5-9 存在
リリュー・コーツェンの融合施術は成功が確認された。
次にリリューが目を覚ました時に感じたのは喪失感だった。
なぜだろう。
うっすらとした記憶に歓声が残っている。
期待していたように大きな力を得た。
力の加減もマスエナルの使用も自由に出来る。
なのに心にぽっかりと穴が開いたような感覚が全身を包む。
そして、エナルダとなり優秀な武人となって、何をしようとしていたのかも思い出せなくなっていた。
1ヶ月に及ぶ訓練の後に決まった配属先は特別遊撃隊。
エナルダの中でも特に優秀な者が集うクエーシト最強の戦闘部隊。
嬉しかった。
しかし実情は隊員をアティーレとベルサに派遣し、数・質ともに大幅に低下している。
それでも嬉しさは変わらない。あこがれていた特別遊撃隊なのだから。
エナルダの配属は2種類に分かれる。
指揮官として部隊を率いるのか、兵士として直接戦闘力を発揮するのか。
リリューの場合は後者だった。早速ベルサへ派遣される。
部下を持たず、部隊を持たず、単独で敵陣へ斬り込み、高い戦闘力の敵を排除する事。
それが彼女の任務だった。
そして厳しく戒められていた。
「相手が強いと思ったら迷わず退け」
不満げなリリューに、特別遊撃隊隊長は「クエーシトの重要な存在を失う訳にはいかないのだ」と言った。
リリューは嬉しかった。
人は必要とされるから存在する。
人は本人の望みに係わらず存在する。
人は存在している以上、何かに必要とされている。
人はその何かを知りたいと望むから苦悩する。
リリューは戦いが全てだった。
いつもどこかの大隊に同行し、戦場では敵を斬りまくる。
それだけの毎日だった。
敵を斬れば皆が認めてくれた。必要としてくれた。
驚きの顔、感謝の顔、賞賛の顔・・・そして怯えと嫌悪の顔。
“オルグ”と陰口を云う者も居たが気にしなかった。
全身に重装甲の鎧を装着し、兜は前面に格子状のバイザーが付いたフルガード。
関節などの可動部分も鎖帷子でカバーし、もう鎧が動いているようにしか見えない。
鎧にはハイクラスのマスエナルも装着している。
得物は背に大剣を2本、腰にはシングルハンドの戦斧。
彼女が戦場に駆けつけると味方の兵は歓声を上げ、敵は絶望するのだ。
◇*◇*◇*◇*◇
さーて、今日も頑張っていこーか。
昨日は敵の2個大隊をほとんど殲滅したからね。403点だっけ?
味方がマイナス67点だから、えーと、336点のプラスだよ。
今日はもっと点数を伸ばそーよ。ねぇ?
「昨日の損害は69人だ」
「それと、お前の戦闘力は認めるが、あまりふざけた事を言うな。俺たちがやっているのはゲームじゃない」
へぇ?じゃ、何をしてるのさ?
それは戦死の数え方とかが重要なワケ?
リリューは兜を装着するや、重装鎧特有の金属音と共に戦場へ出向いていった。
「まったく!自分達は弱いくせに文句ばっかり言って、もう!」
既に戦闘は始まっている。
今日の敵はかなり重厚で、ベルファ軍でも第1軍団の上位師団のようだ。
構わず突っ込む。
リリューは敵をなぎ倒しつつ敵陣深く斬り込んでいった。
◇*◇*◇*◇*◇
ルーフェン郷とベルファ国の連合軍はクエーシトから集中投入された特別遊撃隊によって、後退を余儀なくされていた。
先のルーフェン殲滅戦ではベルサ郷と結んだグリファ国ではあるが、今となってみれば、あの戦自体が北の戦乱の布石ではなかったのだろうか。
ルーフェン郷の拠点はそのほとんどが陥落し、今や最前線はグリファ国の領内にある。
ベルファ戦線が目標の地点に達した為、リリューはクエーシト本国に召還される。
休養の後、今度は対バルカ戦線に投入されるとの指令を受けた。
兄のスラッツも一緒に投入されるという。
久し振りに会う兄に「休養は退屈で逆に疲れちゃった」と笑ったが、途端に融合後の喪失感が強烈にフィードバックされた。
これまで何度も押し殺してきた疑問。
幸せなのだろうか。私は。
戦い以外には何も無い。
戦闘以外の日常は、ぼんやりと不確かな時間の経過でしかない。
しかし、融合以前にも幸せを感じた事はなかった。
だからこの疑問にも耐えられる。
そんなリリューを兄は無関心な目で見つめていた。
その翌日から2人は揃ってバルカ戦線に投入されたのだった。
そして後にも先にも、この兄妹ほど優れたリアエナルダは誕生しなかった。
◇*◇*◇*◇*◇
2体の人造エナルダは戦場を駆け巡り、剣を振るう。
その都度、確実に何人ものバルカ兵がその命を散らす。
このままでは全軍に影響する。
バイカルノはこの日、自ら戦場に出た。
何とかノッカーを潰さなければならない。
◇*◇*◇*◇*◇
「ノッカーだ!」
その声は恐怖に染まっていた。
それはここから見ても分かる。バルカ兵が蹴散らされて宙に舞う。
3人のエナルダが同時に斬りかかるが、2撃は剣に、1撃は鎧に弾かれた。
ハイレベルのエナルダにハイクラスのマスエナル。
この組み合わせはエクサー(エクスエナルダ)にも匹敵する力を発揮する。
瞬時に2人のエナルダが斬られ、1人は撤退する。
「くそっ、痛いところばかり叩きやがるぜ、あのノッカーは!」