5-7 作戦
クラトの陣に赤騎隊と護紅隊が到着した。
合流によって完全に一体化する訳ではないが、形式上の指揮権はティエラにあり、次席はイオリア、三席がラヴィス、そして次にクラトがくる。
簡易の幕舎で待っていたクラトが出迎える。
「ティエラをこんな前線に送るとは、バイカルノのヤツめ」
「クラト、私はやりたい事をやっているのだ。また共に戦おう。今日の敵はたかだか3000、少々物足りないが、文句は言うまい」
「おぅ、豪気な事だな。いま作戦考えてんだ。どう戦ったらいいと思う?」
「クラトはどうしたいのだ?」
「最近、ちょっと試してる事があるんだ。何て言ったらいいかな。んー、小規模な包囲戦って感じかな」
「なんだそれは」
「包囲戦ってのは有効な戦法だけど、意外と大掛かりなんだな。それに俺のところは何千もいる訳じゃないからな」
「突撃大隊は敵を混乱させて終わりだろ?後詰というか本隊がないと完全な勝利にはらなないってのが、この前の追撃戦でよく分ったよ」
「で、どうしようというのだ?」
「俺たちの戦力で包囲できる規模に敵を分断する」
思わずラヴィスが口を挟む。
「分断して包囲もするのか?だいぶ難しそうだが」
「だから分断する戦力として俺とルシルヴァに直属の中隊を作った。俺の想定は相手が師団くらいまでだから、今回の敵はちと多いね。だから・・・」
「私が分断してやろう。私とイオリアで赤騎隊を約70騎ずつ2隊、数の上でも歩兵個2中隊よりはよかろう」
「ティエラ姫、それでも敵は3000、突撃大隊300で包囲できるのは600が限度です。赤騎隊で分断するとしても、もう一策必要かと思われますが」
イオリアの意見に、クラトはにやりと笑う。
「ラナシド!ちょっと来てくれ!」
「は、はいっ!」
ラナシドはぎこちない動きで幕舎に入ると、すぐに片膝を着きティエラに拝した。
顔も上げられないラナシドは緊張の塊のようになっている。
「ティエラ、こいつは第4中隊の隊長でラナシドだ。この辺りの地理に詳しい。昨日、進言を受けたんだが、敵を2分する方法があるらしい」「ラナシド、説明してくれ」
「は、はいぃッ、じ、実は、この先にぃ、・・・いや、10ファロ(約4km)先に、が、が、崖が、たか、高さは15リティ・・・はぁ、ふぅ」
「ラナシド、緊張しすぎだ」
「ラナシドとやらには済まぬが、クラトが説明してくれぬか」
「あぁ、す、済みません」
「敵の現在地から侵攻ルートはほぼ限定される。作戦の場所は他のルートよりも移動しやすい上、北にも南にも進める。敵が合流を考えるならこのルートしか考えづらい。まずはそれが前提だ」
「その侵入ルートの途中に崖があるんだが、崖の下と上に道が分かれていて、15リティ(約12m)の崖が30ファロ(約12km)続いている」
「少数の囮を使って敵の半数を崖に誘導して分断するって作戦だ。崖の上と下なら簡単には合流できないだろうからな」
「分断できなかったら3000を相手にするという事か」
ラヴィスは作戦の確実性に疑問を持っているようだ。
元より確実な策など無い。
成功の確率をより高める為の工夫や努力こそ重要だ。
結果ばかりを論じては何も出来はしない。
会議の結果、作戦は次のように決まった。
草原に赤騎隊、護紅隊、第3・4中隊が待機。
突撃大隊15名と伝令用騎馬8騎の囮を崖下の奥、敵から見えるギリギリの所に配置。
突撃大隊の1・2中隊、クラト・ルシルヴァの直属部隊は崖の上。
敵の出現と同時に混乱を装う。
突撃大隊と護紅隊は崖の上に、囮は崖の下を後方へ走らせる。囮隊の馬には木の枝を引かせて砂塵を立たせる。その直後を徒歩の囮が追う。
敵は我々が混乱して逃走したと考えるだろう。
しかも赤騎隊と知ればティエラを追って騎馬隊が追うはずだ。
崖上に誘導した敵にはホーカーの長弓隊が射撃を開始、クラトとルシルヴァの部隊が伏兵として突撃。
混乱したところへ赤騎隊が切り返して分断。
敵の背後が崖になるように包囲できれば1000くらいの敵は包囲できそうだ。
問題は崖下の囮を敵の歩兵が追ってくれるかどうかだが・・・タイミングを計り、逃げ切るだけの技量が必要だ。
スパイクかラナシドにやらせたいが、ラナシドは地理に詳しいので側に置きたいし、もし失敗したら敵の全軍を崖上で迎え撃たねばならない。
中隊長が1人抜けると1個中隊が本来の力を発揮できない。これは痛い。
マッシュが突然声を上げた。
「お願いします!」
「なんだよ突然」
「だって、囮を誰にやらせるか考えているんでしょう?これが成功すれば勝ち戦ですもんね。俺にやらせて下さい。絶対に上手くやりますから」
俺は迷った。
普通なら絶対にやらせない。
しかし、囮が失敗する可能性、崖上戦力の確保、マッシュの成長と熱望。
俺はつい、了承してしまった。
実力よりも都合を優先させた。
俺の作戦に対する手ぬるさ。
ティエラとラヴィスは同じ事を言った。
『マッシュという人物を知らぬので適任かどうかはわからないが、クラトが認めるなら良いだろう』
偵察隊の報告から敵の到着は明日の昼を過ぎるだろうと思われた。
俺の判断は失敗だったが、それはあまり意味が無い戦いとなった。
敵の偵察隊が我等を兵力も含めて捕捉していたのである。
◇*◇*◇*◇*◇
翌日の朝、最終の打ち合せの為崖の分岐点に集合する。
この後、持ち場に移動する予定だ。
そこに敵からの襲撃を受けた。
例によって矢が降り注ぐ。アティーレ軍は通常兵も弓を携行し、まずは全員で矢を放って敵の混乱を誘う。
「くそっ、何だってんだ!」
「クラト吠えるな!囮が失敗しただけの話だ!」
「あぁ済まない、その通りだ」
中心に第1中隊〔ヴィクトール〕と第2中隊〔ラバック〕、その後ろに第4中隊〔ラナシド〕、右翼に第3中隊〔スパイク〕とルシルヴァ隊、左翼にクラト隊と赤騎隊という布陣だ。
ホーカーの長弓隊は既に射撃を開始している。
相変わらず命中率が高い。それだけ速射は抑えているものの、着実な被害は“脅し”ではない。
この時だった。
「マッシュがやられた!」
マッシュは首を射られていた。血が止まらない。
「た、たいひょ・・・」
それきりマッシュは動かなくなった。
「クラト!落ち着け!」
暴走しそうなクラトをラヴィスが戒める。
「あぁ!?うるせぇよ!!」
クラトが暴走して突入、クラト直属部隊が後を追う。
ティエラはその一歩先まで先行し、敵陣の横から突入。
この間もホーカーの長弓隊が騎馬を殲滅にかかる。
アティーレ軍は敵が逃走すると考えていた。
しかし思いもよらず敵は持ち堪えるどころか、突入してくる。
追撃を予定していたアティーレ軍は後方部隊が攻撃を受ける前衛部隊を後方から圧迫する。
アティーレ軍は完全に浮き足立った。
最後部の部隊が森から平地に出た時、兵力は既に600を消耗していた。
最後部の兵士は異様な戦場を目撃する。
目に入るのは味方の兵ばかりだ。それが分断され、包囲しては殲滅されていく。
まるで怪物の顎のようだ。
騎馬に蹴散らされ、矢に射立てられる。
被害が1000を超えた時点で撤退命令が下ったが戦場には多くの兵士が取り残された。
最終的な被害は2000を超えたという。
結果的に囮による分断作戦は行われなかったが、クラトの暴走をきっかけにして、今回の戦局を左右するはずだったアティーレ軍遊撃隊3000は壊滅的な打撃を受けた。
第1軍団2000は敵5000に対し、大きな衝突を避け、時間稼ぎに終始した。
この辺りはレガーノ元帥の戦上手なところだ。
この間、ジュノの第4軍団は第3軍団と協力してアティーレ軍5000を撃破。
その直後、南東からパレント軍もバルカに侵入するが、既にアティーレ軍は撤退しており、連携する軍も無いまま、バルカ第3・4軍団の攻撃を受け、大きな被害を出しつつ撤退していった。