7-3 転換
バルカは数に勝るアティーレ・パレントの連合軍を撃破し続けていた。
クエーシトからも非公式ながらエナルダで組織された特別遊撃隊を含む軍団が派遣され、一時はバルカ城下まで戦場となったが、バルカ第2軍団とジュノによる防御によって、徐々にクエーシト軍は消耗。特別遊撃隊も慣れない攻城戦に分散投入された為、各個撃破されてしまう。
第2軍団の軍団長は、青をパーソナルカラーとするバルサム・バルカ。
名前の通り、バルカ家の一族だ。
ただ、直接的な血のつながりは無く、武功によって一族に加えられた武人の子孫である。
祖先は“世界の混沌”から存在が確認できるほどの名家だが、このバルサムは長く評価を得る事はなかった。野戦が苦手なのである。
しかし、その堅実さと用意周到さによって拠点をもった防御戦では無類の強さを発揮する。
今回はジュノの第4軍団と協力してほぼ完璧な防御戦を展開、撤退するクエーシト軍をジュノの第4軍団が追撃し、大きな戦果を得た。
結局クエーシトはこの戦いで第3軍団旗下2個師団と第4軍団旗下3師団もの兵力とエナルダを大量に失う。
これにより、クエーシトを盟主とする同盟軍は、バルカ戦線だけでなく、ルーフェン戦線も維持できなくなっていくのだった。
◇*◇*◇*◇*◇
北の戦乱は参戦国に大きな犠牲を強いた。
直接戦場になった、バルカやルーフェン、グリファ、侵攻したアティーレ、パレント、ベルサ。
そしてクエーシトも頼みの特別遊撃隊の消耗に従い、虎の子の騎兵隊とオロフォス隊まで投入するが、戦局を盛り返すまでには至らなかった。
現在の前線は国境の森とバルカ城に近い森の間にある草原だ。
消耗戦の様相を見せる戦いは膠着状態に陥る。
◇*◇*◇*◇*◇
ここで中立を宣言していたギルモアが動く。
戦乱を引き起こした罪を問うとして、アティーレ・パレントに軍を進めたのだ。
瞬く間にアティーレは4つの城を落とされて壊滅寸前。
ギルモアはアティーレとパレントを下した後は、ギルモア国内への干渉と侵略に対する報復としてクエーシトまで軍を進めると宣言する。
バルカにはクエーシト侵攻作戦への協力として3個軍団6000の兵力供出を要求。
バルカ郷の防衛はギルモア軍が行うという。
バルカがギルモアの代わりに戦って、ギルモアがバルカに居座るというのか。
見下すにも程がある。確かにバルカはギルモアの軍神を自負してきたが、独立した郷であり属国ではない。
軍団が出て行った途端にバルカはギルモアのものになってしまうのではないか?
そもそもギルモアの参戦は自らの中立宣言を反故にする火事場泥棒的行為だ。
会議は紛糾した。
これを拒絶し、もしギルモアから攻められる事になれば、バルカは滅ぶしかない。
これまでバルカはギルモアに尽くしてきた。ギルモアもバルカに感謝こそすれ恨みは無いはずだ。それならギルモアを信じて賭けた方が良いだろう。
会議の空気は要求受諾に傾きつつあった。
ここでフィアレスが静かに口を開く。
ギルモアはバルカの企てを知ったのだろう?
ならば万が一にもバルカが存続を許される可能性はない。
あの国はプライドと欲望だけは強い国だ。
そして今、愚か者によって導かれている。
愚か者とは、決定してからも迷い、約してからも疑うという者達だ。
どうせ10年20年先など考えてはおらん。今、一時の損得で動いているに違いない。
しかもまだ手に入れていないクエーシトまで手に入れた気分でいるようだ。
それが手に入らない事は、失ったと同じ事のように感じるだろう。
アティーレ無く、パレント無く、クエーシトやグリファも消耗している。
バルカを見逃す理由は無い。
ギルモアにとって、バルカという防壁は不要となったのだ。
時間が欲しかった。
バルカもクエーシトも。
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フィアレスとバイカルノは連日議論を重ねた。
フィアレスは時としてバイカルノが思いも付かない手法を提示する。
バイカルノは溜息をついた。
以前は常にこのレベルで思考していたのか。
普通の人間じゃついて行けねぇな。
ギルモアへ書簡を送り時間を稼ぎつつ、グリファに密使を送り共闘体制を構築、更にギルモア要人の暗殺の準備を進める事とした。
直ちにバイカルノはサバール隊へ連絡を取る。
グリファへの密使は本人の強い希望がありジュノと決まる。
フィアレスが提示したギルモア首都への奇襲作戦は大臣達の強い反対にあって採用されなかったが、ヴェルハントがいたら何と言っただろう。
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幸いにもしばらく大きな会戦は行われそうに無い。
ギルモアも大義名分があるアティーレとパレントへの侵攻を優先させるだろう。
(バルカからギルモアへの書簡)
ギルモア本国によるアティーレ・パレント征伐の発令は、暗闇に光が差す気持ちでおります。
しかしバルカは、この戦乱に単独で立ち向かった結果、壊滅的な打撃を蒙っており、この度の軍団供出にはお応えする事ができません。
また、ギルモア国軍のバルカ駐屯は、周辺国を無用に刺激するでしょう。
バルカへの救援、戦乱を開いた者への懲罰という大義名分を失っては、単なる利己的な行為と見られかねません。
ギルモア国の精神にいささかの曇りも無く、国威にいささかの瑕もつかぬ事を願って止みません。
“ティエラ・ロウレン・バルカ”
世の関心はグリファ・アティーレ・パレントでもベルサ・ルーフェンでもなく、ギルモア対クエーシトに向けられていた。国家同士の激突。
近年衰えたとはいえ、古よりの歴史を持ち、大きな軍事力を誇るギルモア。
片や1人のエナルダが辺境の寒村から立ち上げたエナルダ国家クエーシト。