7-5 施術
シューベックとリードが立ち合ったエナルダ融合施術は成功した。
施術室の張り詰めた空気が緩んでゆく。
その中でリードだけが緊張していた。
「さて行くか。何事も無くて良かったな」
シューベックに促されたリードは動かなかった。思考が止まらない。
さっきの受け答え・・・違和感がある。
「おいリード、どうした?」
思考が中断され、リードはシューベックの後に続く。
シューベックとリードはジョシュへ報告、書類を整えた後、遅い昼食を摂った。
リードは先ほどの違和感を思い返していた。
「リード、仕事は好き嫌いじゃなくてどれだけ貢献できるかなんだよ」
「貢献ですか・・・」
「そりゃ嫌な仕事だが、誰かがやらなきゃならない」
「誰かがですよね・・・」
「男は必要とされて充実するものだろ」
「充実か・・・」
「お前は俺の話を聞いているのか?さっきから俺の言った事を繰り返すばかりで上の空じゃないか」
リードに衝撃が走り、抱えていた違和感が弾けた。
そうだ、繰り返しだ。
あの検体は自ら言葉を話さなかった。問われた言葉を繰り返しただけだ。
リードが感じた違和感は明確な形となって現れた。
指摘を受けたシューベックは考えた。
オルグ化した者は人間の思考を留めず、凶暴性のみを示す。
オルグ化していれば、目を覚ました時点ですぐに暴れているだろうし、欺こうとする知性など持ち合わせていないはずだ。
しかし、懸念が現実となれば恐ろしい結果を生むだろう。
知性を持ったオルグ。絶対に逃がすわけにはいかない。
すぐにジョシュへ報告。
この時、すでに時刻は4時を回っていた。
施術したマスターと立ち会いの軍事府高官、更に数名の研究員が術後の経過観察を行っているはずだ。
ジョシュはシューベックとリードにエクサー1名と上級エナルダ3名をつけて急行させた。
施術室は石造りの部屋に金属製の扉をつけた部屋だ。
扉を開けた時、「ごとっ」何かが落ちるような音がした。
踏み込むと部屋は血の海と化していた。壁にも天井にも血が飛び散り、遺体の多くは原形すら留めてはいない。
上級エナルダ2名は入口を固め、1名は報告に走る。
シューベックとリードは、応援のエクサーと共に施術室を慎重に進んでいく。
施術室の奥は器具や資材の保管庫になっている。もちろん行き止まりだ。
保管庫の手前には数体の遺体があった。
その中には肩についた飾りから軍事府副大臣と判る遺体もあった。
ここまで逃げて襲われたのだろう。
保管庫の入口から中を覗き込む。奥にある棚に何者かが身を寄せている。
シューベックが保管庫の入口で援護する。
刀を携えたリードと応援のエクサーが保管庫の奥へ向かう。
用心深く近づいたリードが目にしたのは、既に絶命した研究員だった。
張り詰めた緊張が後方へ飛ぶ。
シューベックは背後で何かが動く気配を感じた。
振り向いた瞬間、背中に何かを突き立てられた。
副大臣の遺体が消えている事に気付く。
もう一撃を受けながら視界に捉えたのは、副大臣の内務服を着た検体だった。
手にしているのは装飾が施された護身用のレイピア。
オルグと化した検体が笑っている。しかし、笑った顔はますます人間離れしていく。
シューベックは口から溢れる血を感じながら頭の中で悪態をついた。
「頭のいい奴め・・・」
最高の戦闘力を発揮するエクスエナルダとは言え、身体深くまで突き通された傷は致命傷となった。
シューベックは刀を投げ捨て、オルグ化した検体に抱きついた。
刀が壁にぶつかる音が響く。
オルグは離れようと暴れるが、シューベックは離さなかった。
駆けつけたリードがオルグの首を刎ねる。
シューベックは既に絶命していた。
被害は甚大だった。
軍事府副大臣と職員2名、エクサー1名、マスターエナルダ3名、研究員2名、合計9名が犠牲となった。
特にエクサーとマスターエナルダは取り返しがきかない損失だった。
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国王から研究の規模縮小を命ぜられたジョシュは、エナルダ融合施術の件数を制限され、生体移植融合については研究及び新たな施術計画の中止を約束させられた。
ベイソル・ハイラの治世下の飛行型エナルダは、既に承認された1人が最後の施術となる。