6-4 奴隷
この世界には奴隷がいる。
奴隷は売買され、主人の所有物であり、主人はその生殺与奪権をも握っている。
奴隷は2種類に分けられる。
管理監視され搾取される者と、愛玩動物に似た存在と。
しかし、奴隷税の導入が状況を変えた。
奴隷税の導入と税率の引き上げ。
まず姿を消したのが、愛奴と呼ばれる奴隷だ。
愛奴は体力に劣り、労働者や兵士としては期待できない。
主な仕事は舞や唄、または性などの享楽的な奉仕である。
愛奴は生活力に乏しく、生きていく為には主人の保護が必要だ。よって脱走は少ない。
それならば奴隷から解放し、使用人にしてしまえば良い。
生殺与奪権を初めとする権限は低下するが、屋敷の中ならどちらによせ同じようなものだ。
搾取される奴隷とは厳しい監視の下、または家族などを囚われ、重労働や危険な任務に就く者達だ。かつてのホーカーがこれにあたる。
「お前がいた世界の事は知らないが、奴隷を持つという事は“奴隷には何も任せない”という事なのだ。生きるも死ぬも持ち主が決めねばならない」
ここでティエラが口を開く。
「あの者はもう奴隷を売るまい。完全に頭のネジが飛んでおる。損得抜きの感情に支配されて、買うと言っても依怙地になるだけだろう」
ラヴィスは、気持ちは分るというように下を向いて言った。
「諦めるんだ、それがこの世界だ」
「分かったよ」
クラトの納得した声を聞いて、これまで全く動じなかったティエラに動揺が走る。
「でもな、やっぱ無理だよ俺には。このまま見てるってのはよ」
ティエラの微かな笑みはスカーフに隠され見えなかった。
クラトが商人の前に出ると、商人は鋭い目を向け、すぐに警戒するような目つきになった。
ティエラの言うとおり、もう商人は奴隷を売るつもりが無いのだ。
商人は2人を始末して酒場で一杯やりたかった。
「お兄さん、悪いな。もう奴隷は売らないよ」
「奴隷はいらねぇよ。お前、こいつらを殺そうってんだろ?」
「俺が買いたいのは、その権利だ。こいつらを殺す権利」
「なんだって?」
クラトは剣を抜くと地面に突き立てた。
商人は15リグノ剣を見てクラトがエナルダだと思ったようだ。
クラトは続いて刀を抜いて言う。
「この剣と刀、どれくらい斬れると思う?」
商人は少し呆けた顔をした。
「人間を頭から斬り下げた事がねぇんだよ。真っ二つに斬れるかな?」
商人は ぬらり とした笑いを見せた。
「俺のナイフでやるより、少しは楽しいかもな」
「よし、売ってやってもいいが、1人1万だ」
「おいおい、こっちは500や1000だったらやってみるかって話なのに、1人1万だと?試し斬りの為に2万も出せるか」
クラトが引き返す素振りを見せた時、声を上げたのはティエラだった。
「お前!無能な者は去ってもらうぞ!」
凛として美しい声に周囲の目も集まる。
「用心棒のくせにつまらぬ事に興味を持ちおって、それに斬るなら出し物として斬れば客も少しは喜ぶだろう。2万パスクで客が喜べば安いものだ。それに気付かぬのか。だからお前はいつまでも剣や刀の上を歩いて生きねばならんのだ」
「主人、その者を主として奴隷を引き渡せ」
そう言うとティエラはクラトに金の入った袋を投げつけ、ぷいっとその場を離れた。
クラトは内心では感謝しながら悪態をつく。
「くそ、あの女主人め、いつかヒィヒィ言わせてやる」
商人は若い女主人に罵倒されたクラトを見て機嫌が直ったようだ。
「15リグノ剣の斬撃を見れないのは残念だが、仕方ねぇな。しかしキツイ女主人だな。まだ若そうだが」
「あぁ、俺も奴隷みたいなもんだ」
「ま、死ぬ時は自分で決めるけどな」
奴隷の2人は初めて反応した。クラトを見つめている。
商人は金を受け取ると、もう興味を無くしたようで、空返事をした。
クラトに1000パスクを握らせて、片目をつぶる。
クラトは胸がムカムカしながらも無理に笑って答えた。
「悪ぃな。これで一杯やれるぜ」
「ま、お互い様ってな」
商人はもう一度片目をつぶると、大物の雰囲気で帰っていった。