3-14 傭兵団
バイカルノは“事実ではないが事実に近い話”を単刀直入に説明した。
「商隊は解散だ。これから俺は傭兵団を組織する。既に雇い主も決まっていて、俺を含む傭兵団全てを召抱えるそうだ。残る奴は、明日の昼にまたここへ集まってくれ。詳しく説明する」
「さぁ、こんどの商売は上手くいった。めいめいの前に置かれているのは臨時報酬だ。今日は飲んで食って日頃のうさを晴らしてくれ」
「俺もすぐに酔っ払いそうだから、傭兵団の話を先にしたが、まずは楽しんでくれよ」
すぐに賑やかな宴となった。
◇*◇*◇*◇*◇
時間が経過して場が乱れ始めると、バイカルノは区切りをつける。
「まだ夜は長い。楽しんでくれ。ただ揉め事だけは起こさないようにな!」
ここで飲み続ける者、場所をかえて飲み直す者、女を買いにいく者、宿に帰って休む者。
バイカルノの許に残ろうと残るまいと、身の振り方を決めている者は今夜を楽しめば良いのだ。
残っている者達は決断出来ない者だと言える。
バイカルノは誰にするでもなく話し始めた。
正式な軍に準じた組織になる。常人よりも戦に慣れている俺たちはすぐに隊長になれるし、その後の働き次第じゃ将校にだってなれる。
同じような危険を冒して一回こっきりにの商売を続けるよりも、武人になる方が良いだろう?
残った者たちは顔を明るくして出て行く。
バイカルノや幹部クラスは別として、兵士からスタートする者はあくまで傭兵扱いとなる可能性が高い。
戦争では最も危険な場所に配置されるだろう。しかも今度の相手は正規兵だ。
ルシルヴァのような特別な存在は別として、盗賊が弱いのは組織化されていないからだ。
組織としての正規兵は強い。軍規と訓練を有する軍隊とは常人を戦士に引き上げる装置なのだ。
先ほどの者たちは生き残れないだろう。
部屋に残っているのはクラト、ジュノ、ホーカー、ルシルヴァ、バイカルノ、サイモス、ランクス。
サイモスは、のそりと出て行った。
バイカルノにとってサイモスとサバール隊は切り札だ。
まだヴェルーノ卿側には知られたくない。
先ほどの宴の中でルシルヴァが新加入者として紹介され、簡単に自己紹介をした。
一度はやり合っている相手だ。場の空気が冷えた。
その時、グラッサーが「俺とベックが軽く捻られた。仲間なら心強い」と言ってフォローした。
グラッサーって奴はなかなか“イイ男”のようだ。
改めてルシルヴァはバイカルノに挨拶した。
バイカルノはルシルヴァを大きな戦力と見ているが、クラトに影響されるという点を懸念していた。
クラト次第って戦力もバカにならんな・・・
そんな思いが軽口に出る。
「なんだ、汚れを落としたらなかなかの別嬪じゃないか」
「そりゃどうも」
無感情に答えて、料理を口に運ぶ。
「おいおい、素っ気ないなぁ」クラトが言う。
なぜそんな事をいうのか、という顔のルシルヴァに
「あのお方は、バイカルノさま~、なんだぜ~」と言って笑いをさそう。
バイカルノもやや高い声で
「うむ。クラトとやら、そちはなかなか心得ておる。褒めてつかわすぞ」
とおどけて皆を笑わせた。
今日の酒は美味いな。
仕事を終えた後の酒は格別だ。
酒だけじゃない、空気すら美味い。そう感じる時間だった。
◇*◇*◇*◇*◇
翌日、ほとんどの者が顔を見せた。
バイカルノはサイモス以外の主力が全員揃っているのを確認する。
今日からサイモスと表立って会う事はないだろう。
斥候隊を上手く使って連絡を取り続ける段取りが必要だ。
バルカ郷までは総勢35名の旅となる。目立つので6つのグループに分けて出発する。
バイカルノ、グラッサー、レイソン、ベック、ロキウス、それぞれが隊を率いる。
クラト達4人にはマッシュという少年が同行して先導する。
生意気そうな少年で年齢はまだ17だという。
ホーカーが子供だとからかうと、本気で怒っているようだ。
まぁ、そういうところが子供なのだが。
「どれだけ強いかどれだけ役に立つか、歳は関係無ぇよ。頑張りな」
俺がそういうと、ジュノも続ける。
「ホーカーだって20歳じゃないか。私だってクラトさんだって、軍の中で見れば若いし、むしろヒヨッ子といわれる歳だよ。でも私は親衛隊の分隊長をしていたし、クラトさんはバイカルノ殿に認められている。ホーカーだって実力からすれば中隊くらいは指揮していかないと」
そう言って、注意を与えつつ期待を伝えた。
野営で3泊、いつものように俺たちは稽古をする。ジュノの刀、ホーカーの長弓、俺やルシルヴァの剣、マッシュは茫然と見ている。ロキウスから話を聞いていたようだが、目の当りにして驚きを通り越してショックだったらしい。
有名なジュノが俺に丁寧な口を利くし、ベナプトルやラヴェン02の話も聞いたらしく、何か勘違いをしているようだ。隊長隊長とうるさい。
「俺は隊長じゃねぇよ。ウチの隊長はジュノだろ」
「どうしてそうなるんですか?」ジュノが口を挟む。
「何でったって、ジュノが一番強いし、何でも知ってるし、冷静で判断力もあるし、言い出したらキリがないくらい理由があるよ」
「そりゃダメっスよクラトさん。俺が合流した時から、クラトさんが頭って雰囲気なんですから」
ホーカーがやけに落ち着いて言う。
ジュノも続ける。
「そうですよ、私もクラトさんと一緒ならサブ的な立場が自分を活かすのに最適だと感じます」
ジュノやホーカーはそう言うが、俺みたいなのが隊長ではダメだろ。
ここでルシルヴァが口を開く。
「私から見るとね、誰が隊長をやるかっていうより、フォローする立場はジュノしか出来ないと思うよ」
「だいたい、クラトは食事の準備も、武具の整備も、馬の世話も、何もできないじゃないか」
やめて
「盗賊を攻めておいて一緒に逃げちゃうし」
やめてぇ
「それに字も読めないし、何より変わってるし」
やめてくれぇ
「そ、そんなに言わなくても・・・」
ジュノが言うと、ルシルヴァはこう付け加えた。
「でもね、クラトがいると何でも出来そうな気がするんだよ。理由や後ろ盾が無くても、大丈夫って気になるんだよ」「だからクラトが隊長でいいと思うよ」
ジュノとホーカーは黙って頷いている。
隊長といっても何か決まった組織でもないし、ルシルヴァの発言で弱っている俺は何でも構わないからこの話を終わらせたかった。
「もう、隊長でも番犬でも何でもいいよ」
そんなこんなでバルカに入ると、小さいながら宿場町があり、ランクスが迎えに来ていた。
「バイカルノ殿がクラトさんの事を一番“危ない”と言って迎えに行くように仰せつかりました」
「チミチミ、いくらバイカーがそう言ったからって、普通は気を遣って、“心配して”とか言わんかね」
「あ、まぁ、そうですが、私もクラトさんがちゃんと来れるか不安だったので、つい・・・」
「何が、つい、だっつーの、全く!」
一同は笑って、集合場所に向かう。
宿に入ると、バイカルノの使者が待っていた。