6-5 相場
「クソが、何がお互い様だっての」
クラトは馬車を呼んだが、奴隷を乗せるというと断られた。
散々探して荷馬車を借りたというか、買った。
引くのは馬ではなくロバ。この世界のロバは耳が垂れ下がっている。
荷車は古いがロバを買えばただでつけるという。
相場を知らないクラトは言い値の5万パスクで買った。
「ロバって結構高いな。5万だってさ。でも荷車もついてるからな」
2人はキョトンとしている。
荷馬車を探して走り回ったクラトは流れる汗を拭いながら言った。
「さて、行こうか」
「名前はなんていうんだ?俺はクラトだ。よろしくな」
2人は商人が去ってからもひと言もしゃべらなかったが、見た事もないものを見るような、驚きの表情をクラトに向けている。
ふいに父親が口を開く。
「私はラシェット、これは息子のアズレンです。では、誓いを」
「え、誓いって?」
「・・・誓いとは主人に仕えると約する事です」
「いいよ面倒だから。形ばかりの事に意味は無ぇし」「それより、足はどうしたんだ?かなり悪そうだが」
「は、これは3年前の戦いで受けた矢傷が原因で動かせなくなりました」
ラシェットは右足を軽くさする。少しの衝撃でもかなり痛むらしい。
「そうか、大変だったな。アズレンはいくつになるんだ?」
「17」
高い声が響く。
息子の口の利き方を気にしたのか、ラシェットの顔に影が差す。
「そうか、お前は親父の分まで頑張らなきゃだめだぜ。これからは出来る仕事をやってもらうからな」
2人はますます驚いた顔をしている。
150cmにも満たない身長と華奢な手足、浅黒い肌と銀色の髪。
俯くようにしているせいか、髪に隠れて視線が見えない。
栄養状態が良くないのだろうか。
17歳にはとても思えない体つきだ。
父親はがっしりとした身体と知性を感じさせる瞳をしていた。
なんでこの男が奴隷なんだ?
話し方も雰囲気もさっきの商人など比べようもないほど人間としてのランクが違う。
とりあえず城に戻ろう。
ラシェットに手を貸して荷車に乗せると、アズレンはひょいと荷台へ飛び乗った。
足をほとんど屈伸させていない。信じられない身の軽さだ。
俺の驚きの視線を感じたのかアズレンは振り向いたが、視線を外して俯いた。
ラシェットは御者の席に座ってロバを操る。
水汲み場に差し掛かったとき、クラトは昼食を摂っていない事を思い出した。
「腹が減っちまったよ。何か食う?」
「いえ、私たちは・・・」
言いながらもラシェットの腹が鳴る。
アズレンがクスリと笑う。たちまち3人の笑い声が満ちた。
「減ってるじゃんか。店に入るのは面倒だから、あそこでパンでも買ってくるよ。ちょっと待っててくれ」
「いや、しかし」
「うるさいね、いちいち。面倒だから遠慮するなって。それとも何か他に食いたいものでもある?」
「いえいえいえ、とんでもない」
「じゃ、買って来るよ」
店に並んでいるパンを適当に3つ、ベーコンっぽい肉の塊と果物。
1500パスク。
払おうとすると、袖を引かれる。
振り返るとアズレンが首を横に振った。
なんだろう・・・あ、高いのか。
主人に1200にまけてくれというと、それで構わないという。
意外と簡単にまけてくれるな。
買ったものを受け取り、ホクホク顔で振り向くと、アズレンが俯いて首を振っている。
馬車に戻る途中、ひと言「まだまだ高いと」漏らした。
「えぇ~そうかぁ、あれでいくら位が妥当なんだ?」
「300」
「え゛!?そんなに安いの?がっかりだよ。俺ってバカだなぁ」
戻ると、ラシェットは馬車から降りようとする。
「また乗るのが面倒だし、馬車の上で食おうぜ」
また驚いた顔をしている。
あ、そうか、ホーカーも同じような感じだったな。
「あのさ、面倒だから奴隷がどうしたっての止めてもらえないか?」
「しかし・・・」
「まぁ、そこんとこを頼むよ」
アズレンが口を開く。
「立場がおかしい。命令すればいい」
「そうか。でも、自分がやりたいようにやるなら頼むんだ」
「申し訳ありません。私どもにはご主人様の仰る意味が解りかねます」
「ご主人?クラトでいいよ」「あと、俺の我儘みたいなもんだから、意味は分らなくても気にすんな。もし解るならいずれ解るだろう。それより早く食おうぜ」
アズレンがまた口を開く。
「これを1200で買った」
「え、1200パスクで購入したのですか」
「あぁ、高いらしいね。失敗したよ」
「先ほどから拝見していて相場をご存じないようでしたので、アズレンを行かせたのですが・・・」
「最初は1500で買おうとして、アズレンが合図したんで1200にしたんだよね。しかし知らないって怖いな」
「ん?俺が相場を知らないと思ったって事は・・・もしかして・・・」
「はい、このロバは小さいですから2万でおつりがくるでしょう。荷車もだいぶ古くて、ほとんどタダ同然のものです」
「うはぁ、やっちまった。マジで。ティエラに怒られちまうよ」
「ティエラ様とは先ほどの女主人の?」
まぁ、本当は姫だけど、とりあえず軽く濁しておいた。
俺が異人である事や、大隊長をしている事を話した。
ラシェットとアズレンは西の果てという表現を使うほど遠い国から流れて来たらしい。
食事をしながら話してみると、やはりラシェットは優れていると感じた。
アズレンは俯いて黙々と食べていた。
「さて、行こうか。この道をまっすぐだ」
俺が荷台から降りるとラシェットは何かを言おうとしたが、一瞬置いて俯く。
「・・・はい。承知しました」
俺とアズレンは歩いて行く。
ラシェットとアズレンに何をやってもらおうかと考えながら俺は歩いた。
ほどなく、城が見えてきた。