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ロスト④

撃墜されたコータは白っぽい顔色で立ち尽くし、夏海はショーケースをじっと覗き込んでいる。

うぁ、気まずいなぁ。


「済みません、ちょっと出てまして。何かお探しですか?」

エプロンをつけながら、お店のオジサン、といっても30歳半ば位の店員さんが出て来た。

ふぅ、助かった。


私の説明を聞いてショーケースからいくつか取り出した。

「ブラックニッケルですね。これあたりかな?」

「もう少し丸みがあったような気がするんですけど」

「あぁ、じゃ1941レプリカかな」

違う棚から小さな箱を出してくれた。

黒いプラスチックのケースからジッポを取り出す。

「あっ、それです!」つい声が大きくなる。

「随分と探していたようですね。さっきのよりちょっと高いですけど・・・これでいいですか?」

「いくらですか?」

「込みで5,775円です」

「はい」

思ったより高い。ちょっとじゃないじゃん。


「オイル、入れますか?」

「あ、はい。お願いします」

私と夏海は店員の手を見つめる。

コータは帰るタイミングを掴めずに突っ立っている。


この達、タバコを吸うようには見えないが、遅い夏デビューってやつかな。

・・・いや、何だか雰囲気じゃないねぇ。


店員はそんな事を考えながら、いつもの作業を行った。

ケースからインサイドユニットを引き出し、フリントスプリングのネジを回して引き抜く。

フリントをつまんで入れると、スプリングを元に戻す。

パットの穴からオイルを注ぐ。

ユニットをケースに戻してホイールを回すと、ジャッという音と火花が散った。

何度目かに点火。一旦消してからウィックを揉むようにして、再度ホイールを回すと簡単に点火した。

ホイールとフリントの擦過音も、“ジャッ”から“シャッ”に変わる。

何度か開け閉めしてカムとヒンジの具合を確かめる。

よし、いいだろう。


「ラッピングはどうしますか?」

「え?」

「あ、プレゼントですか?」

「いえ」

「えっ、自分用ですか」

「えぇ、キャンプとかで重宝するって聞いたんです。それでどうせなら気に入ったものにしようと思って」

「そうですか。コイツはタフですけど、大事に使ってやって下さい。箱に入れます?」

「いえ、そのままで」

「はい。じゃ、箱とサービスの石はこちらの袋に入れておきますね。毎度ありがとうございました」


◇*◇*◇*◇*◇


蓋を開けると、ピンッという音。

親指で弾くと一発で点火した。柔らかい炎だ。

蓋を閉じると、パチリと音がする。

かすかにオイルと炎の匂いが立つ。

なんだか嬉しい。


夏海とコーヒーショップへ。流れでコータも一緒だ。

テーブルの上にジッポを乗せると、夏海がウズウズしているのが分った。

「点けてみる?」

夏海はぎこちなく蓋を開けて何度か指を動かしてやっと点火できた。

パチリと閉じる。

「なんだか私も欲しくなっちゃった・・・」


少しジッポの話をした後、夏海がトイレに行くと、コータがつぶやくようにもらす。

「今日は疲れたよ」「カッコ悪ぃな、オレ」

「そんな事ないよ。あそこで行くとは思わなかったもん。逆にカッコいいって」

「自分でも行くつもりはなかったんだけどな」

作った笑みはコータを大人びて見せる。


途端にリョウスケの話を思い出した。


◇*◇*◇*◇*◇


それは夏休みの前、テスト期間の昼休みだった。

クラスがテストでピリピリしている中、コータはいつもの調子で少しウザがられていた。

「コータはいつもチャラっとしてるね」「あぁ、軽量軽薄ってカンジね」「努力とか似合わないモンね」

などと軽い気持ちで話していたら、バスケ部のリョウスケがコータを遠くに見ながら話し始めた。

リョウスケはコータと同じ中学で、コータはサッカー部のキャプテンだったそうだ。

目立つようなチームではないが、コータは近隣の高校からマークされる存在だったらしい。

「ウチの高校なら即レギュラーだったろうな。俺はあんなに努力するヤツを見た事ないよ」

「でも、3年の春休みでアイツは変わっちまった。ツイてなかったんだ」


私は理由を聞かなかった。

コータがたまに足を引きずるのを知っていたからだ。


◇*◇*◇*◇*◇


コータはすぐにいつもの調子に戻る。

「ダメとは分ってても止まらんかったのよねぇ、コレが!」

コータは笑いながらおどけて見せた。


「よっし、次はぜってーハッキリ言うぜ!」

目の前のコータを見て不思議な気持ちになった。

憐れむような気持ちと、憧れるような気持ちだ。


コータはこの前向きさというか、笑顔を手に入れるためにどれだけ悩んだのだろう。

悲しみが見えない笑顔を手に入れるために、どれだけ苦しんだのだろう。

よく“困難から逃げるな”と言われるけど、運命と真正面から向き合ったら私は壊れてしまうよ。


◇*◇*◇*◇*◇


夜、ライターを灯す。小気味良い音にオイルが燃える匂い。

私はこのライターで何から自分を守ろうとしているのだろう。

勝手に入り込んで、勝手に失って、勝手に感じている喪失感。

ぽっかりと開いた穴に蓋をしても満たされはしない。

夏休みも残り1週間。


炎が長くなったり短くなったり、まるで呼吸をしているようだ。

もう一度行ってみよう。


ライターの炎は風も無いのに揺らめいた。


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