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2-2 混乱

青いバンダナと胸当て。俺の前にいる男は誰だ。


男はハッとして地面に座り込み、何か言った。

聞いたことも無い言葉。

聞こえたと同時に頭にイメージが湧く。

「助かりました。ありがとうございます」

男はそれだけ言うと下を向いて息を整えている。

「もう少し休めば歩けます。水をお持ちですか?」

俺はその若い男から目を離さずにリュックからスポーツドリンクを取り出して手渡した。

手渡されたボトルをしばし見つめ、俺を見上げ、またボトルを見る。

少し飲んで驚いた顔をしてつぶやく。

「うまい」というイメージ。

半分ほどを一気に飲んだ。返されたボトルを「全部やる」と言って手渡す。

男は一瞬戸惑ったが、礼を言って受け取った。

全身の力が抜けたように頭と肩を落して、「ありがとうございます」と繰り返した。


残りを飲み干すと、苦痛に顔をゆがめながら立ち上がって、右手を左肩にあて、少し頭を下げて名乗った。

「私はグリファ国、ルーフェンの郷、ティラント家の家臣、ジュノ・ガクレイと申します」

何だそりゃ。聞いたこともねぇよ。今さら驚きゃしねぇけどな。

夢にしちゃイイ出来だ。俺の想像力ってのは中々のものだろう。


ジュノと名乗った男は、もうスタスタと歩き始めた。かなり深手を負っていたようだが・・・

俺の疑問を察したのか、「私は水の属性ですから」と意味不明な説明を付け加えた。

ジュノは30mほど離れて横倒しになっている他の馬車に近づき、崩れるように膝を着いた。

後ろから近づくと「何たる事・・・」と呻いている。絞り出すような声だ。

背後からのぞくと、これ以上は無いという惨状だった。

3台の馬車の周囲に人間の死体が折り重なっている。

恐竜が3頭、横たわっていて、1頭は息があり脚が空を掻いている。

ジュノは素早く、そして無造作に止めを刺す。

死んでいるのは、ざっと見て30人くらいか。ジュノと同じ服装で、青い肩当をしている。

ほとんどの死体は頭がなかった。腹を食い破られた死体もある。

ジュノは立ち上がって振り返ると「我らが無能でした。親衛隊は全滅です」と言い捨てた。


ジュノは少し思案していたようだが、「私は帰らねばなりません」と言って、俺の顔を見つめた。

俺は困った。現実なのか夢なのかを考える時間もなかったし、その点では頭がまるきり働いていない。

今、俺にあるのは単に恐怖だった。

痛みや苦痛、恐れ、不安から逃れたいという気持ちだけだった。

また、それを冷静に見ているもう一人の俺がいる。


俺が無言で突っ立っているとジュノから声とイメージが伝わってくる。

「まずは安全なところまで急ぎましょう」「またベナプトルが現れるかもしれない。次に襲われたら防ぎようがありません」

ベナプトル?さっきの恐竜のことか?

「こんなところまで出て来る事は考えられない。あの数、それに戦闘的すぎます」「とにかく急ぎましょう」

そう言われると恐竜がどこからか飛び出してくるんじゃないかと思えてきた。


ジュノは恐竜が去った森の方向へ足を向けた。

「おいおい、そっちでいいのかよ!」

「敵はベナプトルだけではありませんから」

少し歩くと崖の陰に1台の馬車があった。馬も御者もいないが、馬車は壊れていないようだ。

「馬と御者は逃げたのか?」

それを不自然に感じながらジュノが馬車を確認する。


「こちらへ」

俺が近づくと手にした甲冑のようなものを俺の胸にかざす。

「私と同じくらいですね、これで良いでしょう」

甲冑は胸側と背中側に分かれていて、肩の部分をベルトで、脇は紐で固定するようだ。

甲冑といっても大袈裟なものではなく、へその辺りまでしかない。カレー皿を被せたような肩当てもついている。

ジュノは俺に甲冑を着けさせ、篭手こても着ける。

何となくそれらしい格好になったのだろう、ジュノは初めて笑顔を見せた。

思っていたより若いようだ。20歳そこそこに見える。

続いて剣と刀を馬車から降ろす。剣も刀も鞘ごと甲冑に装着できるそうだ。

剣は背に、刀は甲冑の下に伸びている皮の筒に通す。

ジュノは自分の装備をつけ始める。なるほど手際が良い。

見とれつつ背中に装着した剣の柄を握って腕を伸ばす。

少し上に動くがそれ以上は抜けない。

色々動かして、柄を手前に倒すようにしたらスルリと抜けた。

見た目より軽い。片手で自由に振り回せる。

ジュノが驚いた顔をしている。

「あり?これはどうやって鞘に戻すんだ?」

あたふたしていると、ジュノが俺の右肩から前に垂れた金具を引いた。

背中の鞘が上がり右肩に鞘の口が見える。

鞘の口には縦に切り込みがあり、そこに剣を添えて引くと切っ先が鞘に入る。

後はそのまま剣を押し込みつつ立てれば鞘に納まる。

「抜くときも金具を引くと抜きやすいですよ」

「まぁ、そんな抜き方をするのは訓練中の新兵くらいですから、あなたのような方がする事では・・・」

「おぉ!確かに抜きやすい!」

はしゃぐ俺を見て、あきれつつも微笑むジュノ。

何度か抜いて戻してを繰り返し、次は刀に手を掛ける。刀といってもサーベルのようなものだ。


剣道部に所属していた俺は監督に日本刀、といっても模擬刀だが、抜かせてもらった事がある。監督は居合いの段持ちで、道場の会員募集の一環らしい。

興味を持たせるのが目的なのだが、その前に抜き方の指導をしてしまう。

しかも厳しくやってしまうので会員は増えない。あの監督の悪い癖だ。


今、それを思い出しながら刀を抜く。

刃を上向きにして鞘を持った左手首を内側に捻る。親指で鍔の部分を少し押して柄を握った右手は肘を意識しながら右へ払うように抜く。

右へ払って上段から振り下ろす。刀を鞘に戻すと強い視線を感じた。

ジュノが険しい顔で俺の手許を見ている。

「どうした?」

ジュノは目を逸らした。

「いえ、何でもありません。急ぎましょう」


親衛隊の死体の山を過ぎて、ジュノがいた馬車に戻ると。ジュノは30センチくらいの細長い箱を馬車から取り出し、甲冑を緩めて胸側に入れる。

ちらと見るときらびやかな装飾が施されている。ジュノの動きはどことなく俺を避けているようで、その箱が何なのかは聞かなかった。


『そういえば』

2人が同時に声をあげた。ジュノが俺に譲る。

「さっきの甲冑とかが積んであった馬車だけ襲われなかったのはなんでだ?」

「馬車には武具しか積んでいませんでした。襲う対象がいません」

「馬も御者もいたんだろ?どこへ行った?」

ジュノは少し考えて「・・・判りません。逃げたとしか考えられません」とだけ言った。

そして、補うように説明を始めた。

「一行は馬車5台、私は先頭の馬車に、親衛隊員は3台、最後に武具の馬車と連なっていました。森を出て少し経つと、武具を積んだ馬車の車輪が壊れたので我々だけ先行したのです」「そこを襲われました。武器があればあれほどたやすく全滅する事はなかったでしょう」

「もうすぐ我が郷の領地になりますし、この地の豪族とは友好関係にありましたので安心していました・・・まさかベナトプルが」

ジュノはまだ何かを考えているようだった。

「そういえば、俺にに何か聞きたいじゃないのか?」

ハッとした様子でジュノは、俺の名前を聞いた。

「よろしければ教えてください」

名乗らない俺が無礼なのに慇懃な聞き方をする。


俺は慌てた。ジュノが名乗った時になんで名乗らなかったのだろう。

木久蔵の蔵と言いそうになって、こいつは木久蔵なんて知らねぇ!と気付いて止めたが、木久蔵だけ伝わった。

「キクゾーさんですか・・・良いお名前ですね」

「イヤ、それは違・・・」

俺が言い直そうとすると、ジュノが大声をあげた。

「まさか・・・そんな事が・・・。しかし・・・荷馬車から馬を外して逃げるなんて無理だ」

ジュノは握り締めた拳を口に当ててなおも考えを巡らしている。

「おい、どうしたんだよ、俺の名前・・・」

「キクゾーさん、申し訳ありませんが急ぎます!」

「だから、名前が・・・」


俺はジュノを追いかけるように走り出した。


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