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4-3 落とし穴

その日、ヴェルハントとフィアレスは将軍達と連れ立って、狩りに出かけていた。

その日は獲物も多く、フィアレスも珍しく獲物を追い、将軍達も狩りに熱中した。


そして気付いた時には、ヴェルハントとフィアレスは森の中で“レノ”に包囲されていた。

フィアレスは武術が得意ではない。

将軍達を呼び叫ぶフィアレスにヴェルハントは言う。

「お前は“バルカの宝”だ。俺が護ってやるから安心しろ」

本来、フィアレスは身体を盾にしても領主を護らねばならない。

しかし出来なかった。ただ恐ろしかった。

将軍達を呼ぶ自分の声が、やけに虚ろに響くだけだ。


ヴェルハントは振り向いて笑顔を見せた。

「ティエラも15だ。嫁ぎ先を考えねばならん。帰ったら私から話してお前と婚約させたいがどうだ?」

フィアレスは何も答えられなかった。

「頼むぞ」

ヴェルハントが前を向いた瞬間だった。


(ザザーッ!)

無数の矢が空気を切る音。

レノが暗殺に使う矢には毒が塗ってある。

しかし毒は全く必要なかった。

ヴェルハントは全身に矢をつき立てたまま倒れ、「太陽が黒いな」とつぶやいて絶命した。

この暗殺はヴェルハントの最後の言葉から“黒い太陽事件”と呼ばれる。

フィアレスは左目と左足に矢を受けた。

レノは20人以上いた。無言でフィアレスに向かう。

痛みすら感じない程の恐怖の中、フィアレスが残った右目で捉えたものは十数の騎馬だった。

後方のレノが数人倒れる。レノ達が一斉に振り返る間にも数人が倒される。

その身体には狩猟用の矢が突き立っていた。

レノ達は数人が斬られながらも、逃亡を図る。


将軍達はヴェルハントとフィアレスの容態を確認したが、ヴェルハントは既に絶命している。

フィアレスは生きているが、矢には毒が塗ってあるようだ。

気の属性の将軍は馬も武具も捨てて走った。

残る将軍達は治療を受けるフィアレスの周囲に剣を構えて防御陣を張る。

将軍達の対処は適切だった。

暫く後、1個大隊が到着し、兵士たちは野営所を設置してフィアレスを収容、同行した医者による治療を行う。

結果的に水の属性の将軍が2名いた事が幸いした。

いや、後のフィアレスを考えると幸いとは言えないかもしれない。


フィアレスはその後1ヶ月にわたって生死の境をさまよった末、何とか命は取りとめたものの、左足と左目を失い、毒の影響で顔の左半分は爛れてしまった。


◇*◇*◇*◇*◇ 


領主が謀殺され、残されたのは弱冠15歳の姫。いかにすべきか。

各府の大臣は誰もが決断できずにいた。フィアレスが生きていたからだ。

会議を重ねて決まった事は、復帰の目処すら立っていないフィアレスを名目上の執政としただけだった。

国内外にはフィアレスの政治の中心にいる事とした。

一部の者を除いて、フィアレスは執務室で政治を執り行っていると思い込んだ。

フィアレスの名前には絶大な力があった。

他国から余計な干渉を受けなかったのも、国内で不穏な動きが無かったのも“フィアレス健在なり”という点が大きく作用したのだ。


一方、フィアレスはその後も傷と毒に苦しみ続け、バルカに1年間の政治空白が生じた。

各府の大臣は何もしなかった。

フィアレスが健在の時には何も出来なかったが、今回は何もしなかったのだ。

ここにバルカの政治は崩壊したと言って良い。

やがて大臣達が待ちに待ったフィアレスの復帰の日を迎えた。

しかし、フィアレスは左目と左足だけでなく、その能力も失っていたのだった。


それはフィアレス自身が一番認識していた。

身体の自由が利かない、思考もまとまらない。

努力はした。懸命に。

大臣からの報告を受けて指示を出す。

時間は今までの何倍もかかり、内容は平凡なものばかりだった。

体調を理由にしながら懸命な努力を続けたが、かつての“疾風の軍師”の輝きには遠く及ばない。


そして、政治に復帰して1年後、ついに彼は力尽きてしまった。

領主を守らなかった自分、後を託されながら力を失った自分、自分を頼るばかりの大臣や将軍達。

日に日に美しくなる姫、壊れて醜い自分。

文字通り彼は壊れてしまった。


酒の量は日に日に増し、痛みを抑える為の薬の量も増えていった。

自室に遊女をはべらせ、大臣には罵声を浴びせた。

そして時折、理性を取り戻しては、自らを苛む苦痛の時間を過ごすのだった。


フィアレスは自己崩壊してからもなお執政であり続けた。

“黒い太陽事件”の時と同じように、誰もが決断出来なかったからだ。


そして内務大臣ヴェルーノ・マラウィ卿が動いたのだ。

どのような形にせよ、フィアレスは政治から排除せねばなるまい。

最大の功労者にして、先主の意志を最も知る者だ。

困難が待っているに違いない。最も恐ろしいのは国内外の反応だ。

政変を成功させるのも困難だが、その後も多くの困難が待っているだろう。


それでもやる。やらねば未来がないから。


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