4-10 執務室
翌日、ティエラに面会を求め、許可された。
姫の執務室は他の大臣から少々離れている。
住まいは別の棟にあるらしい。
執務室に入った途端に「そなたは甘い」と指摘された。
既に軍事大臣から姫に報告が入ったか。軍人の割に肝が小さいヤツだ。
「それに、私が出した指示を許可無く変更するのは今後許さぬ」
「あぁ、分ったよ。じゃ、そういう事で」
帰ろうとすると侍女がお茶を運んできた。
口にするとプーアール茶のような味と薫りだ。
「美味いな、これ」
思わずつぶやくと、ティエラは笑って、侍女に手を挙げた。
今度はなにやらお菓子らしいものが出てきた。
茶色で親指くらいの花梨等みたいな感じだ。
迷わず口に放り込む。これも美味い。
「むあーい(うまーい)」
ティエラは微笑みながら見ている。
親もお菓子も平らげて帰ろうとすると、更に侍女がお茶とお菓子を持ってくる。
とりあえず食べる。
完食するとまた持ってくる。
かなりの量のお茶とお菓子を食べ、限界が近づいた頃、ティエラはもう我慢できないとうように声を上げて笑い始めた。
侍女も手の甲を口に当てて笑っている。
「異人と聞いたが、どうやら本当のようだの」「この地ではの、出された茶や菓子はきれいに平らげぬものじゃ、少し残す事で満足したという意志を示すのじゃ」
そう言えば地球でもそんな習慣がある国を聞いたことがあるな。
ぼんやり考えながら話を聞いていた。
「・・・あ!また全部食っちまった!」
気が付いたら、また残さず食べてしまっていた。
「もうお持ちするお菓子がございません」
侍女が声を上げて笑っている。
ティエラにいたっては泣きながら笑っている。
「どうしよう、吐いちまおうか」
「よさぬか、良いだろう今日は」「他で茶を出されたら気をつけるのだぞ。私の配下が礼儀知らずでは私が困るのでな」「また明日、来るが良いだろう」
ころころと良く笑う侍女はファトマという名の侍女長だ。
侍女は全部で7名居り、ファトマが取り仕切っている。
仕事は姫の身の回りの世話だ。
女官は他にもいるが、この7名は姫にだけ仕えており、相手が大臣であろうと命令は受け付けない。
本来、姫の侍女は3人程度らしいが、ティエラ姫は戦をするので、どうしても人手がいるのだそうだ。そして一旦城を出ればラヴィス率いる護紅隊が赤騎馬隊と一緒に姫を護るのだ。
俺たちも頑張らないとな。
俺の入院している間、訓練はルシルヴァに任せている。
ラバックもルシルヴァの言う事を聞くようになっていた。
どうやらルシルヴァはヴィクトールと立合いというか、打ち合いをしたらしい。
通りかかったバイカルノが上限を20合と命じたらしく、お互い20回の打ち込みで終了したようだ。
それでもルシルヴァの強さを実感するには十分だろう。
訓練についてはラナシドの話が参考になる。
しかし、実に単純な訓練ばかりだ。
運動部の練習や聞きかじった自衛隊の訓練なんかを組み合わせて行う事にした。
まずは礼に始まり礼に終わる。これをやる。
なにも行儀が良い部隊を作りたい訳じゃない。
ダラダラとした訓練はさせたくないのだ。
そして体力だ。徹底的に走らせる事にした。
そして腕が下がらないように鍛える。
口に薄い板を咥えて走らせる。
両手を挙げたまま走らせる。
とにかく走って打ち込む訓練を徹底して続ける。
スピードと圧力を併せると突破力となる。
突破力が無ければ突撃は失敗するのだ。失敗したら悲惨な結果しかない。
その為に走り、打ち込む。
空を見上げると、不思議な気持ちになる。この世界も空は青いのだ。
視線を下ろせば、甲冑に身を包み剣を振る男たち。
やはり違う世界だ。
ここは異世界、俺は紛れ込んだ異人。
ただ、異世界も悪くない。そう思う時がある。