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4-2 劣化

“疾風の軍師”フィアレスはギルモア侵攻作戦を想定し、意図してアティーレ郷に奪われた領地の奪還を見送った。


アティーレ郷はその昔、ギルモア国が北の蛮族へ侵攻して得た領土に国王の親族を領主として成立させた強大な郷である。

しかし、先々代のギルモア本国の世継ぎ問題に、一族であるアティーレ領主が口出しをしてから関係が急速に悪化していった。

ギルモア本国としてはアティーレ郷はいずれ解決しなければならない問題でもあったのだ。


ヴェルハントからギルモア国王に宛てた書簡には、自らを『ギルモア国の軍神にして国王の臣下であるヴェルハント・バルカ』と記していた。

内容はアティーレ郷に奪われた領地を奪還する戦の許可を請うものだ。

本来、郷同士の戦に国の許可は不要だが、忠誠を示し、アティーレ征伐を提案する為に許可を請う形にしたのだった。

『アティーレ郷は領地を拝受した身でありながら、盟主ギルモア国の意向に従わない忘恩の徒です。これを野放しにしては他の郷もギルモア本国を軽く見るでしょうし、他国に対するギルモア国の威信も揺らぐのではないかと臣ヴェルハントは心を痛めております』

『もし、アティーレ郷への侵攻をご許可いただけるのであれば、ギルモアの先兵として働きたく存じます』

『臣が求めるのはギルモア国の安泰であり、バルカはアティーレ郷に奪われた領地以外に望むものはございません。アティーレを屈服させた後は兵を引き、アティーレの処遇はギルモア国王のご判断にお任せいたします』

『なお、アティーレ領主の処遇は事前にご指示下さいませ。私がお望みのままに実行致します』

暗にアティーレ領主の処刑までほのめかせた。


ギルモア国王は狂喜した。

アティーレの力を削ぎたいギルモアにバルカの領地奪還についての異論は無い。

本来の力関係からすればアティーレ郷など問題とはしないギルモアだが、国力が低下しつつある今、無駄な力は使いたくない。

近年隆々たる勢いのバルカが恭順を示しているのも心強いし、アティーレに侵攻したバルカとの調停を行うという形なら体裁も整うだろう。

ギルモア国王は長年の懸案だったアティーレ問題の解決は今しかないと判断した。

バルカ郷にアティーレ郷への侵攻を許可し、援助を惜しまないと回答する。


バルカ郷からは戦いに向けて次のような要請が届く。

・アティーレに対する包囲戦を行うべく、ギルモア国内の通過許可。

・アティーレの後方を抑える為にギルモア国から兵力をアティーレ西部へ派遣。


位置関係としてはギルモア本国を中心として、東にバルカ郷、パレント郷と続き、ギルモア本国とバルカ郷の北方にはアティーレ郷が東西に長く接している。

アティーレ郷の中心はギルモア本国とバルカ郷の境から真北に位置しているが、アティーレは東西に長い領土を持ち、蛮族に備える為に複数の城を構築している。

バルカが東から侵入した場合、複数の城を持つアティーレは後退しつつ抵抗を続ける事が懸念された。

ギルモア領内を東西に走る街道を利用して敵兵力を分断して包囲戦に持ち込み、後方、つまり西端にはギルモア本国の軍が退路を断つという名目だ。


ギルモア侵攻の作戦準備はギルモア南部で勢力を張る盗賊への協力要請で完了する。

バルカがアティーレへ侵攻、アティーレの城を攻略した時点でギルモア本国からアティーレ西部へ威圧と国力誇示を目的として大規模な軍が送られる。

ここで盗賊の活動を活発化させ、ギルモア直轄の経済都市を襲撃させる。

これでギルモア本国は大分手薄になるだろう。

そしてアティーレ郷からギルモア国首都は急行すれば3日の距離でしかない。

ギルモア領内の通過許可を得たバルカ軍のギルモア侵攻は完全な奇襲となるに違いない。


◇*◇*◇*◇


ヴェルハントとフィアレスは酒を酌み交わしていた。

騙し討ちが何だというのだ、ギルモアには国内を纏める力も威信も残ってはいない。

だからあのような書簡をやすやすと信じるのだ。

ギルモアはいずれ滅びる。それが少し早まっただけの話だ。

バルカがここまで国力を落とした原因も、元はといえばギルモアを支えてきたからなのだ。


「これまでのツケを返してもらおうではないか」

「殿、返してもらうものがいささか大きすぎますが」

「はは、それは利子というものだフィアレス」

「殿は商才もおありのようですな」

ここまで来たという実感が酒と共に身体に染み渡り、二人は戯言に興じ笑い合った。


ヴェルハントとフィアレスの両輪で突き進むバルカ郷はまさに絶頂期を迎える。

フィアレスの名はギルモア国内だけでなく、近隣国にも鳴り響いていた。

端整な顔立ちと柔らかい物腰、しかし戦となれば勇猛で鳴らす将軍達に鋭く指示を与え、バルカを勝利に導く。

バルカ郷の全てがフィアレスに憬れた。

フィアレスは全てを可能にする軍師だ。

フィアレスに聞けば良い。フィアレスの言葉を信じれば良い。


しかし、大きな落とし穴は“口を開けずに”待っていた。

それはフィアレスが余りにも優れており、軍事だけでなく内政や外交を含め、全てを掌握してしまった事に起因する。

そしてフィアレスの唯一の落ち度は後進を育てなかった事にあった。

領地の回復と拡大、経済の建て直し、並行して対ギルモア戦の準備に全力を傾けたフィアレスにとって、それだけの時間も余力もなかったのかもしれない。

どの大臣もフィアレスの前では何も意見が出来なかった。

自分の意見は更に優れた指示で返ってくるからだ。

そして残念な事にヴェルハントはこの点について何もしなかった。

大臣達は自分が郷を動かしていると考えていたが、実はフィアレスの言葉に動かされていただけだった。

徐々に思考もプライドも失っていった。

そんな“組織の劣化”に誰も気付かないほどフィアレスの政治手腕は優れていたと言える。

そして6年前、ある事件によって、落とし穴はその大きな口を開いたのだった。


◇*◇*◇*◇*◇


ヴェルハントはフィアレスや将軍達を連れて狩りに出掛けるのが好きだった。

将軍とは師団長以上の階級の者と、特に功績があった大隊長に与えられる称号だ。


ヴェルハントは従者も連れず、時には野営して獲物を追った。

武人のたしなみでもあるし、将軍達と気兼ねなく話が時間でもあった。

フィアレスは狩りに同行した際、その場所の地形に応じた戦術を将軍達に考えさせた。

将軍達はそれを“課外授業”と呼んで嫌った。

フィアレスにとっては指導的な説明であっても、将軍達にとっては無能さを指摘されているとしか感じられなかったのだ。

古参の将軍としてみれば、領主の前で青年軍師から指導を受けるのは耐え難いものであった。


さらに悪い事にヴェルハントとフィアレスは将来の野望を二人だけのものにした。

将軍達は何かが進行していると感じながらも、大臣達と同様に何もせず、いつしか距離を置くようになっていった。


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