5-8 投入
バルカ郷がアティーレ・パレントの連合軍の侵攻を受けて始まった戦いは徐々にその全貌を明らかにしていく。
ギルモア国のアティーレ郷とパレント郷、グリファ国のベルサ郷がクエーシト側について侵攻を開始したのだ。
“北の戦乱”は3国、5郷を巻き込む大戦乱に発展した。
◇*◇*◇*◇*◇
「おらぁ!!」
鋭い金属音と共にクラトの15リグノ剣が弾かれる。
「くそぉッ!」
ここ数日、バルカ軍は敵が新しく投入した2体のエナルダに苦戦を強いられていた。
戦闘が始まると、重要な戦場に高い戦闘力を持ったエナルダが出現する。
全身を重装甲冑で覆い、顔さえ確認できない敵のエナルダ。
両手の大剣を振るい、移動速度はとてつもなく早い。
背負った2つの鞘がぶつかり合う音がするので、バルカ軍では“ノッカー”と呼んで恐れた。
「うおぉッ!!」クラトが吼える。
15リグノ剣って事はエナルダか。
凄い剣圧ね、でも大した事ないわ。
リリューはクラトの剣圧に驚きながらも、改めて自分の力の大きさを実感した。
リリューはハイエナルと人間を融合させた新しいタイプのエナルダ。
後にリアエナルダと呼ばれる、クエーシトの実験で生み出された人造エナルダだ。
◇*◇*◇*◇*◇
クエーシトはエナルスの生成に続いてハイエナル集成に成功した。
ジョシュ・ティラントのエナル研究は即ちエナルダの研究であった。
戦いに特化した研究は悲惨な結果を数多く生んだ。
人間は理由さえあれば倫理も常識も簡単に踏み越えてしまうのだ。
ジョシュ達は実験を経て実用段階に達した後も融合施術を受ける人間を“検体”と呼び続けた。
ハイエナルと人間の融合は、ハイエナルの集成と人間への融合を連続して行う必要があり、実験に参加したマスターエナルダの負担は非常に大きいものだった。
よって、まずは物質化し安定しているマスエナルの人間への装着が検討された。
まずは犬を実験体として行われ、数体の成功をみた。
マスエナルの係数に比例した能力のアップが見られたのだ。
すぐに3人の検体が準備され装着が完了、動物実験と同じようにマスエナルに応じた力を発揮した。
ついに人造エナルダが誕生する。
彼等は“マスエナルダ”と呼ばれた。
ジョシュ・ティラントは涙を流すほどの喜悦の中、慎重さにおいてはいささかも緩む事はなかった。
この結果は参加メンバー以外は秘匿とし、最終的な成功を急ぐ。
問題はすぐに発生した。
それは日常生活監視期間を過ぎ、軍事訓練に入った時の事だった。
鎧に身を包み、大剣を振るうマスエナルダ達。
地面に突き立てられた丸太を両断していく。
その時、一人のマスエナルダが丸太に衝突した。
まだ大きな力に慣れていないのだろう。
笑いながら近づいた教官はマスエナルダが倒れたまま死亡しているのを確認した。
直ちに遺体は研究室に運び込まれた。
マスエナルダはマスエナルを頭部へ外科的手術で装着している為、衝撃によって脳が損傷してしまう事が分った。
残る2人は事実を知るや、悲観絶望して研究チームに恨みを含むに至り、不穏な空気さえ感じさせた。
彼等は直ちに“駆除”され、実験は中止された。
マスエナルとの融合実験が頓挫した直後、ジョシュは落胆する間もなくハイエナルと人間の融合実験にとりかかる。
それはマスターエナルダに大きな負担をもたらす実験だった。
能力を最大限に発揮させるため薬物が投与され、大変な苦痛を伴う。
それでも協力する者は絶えなかった。
マスターエナルダとはいえ、全てが武人として力を発揮できる訳ではない。
そいういった者達にとって人造エナルダの実験は自分の力を活かせる場所であり、ジョシュは己のエナル係数を評価してくれる存在だった。
彼等はむしろ積極的に実験に協力したのだ。
融合施術にはマスターエナルダが3名必要だ。
まず1人が融合を行う検体を自らの力で包むように意識し、検体のエナル活性を高める。
残る2人はエナルの誘引とエナルス生成、ハイエナル集成を行う。
集成したハイエナルを1人が維持し、残る1人がハイエナルを検体の体内へ誘導する。
融合を行ったマスターエナルダの言葉を借りれば、“羽毛枕のような手応えを保ったままハイエナルを検体に押し込む”のだという。
この作業は半日もの時間を要し、マスターエナルダの体力・精神力を極限まで消耗させてしまうのだった。
また、検体が精神に異常をきたす場合も多く、“オルグ化”した場合に備え、“駆除用”エクスエナルダ(エクサーと呼ばれる最強クラスの戦闘用エナルダ)の立合いも必要だった。
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リリューが施術室に入った時、最初に目に入ったのはクエーシトでも1・2を争うエクサーの完全武装した姿だった。
私の目標がそこにいる。
私はなるんだ、エナルダに。
優秀な武人に、そして・・・
リリューの思考はそこで止まった。
薬が効いてきたからだ。
リリューは衣服を脱がされ、細い手足に鎖が掛けられる。
手を天井から下がった鎖につながれ、吊るされた。
リリューは融合施術が済んだ直後に目を覚ました。
とても眠かった。
手足の自由が利かなかったが、鎖で固定されている事にすら気付かなかった。
傍らにはエクサーが剣を抜いて立っている。
「大丈夫か?」
訊ねられて苦労しながら頷く。
「はい、でもとても眠いの」
何人かが覗き込むように見つめている。
「オルグ化は無い。成功だ」
「お前は大きな力を手に入れたぞ」
歓声が上がる。
その歓声が次第に遠のき、また眠りに落ちていった。