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7-6 初陣

ギルモアが“北の戦乱”への中立宣言を撤回し、アティーレへの侵攻を開始した。

アティーレは対バルカ戦で戦力を消耗しており苦戦は必至だ。

本来ならバルカにとって歓迎すべきギルモアの参戦も決して吉事ではなかった。

ギルモアは露骨にバルカへ圧力をかけてきたのだ。


バルカは書簡で時間を稼ぎ、グリファとの共闘や要人暗殺など手段を模索していたが、クエーシトの打つ手は限られていた。

ここでクエーシトは奥の手ともいうべき飛行大隊とエナルダ部隊をアティーレに派遣し、ギルモア軍を国外で叩く作戦に出る。

クエーシトの軍師はギルモア軍を数だけの軍隊と判断していた。

命令系統の破壊と恐怖心で簡単に瓦解するだろう。

そして進軍は止まり、動けなくなるに違いない。

一度立ち止まった弱者は進めないものだ。


アティーレの西と南から侵入したギルモア軍は4つの支城を落とし、あとはアラロス城と呼ばれている支城を1つ落とせば、ついに本城に迫る。

このアティーレ本城はアティーレの東端にあり、バルカ、パレント、クエーシトとの国境から近かった。


アティーレ城には、飛行大隊とエナルダ部隊を伴ってクエーシトの軍師が入城していた。

彼の指示でアラロス城に大量の財宝と美酒、食料、愛奴を放置した。

ここにギルモアの2個軍団6000が入城する。

ここまで大きな抵抗も受けずに城を落としてきたギルモア軍は戦いに対する感覚を徐々に鈍らせていった。

無敵という甘い言葉の錯覚に酔った。

大した戦闘もしていないのに自らの力を過大評価した。


アラロス城の守備兵はギルモア軍が近づくと早々に逃げ出した。

普通であれば、城の防御にあたる兵を残して進軍するだろうが、ギルモアの将校は城の奥に置かれた宝や愛奴を発見する。

将校たちは思った。ここまでの進軍速度は計画を大幅に上回っている。これまでの戦果を考えればこれくらいは当然だと。

つまり、本国への報告をせずに略奪に走った。

そこへ到着したのが、ギルモアの3個軍団7000だ。

先に入城した2人の軍団長は略奪の発覚を恐れた。

彼等は甘言を用いて後続の3個軍団の軍団長および師団長を懐柔した。

腐った果実は他の果実をも腐らせずにはおかないのだ。


◇*◇*◇*◇*◇


兵士には軍議と称して野営を続けさせ、財宝は隠し、酒と愛奴に溺れる。

ついには4日をアラロス城で過ごしてしまう。

本国も暢気なもので「苦戦しているならば増援を行う」との伝令を出しただけだった。

さすがにこれ以上は留まれないと考えたのか、アティーレ本城へ向けて進軍を開始する。


◇*◇*◇*◇*◇


アティーレ城は集結したギルモア軍で包囲された。

アラロス城からアティーレ城は1日の距離なのに6日も経過している。


見張り塔からギルモア軍を見たクエーシト軍師は楽しそうに言った。

「随分と柔らかそうな奴等だ」


アティーレの軍事府士官は聞き返した。

「柔らかい?」

それに直接答えず、言葉を続ける。

「兵もそうだが、陣に緊張感の欠片もない。陣が緩んでいるという事は率いている者がダメな証拠だ。我々は必要なかったかもしれんな」


攻撃は明日だろうが作戦すら立ててはいないだろう。総指揮を執るのはどこの軍団長だ?

集まる薄い情報を積み重ねて、それとおぼしき軍団の本陣に飛行大隊を送る。

エナルダ部隊は大きく迂回して側面から。

アティーレの残存部隊は正面に構える。

ギルモア軍は圧倒的な戦力でアティーレ城を包囲したが、クエーシト・アティーレ連合はギルモアの中枢のみを包囲した。


◇*◇*◇*◇*◇


夜が明け、何の警戒もなく軍装すら解いた軍団長は準備された桶で顔を洗った。

この軍団長は、敵の城を包囲しておきながら、軍装を解いて寝ったのだ。

自分の手が届くなら、相手の手も届くと気付かないのだろうか。


ギルモアの第1軍団長は思った。

「今日はいよいよアティーレ最後の日だ」

ふとアラロス城での享楽を思い出して頬が緩む。

5軍団の軍団長と師団長が集まり、軍議が始まる。

「本城というくらいだから、お楽しみも多いのだろうな」

一同が笑う。

「どうやっても勝てる戦の軍議はかえって難しいというものだ」

また一同が笑う。

その時、後方の森で鳥が鳴いた。

誰も気にしなかった。森の中にも兵を配置している。

しかし、敵は森の上からやってきた。


◇*◇*◇*◇*◇


グラシス達の武装は次の通り。

3×4連装ボウガンを2基、3連装ロングボウガン×2、刀×1。

3×4連装のボウガンは腕に装着する横幅40ミティ(約60cm)、長さ60ミティ(約100cm)の空対地ボウガンで、先端には縦に固定した弓が4つ並んでおり、それぞれ3本の矢が装填されている。

人差し指から小指まで4つのフックがあり、それが引き金となっている。

その重量から片腕で取り回すのは不可能で、下方にしか発射できない。

ロックを外して腕から脱落できるようになっており、発射後は投棄する。

1人当たり24本、3人で72本。その威力はまさに弾幕といえるだろう。

これを一気に射撃した後は腰に下げた3連装ロングボウガンで狙撃を行う。ロングボウガンは通常のボウガンが長さ40ミティ(約60cm)のところ、60ミティ(約100cm)と大型で、威力が高めてある。長い分だけ取り回しは不便だが、撃ち下ろし効果と併せて敵射程外からの狙撃が可能だ。

このような武装になるのは飛行型エナルダが格闘戦に向いていないからだ。


そして飛行大隊最大の持ち味は奇襲にある。よって最も重要なのは初撃だ。


◇*◇*◇*◇*◇


エナルダ隊が側面から斬り込む。

「敵襲!」

その声に軍団長たちが腰を浮かせたその時、上空から矢が降り注いだ。

アティーレがいつも行う遠距離からの矢ではない。

上空から撃ち下ろす矢だ。勿論矢勢は強い。

軍団長5名を含む将軍は殆どが即死。

ギルモア軍は大混乱に陥った。

飛行大隊は悠然と敵上空を飛び、将校と思われる者を上空から狙い撃った。

13000のクエーシト軍は命令系統を失い、方向すらバラバラに逃げ出した。

アティーレ軍が討ち取っただけでも4000を超え、クエーシトの要請で進出していたパレント軍にも強かに叩かれた。

更にギルモア軍の悲劇は続く。

後詰でアティーレ城へ向かっていたギルモアの4個軍団10000がアラロス城での略奪を発見、敗走し急接近する先行軍を叛乱軍と見なして壊滅させてしまったのだ。

ギルモア本国に略奪と叛乱、兵力13000の壊滅、作戦続行は不可能との連絡が届き、軍事府のみならず首脳部の誰もが不幸を呪った。

しかし、ギルモアにとって最も不幸だったのは、アティーレ本城での戦いが正確に把握できなかった事だったと言える。


ギルモアはクエーシトへの侵攻を無期延期としたが、アティーレとパレントだけは屈服させる必要があった。

後詰の4個軍団10000でアティーレを滅亡させ、アティーレ城を拠点として、対クエーシトの防衛とパレント侵攻を行おうとしていた。

しかしこの動きをアティーレが察知。

前回より増強したパレント軍が後方、アティーレ軍が正面、側面からはクエーシトの騎馬隊とエナルダ隊によって広域の包囲戦を展開する。

ギルモア軍は兵力を4000失って後退。

野営地に潜入した飛行大隊が軍団長を暗殺。

残る6000はアラロス城まで退いて何とか踏みとどまる。

またもやギルモア軍は大敗を喫したのだった。

クエーシトの軍師が言ったように、ギルモア軍9個軍団23000は溶けるように消え、6000を残すのみとなった。

ギルモアの軍団長は敵エナルダによる被害の大きさに、自軍のエナルダ隊をぶつけたが、その能力・装備・運用に至るまでクエーシトの敵ではなく、いたずらに戦力を消耗するだけだった。

ギルモアは、クエーシトのエナルダ隊の力を目の当りにして恐怖した。

ギルモアのみならず周辺国は戦争におけるエナルダについて再考を迫られた。


クエーシトで人工マスエナルと人造エナルダを量産しているとの噂。

最強の戦士と最強の武具の量産。

各国の軍関係者は対エナルダ戦術の練り直しを迫られた。

商業国家タルキアはエナルダ傭兵を高い待遇で国軍に編入し、流通しているマスエナルの確保に走る。

技術立国のエルトアには高性能甲冑や連射ボウガンなど、武具の開発を急いだ。


そしてエナルダ自身も自らの力に対し、考え方を変えていくのだった。


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