2-1 現実
地下から這い出した丘を下る小道は林の中に続く。
少し降りて見渡すと、右側は木々の向こうが崖になって落ち込んで谷になっているようで、向こう側にも崖の斜面が見えた。
崖と崖の間は100m程の幅があり草が生えた砂地になっているようだ。
舗装はされていないが、車が行き来したような跡が見える。
木々で見え隠れする道を確認しながら崖沿いに進むと、崖はなだらかな斜面に変わり斜面には草が生えている。
道の先は崖とは反対方向へ曲がっていたので、少し急勾配だが斜面を降りて、下の道に出ようと考えた。
俺は木々につかまりながら斜面を降り始めた。
少し降りたところで何やら音が聞こえる。
金属や木材などがぶつかるような音だ。
何かしら作業場でもあるのだろう。
良かった。電話を借りられるだろうか。
とにかく電話をしたい。
逸る気持ちに足が滑って、俺の体は草の斜面を滑り落ちていく。
やばい、結構急な斜面だ。
何度か木に手に掛けるが掴みきれず滑り降りていくと、木々が途切れ視界が開けた。
俺はあわてて前方に目を向ける。
草が生えた斜面は徐々になだらかになっていて障害物は無い。大丈夫そうだ。
崖の上から確認した道が左右に続いているのが見える。
右は崖に沿って蛇行しながら奥は森になっている。
道を左に視線を辿ると・・・
俺は慌てて手足を広げて降りるスピードを落そうとした。
滑っていく先に見えたのは西部劇で見たような幌馬車と見慣れた生物。
そこにいた生物、それは映画や図鑑で見慣れた恐竜だった。
今、俺は嫌も応も無く恐竜に向かって滑り落ちていく。
こんなこと現実じゃない。
そう思いつつも、滑り落ちながらパニックになって手足をばたつかせる。
斜面の下に着地、勢いで前に投げ出される。頭から砂を被り、両手で拭う。
俺が前を見るのと2匹の恐竜が振り返るのと同時だった。距離は20mくらいしかないだろう。
恐竜の体高は3mはあるだろうか、開いた口は真っ赤だった。
頭では解っているのに足が立たない。
座ったまま後ずさりする。
2頭の恐竜は完全にこちらを向いて、低い唸り声をあげた。
「グルル・・・」
続いて吠える。
「ガガ、ガガァァ」
恐竜から戸惑いのイメージを感じた。
「ガガァ、ガガッ、グガガ、グガガ」
その声からは明確に殺意のイメージが俺の頭に流れ込んだ。
その時、俺の口から出たのはひどく間抜けな声だった。
「うあぁぁー!」
2匹はこちらに向かって来る。
「うわっうわっ、うわぁーっ!」
裏返った声は意識とは別に絞り出される。
なおも後ずさりするが、ちょうどそこにあった岩にぶつかり下がれない。
その岩にも気づかない俺の手に何かが触れた。
1本の丸太だった。俺の太もも位の太さで4m程ある。持つと意外と軽い。
その軽さから役には立たないと思いながらも、俺は慌ててそれを小脇に抱えて立ち上がろうとした。
そこへ1頭がそのまま突進して来る。
立ち上がりながらも思わず目をつぶった。丸太を通して重い衝撃が伝わって腰が落ちる。
丸太の端が俺の背後の岩に当たる。その後はスローモーションだった。
丸太の先端が恐竜の腹に突き刺さり、突進の勢いで、恐竜を串刺しにしたまま垂直に立った。
丸太を抱えたまま何もできない俺に大量の血が降り注ぐ。
粘つく液体で俺の体は赤く染まった。
何が起きたのか、全く理解できないが、スローモーションが解けるように丸太は横倒しになり、凄まじい振動を腕に感じた。
慌てて丸太を引き抜く。
串刺しになった恐竜はピクリともせず、もう一匹は、一瞬ポカンとした顔をしていたが、すぐに恐ろしい目に変わった。
丸太を構えたまま体が固まって何もできなかった。
馬車の辺りから何か聞こえた。
“誰かいる!”
何を言っているのか聞き取れなかったが、目を向ける間もなく、頭に鮮明なイメージが流れ込む。
「左から来るぞ!」
左を見ると2頭、その後ろから更に3頭がこちらに向かってくる。
冗談じゃない!
馬車に目をやると何かが動いている。
俺は丸太を振り回した。突っ込んできた1頭の頭に当たると、そいつは思いがけず倒れた。
他の恐竜は足を止め、倒れたやつも首を振りながら立ち上がり、ややふらついている。
結局6頭もの恐竜を目の前にしている。
恐竜たちは視線だけは俺に向けながら、様子を見るように左右にうろついた。
飛びかかる隙を伺っているようでもあったが、勝手が違うという様子で低く唸っている。
俺は睨むような視線を恐竜に送りながら、じりじりと下がっていった。
そこへ、またもや馬車からの声と共にイメージ。
「左端、こちらから当てる。それを狙え」
馬車から何か飛んだ。馬車から最も近い1頭の頭部にナイフのようなものが突き立った。
しかしダメージを与える程ではなく、大きく唸って馬車に頭を向けた。
「おらッ」
俺は思い切り左端の1頭に向けて丸太を振った。
恐竜の首は異様な方向へ曲がり、音を立てて倒れた。立ち上がる気配は無い。
すぐに丸太を右へ振る。もう一頭の顔をかすめ、悲鳴のような声が上がる。
俺は丸太を抱えなおし、腰を低く落して構えた。
横たわって動かない2頭、今の一撃で顔に傷を負った1頭、少しふらついた一頭、ノーダメージの3頭、俺は荒い息をつきながら、恐竜とにらみ合った。
どれくらいの時間だっただろう、混乱と緊張の中、突然、恐竜たちは去っていった。
恐竜たちが視界から姿を消すまで動けなかった。恐竜達は谷の奥に広がる森へ入ったようだ。
一気に力が抜けて丸太を落すと意外に重い音を立てた。
俺はむせ返るようなヘモグロビンの臭いを感じながら膝をついて、思わず吐いていた。
出てくるのは僅かな液体、粘って糸を引く液体だけだ。
嘔吐感が落ち着くと、おれは強ばって固まった腕をほぐすように曲げ伸ばししてみた。
側に落ちている丸太はとても俺が持ち上げられるようには見えない。
「ありえねぇ」
そう考える事すら忘れていた。
現実感が全くない。
ありきたりの言葉だが、夢のような感覚。
現実ではないのに否定できない。
「何なんだ、一体これは何なんだ」
フラフラと馬車にむかう。そこに誰かいるはずだ。
横倒しになった馬車に近づくと、馬が2頭死んでいた。2頭とも首が無い。
馬の下から人間の足も突き出しているが、どう見ても生きてはいないだろう。
さっきの異様な戦いで感情を失ってしまったのだろうか。何も感じなかった。
幌が掛かった荷台に気配を感じて目を向けると1人這い出してくる。
負傷しているようだ。かなり消耗しているのか肩で息をしている。
人に会えたというのに俺の感情が動かない。
茶色の髪をうなじで束ね、青い布を額に巻いている。
顔を見ると俗に云うイイ男だ。
体にぴったりとした黒いシャツ、左胸には三角形の青い胸当て。
ポケットの小さいカーゴパンツのようなものを履いている。
俺が近づくとその男が見上げた。
血を浴びて嘔吐した俺はどんな顔をしていただろう。