4-5 入城
バルカ郷の城。
その城壁の外で出会った軍装の少女。
それはパーキングでバイトをしていたツン顔の娘だった。
俺は混乱した。
さっき押さえ込んだ感情が再び溢れようとしている。
「お前は何者だ」
その声は更に俺を混乱させた。
「俺だよ、高速のパーキングで会っただろ」「また会えるなんて思ってもいなかった」
声が震えているのが自分でも分った。
「お前など知らぬ。所属階級と名を名乗れ」
「忘れたのか?ナルミ、成海蔵人だ。ハガキを書いてくれただろう?」
「訳の分らぬ事を。気でも触れているのか?」
不敵に哂い、からかうような口調で続ける。
「それとも私を誘っているつもりか?」
「なに言ってんだよ」
俺が一歩近づくと、鋭い声が飛ぶ。
「止まれ!武装して城壁に近づくなどもっての他!」
なおも足を進める俺を見るや顔に厳しさが増す。
「それ以上近づくと排除せねばならん!」
少女は言い終わらないうちに刀を抜くと、構えるでもなく近づいてくる。
もう警告も与えない。
近づく速度は徐々に増し、無造作に刀を振るう。
少女の脳裏に未来が映った。
刀が喉を切り裂き、血飛沫があがる。侵入者は倒れ、死体は兵士が運ぶだろう。
クラトは喉許に迫る刀を辛うじて避けた。
かわされた!?
少女の目が一瞬、驚きに染まる。
少女は驚きながらも任務に忠実だった。
今度は絶対に逃がさない。
必殺の構え。
目の前の男からは戦意が全く感じられない。
何かに打ちひしがれているように見える。
まるで敗残兵か捕らえられた盗賊のようだ。
このような相手に刀を構える事になろうとは。
信じられないスピードから掬い上げるように刀を振るう。
(ギャリッ!)
クラトは抜きかけの刀で受けた。刀身の1/3は鞘に納まったままだ。
少女は刀に力を入れたまま、クラトを蹴って距離をとると、体勢を崩したクラトに刀を振り下ろす。
「やめぇい!」
少女の身体はピタリと止まり、後ろ飛びでクラトから距離を取って振り返る。
「ラヴィス隊長!その男は傭兵団だ、斬ってはならん!戻りたまえ!」
傭兵団?あの編入予定の傭兵団か。
ラヴィスと呼ばれた少女は改めてクラトを見た。
なるほどシロウトではないようだ。
「そなたがどのような軍歴を持っているのか知らぬ。しかし、我がバルカ軍に腑抜けは不要だ」
ラヴィスは戻りかけて不意に振り返った。
「そなたが私を誘った事は黙っておいてやろう」
悪戯っぽく笑って去っていった。
◇*◇*◇*◇*◇
バイカルノは早速苦情を受けた。
もちろんクラトと“護紅隊”隊長ラヴィスとの一件だ。
護紅隊とは親衛隊のニ番隊でティエラ姫の護衛として創設されたものだ。
ティアラ姫は戦場で赤をパーソナルカラーにしている為、護紅隊と呼称されている。
バイカルノは苦情を受けて、まず大笑いしたという。
使者は唖然とした。
突撃隊の隊長が、親衛隊二番隊の隊長とやりあった。
それを笑い飛ばそうというのか。
傍らのジュノも堪えきれずに笑い出し、使者は抗議どころか戸惑う一方だった。
何だというのだ、この連中は。
軍団外の武人との斬り合いだぞ?
入城の直前、しかも相手は姫の親衛隊隊長だ。大問題じゃないか。
親衛隊の三番隊隊長を任命されたランクスが上手く取りもって使者は帰っていった。
「相変わらずですね、クラトさんは」
「まったくだ。しかし、退屈しなくて済むぜ」
3人はもう一度顔を見合わせて笑うと、明日の軍団内会議の打ち合わせに入った。
バイカルノ傭兵団は入城を許され、歓迎の式典が催されるらしい。
長い歴史を持ち、軍神と呼ばれるバルカ郷だけに、何かと取り決めがある。
バイカルノ傭兵団は軍事府の役人から説明を受けた。
「何かが起きたらヴェルーノ卿から指示があるでしょう」
最後にそれだけ述べて説明は終わった。
◇*◇*◇*◇*◇
野外の円形競技場を使用し、隊長は小隊長から全て出席している。
高い場所にある玉座は空席だった。
左隣にティエラ姫、右には顔を覆った長身の男が座っている。
これがフィアレスだろう。
その一段下には36人の賢人会と左右に6府の大臣。
更に一段下には親衛隊。ラヴィスが緊張した顔で正面を見据えている。
その横にずらりと並んでいるのが将軍達だろう。
大隊以下の隊長たちは競技場に整列している。
紹介を受けたのはバイカルノ副軍師兼第4軍団長、ジュノ第4軍団副長、グラッサー・レイソン師団長の4人。
俺たちはその他大勢って訳だ。
昨日の説明どおり、玉座を正面に向いて左ひざを着き、右手は立てた右ひざの上、左手は握って腰の後ろへ。
そして頭を下げると、首を打ちやすい姿勢になる。
これが任命を受ける時の姿勢らしい。
任命を受け、姫とフィアレスから言葉を受ける。
簡単な言葉だった。
「バルカは歓迎する。バルカに全てを捧げ、全てを求めよ」
「されば生きる理由も、戦う理由も、全てが見つかる事を保証しよう」
一度立ち上がって、一礼。
その後、軍事府大臣の挨拶。
軍団を代表して、第1軍軍団長レガーノからバルカ武人への訓示。
大きな歓声。
バイカルノ傭兵団への歓迎と期待の言葉。
小さな拍手。
俺たちが回れ右して礼をすると、競技場に整列していた隊長たちが素早く左右へ移動し、空いた場所に一人の武人が立っていた。
いきなり名乗りをあげる。
「一手所望したい!」
これも事前に聞いていた事だ。
ここでは俺たちの中から、師団長以下で最も上席の者が受け、剣を互いの頭の上に擬するという。
まぁ、演舞みたいなものだ。
グラッサーが緊張した面持ちで務める。
しかし、それだけでは収まらなかった。
「真剣の仕合を所望する」
やはり外部から軍団長と師団長、そして副軍師まで迎え入れるという事に抵抗があるのだ。
ついこの間まで武装商隊だった奴等に2千名からのバルカ兵が配属される。
その実力を見なければ納得できないのだろう。
バイカルノが振り返るとフィアレス軍師とヴェルーノ卿が同時に頷いた。
ジュノが動いた。
「青騎士だ、ルーフェンの」
誰とも知らず声が聞こえ、視線がジュノに注がれた。
ジュノが競技場に降り立つと、控えていた兵士が甲冑を恭しく差し出した。
ジュノは指先で断り、冷たい微笑を浮かべて名乗りを上げた武人へ向かう。
相手は相当できる。
甲冑を身に着けないジュノに怒るでもなく構えている。
この立合いは審判もいない“真剣勝負”だ。
負けを認めるのは敗者であり、敗者の処遇を決めるのは勝者だ。
観戦者が仕合内容の良し悪しを判断する。
仕合は唐突に始まった。
ジュノは打ち込まれる剣を避け、受けては流す。
次はまともに受けて弾く。
一旦離れた後、ほぼ同時に動き、すれ違いざまに大きな音が響く。
ジュノは刀を鞘に収め、相手に一礼して離れる。
相手はやっとの事で振り向いた。
兜を打たれて頭に強い衝撃があったのだろう。身体の自由が利かないようだ。
戻ったジュノが小声で言う。
「なかなかできるようですが、上半身の力に頼り過ぎです。・・・まだまだ強くなりますよ」
ようやく相手は一礼して下がる。
ここで競技場に歓声が沸き起こった。賞賛の歓声だ。
続いてもう一人が名乗りを上げる。
見れば150ミティ(約2.4m)はあろうかという巨漢の武人だ。
得物は戦斧