5-10 跳躍
戦いにおいてエナルダの存在は大きい。
通常の兵士など全く寄せ付けないからだ。
しかし使い方は意外と難しい。
敵軍にもエナルダが存在するからだ。
敵エナルダにによる自軍の被害を覚悟して、敵の通常兵士を叩かせるか。
敵エナルダにぶつけるか。
エナルダにもレベルがある。
より強力な敵エナルダに自軍エナルダをぶつけて失った場合、貴重な戦力を失う。
よって、戦いの緒戦ではエナルダは温存される傾向にあった。
しかし、今回の敵エナルダは“バルカのエナルダより強力”である事を前提に緒戦から戦場に出ている。
事実その通りなのだ。
このままではバルカのエナルダは狩り尽されてしまう。
「仕方ない、出張ってもらうか」
伝令が飛ぶ、ティエラの許に。
既に出陣準備は出来ていたのか、ほどなくティエラ姫と赤騎隊が到着する。
「姫、ご出陣痛み入ります。目標は敵のエナルダ2体、ハイレベルです」
「分っておる。では行くとするか」
「姫、特別大隊も突入させて下さい」
「それほどの敵か?」
「は、相手は2体です」
ティエラは表情も変えず、ただ「分かった」とだけ言い残して戦場へ向かった。
ノッカーは今日も姿を現した。
やや青みがかった鎧のノッカーがバルカ兵を蹴散らしている。
ティエラは敵エナルダの能力に目を見張った。
あの重装甲冑を装着しているのに素早い。
しかも両手の大剣を振り回す攻撃力は半端ではない。
とんでもない敵だ。
ティエラはそれでも突っ込んだ。
しかし、まともにぶつかるつもりはない。
騎馬で通過しつつ打撃を狙う。
スラッツの目は鮮明な赤を捉えた。
赤備えの騎馬!これが“バルカの赤い旋風”か!
よしっ、俺はついてるぜ!
これを仕留めりゃ大手柄だ。リリューを上回る戦果になる。
バイザー越しに見たバルカの姫。
鎧も兜も篭手や脛当てまで真っ赤に染め上げた騎馬。
その中で面は化粧をしたように白い。
そして白い中に真っ赤な唇が映える。
スラッツの感覚は視覚に集中された。
ある意味、他の感覚は奪われてしまったのだ。
スローモーションのように見えた。
目が離せなかった。
赤い騎馬以外の風景は色褪せ、現実感を失う。
ゆっくりと近づいてくる。赤い騎馬が。赤い唇が。
動けなかった。いや、それにすら気付いていない。
言葉を変えれば心を奪われたのだ。
その唇が微笑むのが見えた。
その瞬間にスローモーションが解け、風景が時間と色を取り戻す。
馬蹄の音が鳴り響き、赤い騎馬が迫った。
一瞬動くのが遅れる。
(ガガッッ)
首と肩に斬撃を受けた。
もとより強い打ち込みではない。鎧と兜の隙間、装甲の可動部を狙ったものだ。
しかし2撃も。
「俺とした事が!」
スラッツの両手はティエラの足と馬の前脚を薙ごうと動く。
しかし、それもティエラの防御と馬のスピードにかわされた。
この時、ティエラの馬が優れていなかったら、ティエラの得物が双刀でなかったら、負傷か落馬をしていただろう。
直後、ティエラは遠く走り去っている。
「ちっ、イラつかせる女だ!」
スラッツが舌を打って見送るや、馬は手綱を引かれた。
後脚で立ち上がり、前脚で空気を掻くようにして方向転換した。
「来るのか!?よし、イイ子だ、早く来い!分解してやる!!」
スラッツはリリューと双子の兄だ。
リリューの成功を見て志願した。
エナルダとしての能力はリリューが少し優っているとの評価だった。
それがどうしても気に入らない。
事あるごとにリリューをライバル視していた。
ティエラが迫る。赤い騎馬が。
「信じられないな。同じように突っ込んでくるとは」
そこへ徒歩の赤騎隊2人が左右から迫った。
いくらスラッツが二刀遣いとは言え、左右同時では防御までだ。
スピードで勝つしかない。
一歩下がれば斬れる!
そう思った瞬間、後頭部に大きな衝撃を受けた。
スラッツの眩む脳裏に疑問が走る。
後方に敵はいなかったはず・・・
赤い騎馬が迫る。
馬上からティエラが跳んだ。
朦朧とする視界を赤い甲冑が舞う。
見上げたその瞬間、身体に電流が走る。
正面!!
視線を前に下げた瞬間、意識は寸断された。
イオリアの槍がスラッツの兜をバイザーごと突き抜く。
それでもスラッツの剣は左右の赤騎隊員を薙ぎ払っていた。
スラッツの身体は膝を着き、両手が落ちる。
イオリアが槍を引き抜くと、どうっと前に倒れた。
ホーカーが大声を上げる。
「ノッカーを討ち取ったぞ!!」
この声は両軍の上に響き、アティーレ軍にうねるような衝撃が走る。
一気に形勢はバルカに傾いた。