5-6 戦力比
631事件から2ヶ月、秋も本格的になり、収穫は最盛期を迎えようとしている。
バルカでは年に一度、大きな祭りがある。収穫が済んでから12日以内に行う事になっており、それを決めるのは領主だ。
ここ数年は助言を受けてティエラが宣言している。
祭りの時ばかりは大人も子供も、大臣も市民もない。
豊穣の大地に感謝し、戦いの神に祈る。
この世界では神も世界観そのままに天と地、気・土・水・火、6神が中心だ。
天と地を頂点に4つの元素という説とは違い、天を頂点とした天-気-水の神の系統は、更に雷・氷・風などの神がいる。
また、地を頂点とした地-土-火の系統には石・金属・樹木などの神が続く。
バルカに住む者は家系ごとに祀る神が決まっているが、天と地は全員が祀るので、それ以外が守り神となるのだ。
バルカ家の守り神は≪火≫である。
バルカ家の家系には火の属性が発現する頻度が高いらしい。
ヴェルハントはエナルダではなかったが、超人的な武力を誇り、ティエラがエナルダ覚醒した時も感心を示さなかった。
それは10歳のティエラにとって大きな不安となった。
自分が何か違うものになったらしい。父はそれを喜びはしなかった。
しかし、悪いとも言わなかった。ティエラは認めて欲しかった。エナルダの力を。
なぜなら自分はエナルダなのだから。
ティエラは火の神に祈りを捧げる時、この時の不安と焦りを必ず思い出すのだった。
この5年間は家長として祈りを捧げる事になった。それも今度で6回目だ。
◇*◇*◇*◇*◇
人々は、祭りに準備に追われながらも楽しみにしていた。
そんな慌しくも華やいだ雰囲気のバルカ郷は、突然北方からの侵略を受ける。
穀物の収穫前だ。
過去にこの時期に戦が始まることはなかった。
誰もが感じた。大きな戦乱になる。
侵入地点からアティーレ軍と思われた。
突撃大隊は軍団編成まで前線での警戒を命じられる。
「やっと俺が力を発揮する時が来たぜ!」
マッシュはクラトの伝令として戦場に出る事になったのだ。
このところのマッシュの成長は著しい。
ジュノに見てもらったところでは、将来かなり期待できるとの事だ。
それだけでマッシュは有頂天だ。
「やっぱり占い師の言うとおりだ。俺はクラト隊長の下で勝ち戦のきっかけを掴むんだ。隊長、俺も戦いに参加したいですよ、あれから強くなったんですから」
「まだそんな事を言ってんのかよ、伝令は大事なんだぞ。しっかり頼むぜ」
「はい、でも突撃大隊の伝令はいつも後方への伝令じゃないですか、前線で戦いたいんですよ。頼みますから隊長の中隊に入れて下さいよ」
「ダメだ。お前はお前の仕事をしろ。それが大隊の為だ。お前は足も速いし、乗馬も得意だ。お前が適任なんだ」
「・・・はい、分りました。でも、機会があったらお願いしますよ」
「分った分った、その時はすぐに連絡する」
しかし、この時アティーレ軍は突撃大隊に接近していたのだった。
◇*◇*◇*◇*◇
「敵襲!!」
夜明け直前の野営地に大量の矢が降り注ぐ。
ルシルヴァの声が飛ぶ。
「慌てるんじゃないよ!盾で防ぎながら中隊ごとに展開するんだ!」
最近、めっきり隊長らしくなってきたホーカーも続ける。
「夜明け前のメクラ撃ちでしかない!敵の目的はこちらの混乱だ、慌てるな!」
言う間に空が白み始めた。
敵兵が喊声を上げつつ迫る。
「マッシュ!後続部隊は城を出ているはずだ、小隊を連れて報告に行け!」「ラナシド!お前の1個小隊を伝令に回せ!」
「はいっ!」
「残りは突撃だ。まずは敵の出鼻を叩くぞ!」
突撃大隊は第1~第4中隊まであるが、クラトとルシルヴァの直属部隊も中隊規模で新設され、実質は6個中隊となった。
長弓隊は74名を2隊に分け、ホーカーが両隊長を兼務する。
「こっちはメクラ撃ちじゃないぜぇ!」
ホーカーの長弓隊は突撃大隊の斜め後方から長弓の射撃を開始した。
狙いは機動力がある騎馬隊。次々と射落とされていく。
瞬く間に敵の騎馬大隊は半減。残った騎馬もヴィクトールとラバックが完全にブロックしている。
ホーカーは目標を歩兵に移す。
敵歩兵が盾を持っていると見るや、1隊を短弓に替え、騎馬隊の壊滅を図る。残る1隊はホーカーが選抜して強弓隊と名付けた30名。
射撃に時間がかかるものの、一般兵士が使う盾なら撃ち抜ける弓と矢を持たせている。
(ブォンッ)
強弓特有の音が響く。盾を撃ち抜かれて敵は混乱に陥った。
「よし、突撃しろ!」
ラナシド隊を長弓隊の防御、ルシルヴァ隊を後詰に残し、残り4中隊が一斉に突撃を図る。
スピードを生かすため、少々の敵は相手にしない。ルシルヴァ隊が討ち取るだろう。
「スパイク!敵の本陣は分るか!」
「見えません!」
「よし、頃合を見て引き返す!」
この時、敵2個軍団5000が近距離まで迫っていた。
突撃大隊が撃破したのは先行部隊である1個師団の約1000だった。
クラトの判断か、本隊が見えない偶然か、どちらにせよ突撃大隊は命拾いした。
その分、後から進出してきたバルカ第1軍団2000がまともにぶつかった。
加えて後方を大きく迂回して北東から1個軍団3000、東から2個軍団5000が侵入。
バルカ第3軍2000が東の敵に向かう。
城を防衛する第2軍団は最低の1200のみとし、第4軍も編成される。
これはジュノが率い、旧バイカルノ傭兵団が多く在籍している。
バルカ第4軍団の進出先について、バイカルノは東から侵入した敵5000の迎撃に向かったバルカ第3軍の援軍を主張したが、フィアレスは北東の敵3000の迎撃を主張。
確かにバルカ第4軍団が東の敵に向かい、北東の敵3000が北の5000と合流した場合、その方面はバルカ2000に対して敵8000、抗し難い戦力差になる。
北東の敵3000への対処を求められたバイカルノは突撃大隊と赤騎隊で対処するとした。
ばかな。
赤騎隊は631事件で130程度に減少しているし、突撃大隊も増員したとはいえ300名程度。
戦力比3000対500。
先ほど懸念していたのは8000対2000、4倍の戦力比だ。
それを避けるために戦力比6倍以上の戦場を展開するのか?
しかもその戦場に姫を投入しようというのだ。
フィアレスは立案の理由を含め何も聞かなかった。
ただ「任せる」と言っただけだ。
ティエラ姫は出陣準備を整えているだろう。
後退した突撃大隊と合流して、敵3000に当たってもらう。
第2軍団長バルサムは第5軍団を早急に編成して戦況に応じて投入する。
最悪の場合、城を守る第2軍団を解体して、師団単位で投入する。
最悪の場合だと?
姫が出陣する時点で最悪ではないのか?
バルサムはそう思った。
バイカルノは作戦本部にいる全員に言った。
「ティエラ姫は大丈夫だ、クラトとラヴィスがいる。どれだけ負けようと必ず帰ってくる」
「だから帰る城を守るのが重要だ」
しかし、このバイカルノという男。よくここまで思い切れるものだ。
これはこれで逸材に違いない。