3-11 逃亡
クラトは砦に侵入したが、賊は見当たらない。
そのまま突っ走る。
クラトが砦の奥まで迫ると3人の賊が肩で息をついていた。
砦の後ろの森に抜ける場所。
3人ともかなりの深手を負っている。
クラトは背中を向けて出て行こうとした。
その背中に女の声が飛ぶ。
「待ちな、なんで殺さないんだい」
「必要がない」
「あたしらは盗賊だよ。盗賊が逃げる事もできないほど負けたら死ぬしかないじゃないか」
「何で盗賊なんかやってんだ?」
「ふん、この砦の連中は元々農民なのさ。5年前に国に土地を召し上げられたんだ。僅かな代金でね」「土地を失った農民は奴隷か盗賊になるしかないんだよ」
「お前も村の者か?」
「あたしは村の自警団の1人だった」
「自警団?女でか?」
「あたしはエナルダに覚醒してたからね。今は奪ったマスエナルも装備しているし、結構強化してると思ってたんだけどね」
「実際、負けた事なんか無かった。あんた凄いよ本気で」
「さ、これで分っただろう?殺しておくれよ」
「死ねば少しは世の中の為になるんだろう?あたしは盗賊なんだからさ」
「ま、最後に自分より強い男に会えて良かったよ」
クラトは震えていた。自分でも分らないまま。
国家の理不尽と懸命に生きようとする人間。
クラトは「逃げろ」と言った。
3人とも驚いた目でクラトを見つめた。
「お前らは正しくは無いが、間違えてもいない」「俺は帰るぜ。お前らは死ぬべき人間じゃない」
「待ちな、訳が分んないよ」
「俺だって分らねぇよ。俺が異人だからかな?」
「異人?あんた異人か・・・」
「とにかく逃げな。戦場だったら問答無用でぶっ飛ばすけどな」
クラトが振り返った瞬間、バイカルノたちが走り込んで来た。
「クラトさん、無事っスか!」
ホーカーが大声を出す。
ほっとした空気が流れる中、バイカルノがボウガンの照準を合わせながら、冷たい声で言った。
「クラト、どきな」
「こいつらはもう抵抗できないぜ。殺すのは無意味だ」
「てめぇの甘さにゃ反吐が出るぜ!」「戦いってのは恨みしか残さねぇんだ。そして恨みってのは損得抜きで晴らすもんだ」
「どうなる!こいつらを生かしてみろ、こいつらの生きる目的は俺たちへの復讐になるんだ」
「それは違う!こいつらは元農民で土地を国に奪われたんだ。盗賊稼業に納得していない!」
「いい加減にしろよ、てめぇも一緒にぶち抜くぜ」
「こいつら死ぬって言ってんだよ!そこまで覚悟してるんだ!やり直せる!」
バイカルノの動きが止まった。
まさに引き金を引くタイミングでジュノの声が響く。
「バイカルノ殿!待って下さい!クラトさん!ダメです、戻って下さい!」
ホーカーがバイカルノの前まで進むと、クラトに剣を構えた。
「ホーカー、俺に剣を向けようってのか?いいだろう、相手になってやるぜ」
ホーカーは剣を上段に構えつつも目は何かを訴えていた。
ホーカーが打ち下ろす剣を、クラトは剣を寝かせて受ける。
剣からは火花が飛び散り、弾かれたホーカーが剣を振るう。
クラトが受け、打ち返す。激しい打ち合いが続く。
ランクスがジュノに耳打ちする。
「おかしいですよ、この打ち合いは」
「しっ、黙って。バイカルノ殿も気付いているはずです。何も動かないのは見逃しているのでしょう」
「良いのですか?」
「指揮官はバイカルノ殿です。彼の判断に委ねましょう。それに指摘をしたら、バイカルノ殿はクラトさんとホーカー、2人とも討ち取らねばならなくなります」
「しかし」
ジュノは諦めたような楽しんでいるような、それでいて諭すような不思議な微笑みを見せて言った。
「仕方が無いですよ。クラトさんは、まだまだ異人なのです」「それに、これほど対立しても、バイカルノ殿もクラトさんも恨みには思わないでしょう」
「そういうものですか?」
「そういうものです。あの人達は」
クラトがやや押されている。力だけで見ればホーカーもなかなかのものだ。
クラトが叫ぶ「下がれ!」
賊は戸惑いながらも逃げていった。
「はッ、本当に逃がしやがった」「お前には厳罰を受けてもらうぜ」
「厳罰だと?いやなこった!」
クラトは剣を構えたまま後ろへ跳んだ。
跳びながら剣を横に払うと、腕ぐらいの樹木が何本もなぎ倒される。
誰も追わなかった。
ホーカーは泣いているし、ジュノは押し黙ったまま、ランクスは呆然としている。
バイカルノはショックを受けていた。
俺は正しいはずだ。なのにクラトは去った。
ホーカーは積極的に、ジュノは消極的に妨害した。
そして何よりも、俺自身が認めていた。賊の解放もジュノ達の妨害も。
どうなっちまったんだ俺は?
クラトと会ってからだ。俺が変わっちまう。
「くそっ!」
バイカルノは一言「帰るぞ」と言って馬車に向かった。
◇*◇*◇*◇*◇
馬車の近くまで戻ると、バイカルノは振り向いて言った。
「クラトは賊を追って森の奥へ入った。あんなバカを待ってられんから出発するぞ」
「本当にイライラするぜ、まったく」
バイカルノが苛ついているのは自分に対してだった。
「クラトさんは子供みたいだ」
ホーカーがぽつりと漏らすと、バイカルノが返す。
「あんな大剣振り回すガキがいたんじゃ危なくてしょうがねぇな。今度会ったらお仕置きと指導が必要だぜ。かなりキツイのがな」
バイカルノはクラトを許していた。
ここにサイモスがいたら気を失うだろう。
◇*◇*◇*◇*◇
「ほんとにバカだね、アンタは」
逃亡の直後、ルシルヴァとクラトはパレント郷の盗賊討伐隊に捕縛されていた。