5-11 撃砕
スラッツが討たれ、アティーレ軍に衝撃が走る。
北方面の戦いはバルカ兵が盛り返す。
そしてもう一体のリアエナルダ、リリュー。
スラッツが!スラッツが!!
私の唯一の家族が!
許さない!!
このぉーー!!
クラトと一騎打ちの様相だったリリューは、クラトから距離を取ってバルカ兵の集団に突っ込み、一振りで数人ずつ屠っていく。
ルシルヴァが斬り込むが、渾身の斬撃も簡単に弾かれる。
クラトもルシルヴァも単独ではこのエナルダに勝てないと判断した。
このまま持ち堪えれば、赤騎隊とラヴィス、ヴィクトールが駆けつけるだろう。
そうなれば押しつぶす事も可能だ。
しかし取り囲む兵の消耗が激しい。
「ルシルヴァ!同時に掛かるぜ!」
「了解!」
くっ、この2人はかなりできる。
1人でも厄介なのに!
撤退も考えた。しかし人数では2:1でも得物では2:2。
十分にやれるとリリューは判断した。
剣と剣がぶつかる音が響く。
クラトは刀を抜き、右手に剣、左手に刀を構える。
ルシルヴァも剣を捨て、両手に刀を持った。
打ち込まれる数は2倍になった。
リリューは辛うじて受けきっている。
更に速度を増す金属音。
同時に4本の刀剣がリリューに迫る。
リリューは身体を前にかがめて腰を落とし、剣を頭の上でクロスさせる。
(ガンッ、キンッ、カカンッ)
クラトとルシルヴァの打撃がリリューの剣と鎧に阻まれる。
リリューの頭上を防御している剣がスッと伸び、更に打ち込もうとするルシルヴァの脇腹にめり込んだ。
「ぐぅッ!」
「ルシルヴァ!下がれ!」
リリューは防御の体制のまま一息ついた。
舞っていた砂塵が風に流される
敵はあと1人。いける。
しかし、撤退すべきだった。
ここはベルファ戦線とは違う。
バルカ兵は強い。なぎ倒された兵たちも屈強な戦士だった。
それはリリューの体力を少しずつ消耗させていったのだ。
加えてクラトやルシルヴァとの戦闘はこれまでにない負担をリリューに強いる。
クラトが刀を投げ捨て、剣を両手で持つ。
打撃力に賭けた斬撃はリリューの腕を麻痺させていった。
激しい音と共に鎧の肩にヒビが入る。
防御で持ち上げた腕も弾かれ、兜に当たる。
視界が霞む。急激に体力の消耗を感じる。
ついに横殴りの剣をまともに受けた。
鎧に包まれた体は10リティ(約8m)も飛ばされ、兜は外れ、鎧も左肩から腹部にかけて砕け散った。
太陽が眩しかった。
戦場の風が頬を撫でる。
痛くも苦しくも無い。
ただ、何かが終わるのだと感じた。
クラトは敵を見て愕然とした。
これがノッカーと恐れられ、数百ものバルカ兵を屠った相手なのか。
全身を甲冑で包み、戦場を切り裂いたエナルダは少女だった。
まだあどけなさを残した顔は空を見ていた。
口の端からは一筋の血。
鎧が吹き飛んだ身体は細く白かった。
露わになった胸が上下に鼓動している。
「まだ子供じゃないか」
呻くような声。
私はもう15。子供じゃないわ。
でも、声にならない。
ふと視界に人の顔を捉えた。
敵!
起き上がろうとした。剣を握ろうとした。
「クラト!早く止めを刺せ!」
「くっ、くふぅ、くそぉッ」
クラトは動けなかった。
「この馬鹿が!」
バイカルノは起き上がろうとするリリューの肩を踏みつける。
リリューの顔が歪む。
「クラト、いい加減にしやがれ!」
バイカルノは胸の僅かな膨らみの下に剣先を当てると力を入れた。
リリューの身体は震えも痙攣もなく、微かに起こしていた首だけが地に落ちる。
「殺さないでどうしようと思ったんだ?こいつが生き延びたらまた何百ものバルカ兵が死ぬ。お前には厳罰を受けてもらうからな」
「どのみち助かるような傷じゃねぇ事は分ってるだろうが」
クラトは俯いて肩を震わせるだけだった。
「おいクラト、尻拭いはこれっきりにしてもらうぞ」
バイカルノは戦況の確認に向かう。
すれ違いざまにバイカルノは告げた。
「お前がグズなせいで、あの女エナルダは長く苦しんだぜ」
クラトは振り返ったが、バイカルノは振り向きもしなかった。