4-1 軍師
使者は会議を行う別室へクラトとジュノを案内した。
会議室はざわついていた。
説明によると、同席しているのは、バルカの内務大臣だというし、ランクスはバルカ親衛隊の隊員だという。
今回、バイカルノ傭兵団を雇うのはバルカ郷だが、なぜ軍事府ではなく内務府なのか。
それに大臣が直々に出席するとはどういう事なのか。
ヴェルーノ卿は簡単な挨拶の後、次のように述べた。
ここに出席した者は幹部であり信用の置ける人物と聞いている。
だから話そう。
我がバルカ郷は長い歴史を持つ郷だ。
しかし、先代領主が崩御なされてから国力に翳りが見えてきた。
近頃、パレント郷とアティーラ郷で諍いが起きているが、これは戦乱に発展する可能性が高い。
そうなればバルカ郷は必ず巻き込まれる。
そこで優秀な人材を補強する事になったのだ。
各々(おのおの)の配置についてはバイカルノ殿から聞いてもらうが、そのバイカルノ殿は第4軍団長だ。
会議室がどよめく。
軍団長?
頭目だったバイカルノが軍団長の地位に着けば自分達の栄達も見えてくる。
しかし、第4軍団って、臨戦体制か?
歓喜と疑問が渦巻く。
バイカルノが説明を引き継ぐ。
ジュノは第4軍団副団長、師団長にグラッサーとレイソン、大隊長にロキウスとベック、他にも会議に呼ばれた者は中隊長になってもらう。
ただ、この会議に参加していない者は兵士配属となる者もいるから、そいつ等には辛抱させてくれ。
兵士も含めて、バルカ郷から補充を受ける我々としてはバランスをとる必要もあるのだ。
まぁ、実力があれば軍団長の俺が昇格させてやる。ただし、気を抜いていると降格もするからな。しっかり頼むぞ。
ここで一呼吸おくと、皆の視線は自然とクラト達に集まる。
バイカルノ傭兵団では最強の突貫力を誇るクラト、グラッサーとベックを全く寄せ付けなかったルシルヴァ、強力な長弓の使い手ホーカー、この3人の名前が出ていないからだ。
それに答えるようにバイカルノが説明する。
「クラトとルシルヴァは特別編成の突撃大隊を指揮してもらう。とりあえずは俺の軍団所属だ」
突撃大隊?
突撃とは軍事機動の一つに過ぎない。しかしバイカルノはそれに特化した専門の大隊を創設するという。
クラトの突貫力は抜群だ。敵に斬り込んで混乱させたり、敵本隊への直接攻撃など、有効な用途は多い部隊になるだろう。
しかしこの部隊には大きな危険が伴う。
まず、防御に徹した敵への突撃は必ずしも有効ではないし、突撃後に包囲されたら待っているのは全滅しかない。
これらに対し、バイカルノは“ホーカーに指揮をさせる長弓隊による援護を行う”と説明した。
長弓隊だけで援護ができるとは思えない。
大体、そんな兵科を創って意味はあるのか?
クラトとルシルヴァは長生きできないだろう。皆がそう思った。
しかし、ジュノとランクスは突撃大隊に有効性を感じていた。
特にジュノは重要な局面で結果を左右するのは突撃隊だろうと予感していた。
バイカルノが説明を終えると、ヴェルーノ内務大臣が口を開く。
「バイカルノ殿には軍団長と兼任で副軍師に着任してもらう」
大きなどよめきが起こった。副軍師!?
バルカの軍師といえば、あのフィアレスがいるじゃないか。
◇*◇*◇*◇*◇
フィアレス・アクレインは先代領主ヴェルハント・バルカに見出され、“疾風の軍師”の称号を持つ、生ける伝説だ。現在は姫の後見として執政に当たっている。
ヴェルハントが領主となった直後、弱冠24歳で軍師に抜擢されるや、バルカ郷が他の郷に蚕食された領地を回復、更には新たな領地の獲得にも成功。この時の戦功により“疾風の軍師”の称号を得る。
しかし、そのあまりに見事な用兵術と戦略は敵だけでなく、味方の将軍をも苦しめた。
彼の思考についていける将軍が存在しなかったのである。
しかも彼は軍事以外の才能にも秀でており、特に政治においてそのバランス感覚は天才であった。
領主の側近として、内務・外務・経済について助言を行う立場に着くや、的確な判断と有効な政策を進言し、バルカは国力を増していった。
輝ける戦果と領主ヴェルハントの絶大なる信頼により、フィアレスは大きな権力を得る。
自身が意図したものではなかったにしろ、フィアレスの発言はバルカ郷で重みを増していった。
しかし、これらフィアレスの功績が誰も気づかないところでバルカを弱体化させていたのだから皮肉なものである。それはフィアレス自身にも大きな苦しみを与えることになる。
いつしかバルカ郷の政治はフィアレス抜きでは成り立たなくなっていたのである。
◇*◇*◇*◇*◇
ヴェルハントとフィアレスは野望を共有していた。
“バルカ郷をバルカ国へ”
しかもギルモア国からの独立ではなく、ギルモアに取って代わる、つまりギルモアを滅ぼす事を意図していたのだ。
これまでも郷が国になったケースはあったが、それは郷の領主が国王の縁者である場合で、領土を拡大した後、または他国への侵攻を意図して行われるものだ。
ヴェルハント・バルカの野望とは、これまでの領主の“軍神であるべし”という意向にも真っ向から対立し、小によって大を制するという軍事面でも常識では考えられないものだった。
ヴェルハントのバルカ郷を独立国家へという野望は単なる空想に近かった。
しかし、フィアレスという天才を見出した事によって徐々に現実味を増していったのだ。
フィアレスが疾風の軍師と呼ばれ始めてから4年、ギルモア侵攻作戦の準備は第一段階を完了した。
軍は精鋭中の精鋭と化した。武具は全てが改良され、フィアレスを頂点とする命令系統も万全だった。
驚くべきは、フィアレスは軍師となった時点で、既にギルモア侵攻作戦を想定していた事だ。
バルカ郷が失った領地の奪還作戦で、唯一回復をしていないのがアティーレ郷に奪われた領地だった。
しかしそれは意図して残されたのだった。