。
更にカポルを探しに森の奥へ入ったが、いつまでも遊んではいられないので、スパイクと二手に分かれてカポルを探しつつ戻る事にした。
◇*◇*◇*◇*◇
しばらく探してみたがカポルは見つからない。
ん?なにやら人の気配。というより大勢がこちらに向かってくる。
と、繁みからから何かが飛び出してきた。
女・・・というか、まだ幼い感じがする少女だ。
騎馬用のフットガードと膝上までの鎧下、腕からは血を流している。
俺に気付いた少女の目が絶望に染まる。
「どうしたんだ?怪我をしてるじゃないか」
「あの、私、あの・・・」
その直後、5~6名の兵士が繁みから姿を現した。
兵士達は俺を見て驚いたようだ。
俺の血圧が上がり始めた。怪我した女を追い回しやがって。
「おい、ここがバルカの領内と知っているのか?」
「我々はギルモアだ。そのエナルダを引き渡してもらいたい」
「お前らギルモアか。だったらお前らの名誉の為にも、このまま帰りな」「何もしゃべらなくていい。聞く事はないからな」
「俺はバルカ突撃大隊のクラト・ナルミだ。この地区の警戒にあたっている。侵入者は排除せねばならんが、ギルモアならば斬るまでも無いだろう」
隊長らしき兵士が何かを言おうとした。
その時、少女が後方へ走った。
ギルモア兵からボウガンが発射される。
4発中2本が俺の身体をかすめ、1本が肩に当たる。
少女の足にも1本が突き刺さる。
「大丈夫か!?」
振り向いた俺の背中に更に2本の矢が突き立った。
少女の顔が痛みから驚きへと変わる。
俺はキレた。
「てめぇら!ざけんなよ!」
俺は剣を抜いてギルモア兵を薙ぎ払った。
受けた刀ごと身体がヘシ折れる。6人を倒して、背中の痛みに気付く。
補強した軽装鎧を装着していて良かった。
背中の矢を抜きつつ呻く。
「痛ぇ、くそっ」
「おい、大丈夫か?」
座り込んだ少女の顔を覗き込んだ瞬間、俺の喉元に短剣が突きつけられた。
少女は泣いていた。
歯を食いしばり、唇を震わせ、しっかりと見開いた目から涙を流していた。
「俺の名前はクラトだ。喋りたくないなら何も聞かないが、早く傷の治療をした方がいい」
少女を支えていた何かが外れ、短剣を下ろし俯いて泣き続けた。