3-9 寿命
ギルモア国バルカ郷の内務大臣ヴェルーノ卿
この老人は交渉が一歩進んだ事を感じながら次の説明に移る。
“北の戦乱”の噂は聞いているな。この戦にバルカ郷は無関係だ。
しかし、遠からず必ず巻き込まれる。
ギルモアもバルカも遥か昔からの歴史を持っている。
クエーシトなどという流民の国家や、グリファのような成り上がり国家とは違うのだ。
しかし、バルカは余りにも長く眠りすぎていたのだ。
バルカ郷も先代の殿が御存命の時には何とかなっていたのだが・・・。
我々が無能だった。いつの間にか気骨も失っていたのだ。
このままでは消えていくしかない。
儂のような老いぼれが言うなら、若い者の未来とでも言うべきなのかもしれんが、儂はバルカ郷の存続と栄光をこの目で確信したい。
その為に我が身を使いたいのだ。
お前に頼みたいのは、簡単に言えば郷の建て直しだ。
お前とお前が選んだ人間には、いづれバルカの要職についてもらう。
「何の戯言だ?」
バイカルノは言いつつも、この老人は狂人でもないし、真摯に心を吐露している事を感じた。
しかし、どうやって?この老人は大臣といっても内務大臣でしかない。
内務府は重要かつ大規模ではあるが、外部からの人間を要職につけるなど可能なのか?
「当然危険は伴うし、確約はできない」
バイカルノは確信した。この老人は一種の政変を起こそうとしている。
「ヴェルーノ卿、何をしようとしているのか分っているのか?」
「寿命なのだよ・・・」
「なに?」バイカルノが聞き返した。
「もう、我らの郷は寿命なのだよ」
「我が郷は古より、この世界を造った創造主を守る三軍神のひとつであり、その後の大戦乱“世界の混沌”で唯一血筋を守ったという神話を持つバルカ家だ」
「バルカ家が国家になる機会は過去に何度となくあったが、その時の領主はそれを潔しとせず、あくまで軍神であろうとした」「それはそれで良いとしても、長い年月は“潔い”を“甘んじる”に変えていった。気位が高く、しきたりばかりを重んじる、古臭い郷が残ったという事だ」
バイカルノは黙って聞いた。
この老人は命を賭けて語っていると感じたからだ。
そして、この老人が命を賭けるという事は、自分の命も既に賭けられている事を意味する。
あの若い男が後ろに控えているのは、返答次第では斬るという事なのだ。
しかし、そんな事はどうでもよかった。
「俺は今でこそマトモにやってるが、元々は盗賊の一味だった。そんな男でも引き込もうっていうのか?」
「ふむ、今の国や郷の王族も元を辿れば同じようなものだろう」
老人は自嘲気味に少し笑った後、バイカルノに向かうと、「どうだ」と言って目を見据えた。
「いいぜ・・・。うん、やろう」
「商人のくせに条件とか出さないのか?もっと詳しく聞かないのか?」
「利を多く取るのにリスクは付きものだ。勢いがある郷の勝ち馬に乗っても取り分は少ないだろうし、兵隊として使い捨てられるのがオチだ」
「ま、元々商人なんてガラじゃないのさ。武装でなけりゃ商売なんてやって無いだろう」「それに10や20の手下を率いて盗賊やらの相手をするのも飽きたしな」
「・・・だいたい、ここで受けなきゃ、俺の首は飛ぶんだろ?」
老人はひとしきり笑った後で満足そうに言った。
「また連絡をする。それまでランクスを預ける。好きに使ってくれ」
控えていた若い男はバイカルノの前に進むと、深々と頭を下げた。
バイカルノはランクスという若い男が優秀である事を確信した。
そして、いつでも自分を斬れるという事も。
◇*◇*◇*◇*◇
サイモスはバイカルノと酒場で会った。
この街で最高級の酒場だ。
この部屋には、老人の命懸けの意志が残っているようだ。バイカルノは珍しく高揚していた。
サイモスもこんなバイカルノを見た事がない。
バイカルノは今回を最後に武装商隊を解散させ、傭兵隊を組織すると言った。
サバール隊は引き続きサイモスが管理し、側面から傭兵隊を援護する事とした。
武装商隊のメンバーに話しをするのは荷を運んでからだ。
荷の送り先はクエーシト。
クエーシトの中心部までは入れないが、何かしら得るものがあるかもしれない。
特にジュノはこだわっているようだ。
まずは無事にこの旅を終わらせてからだ。
武装商隊の頭目バイカルノ、サバール隊隊長サイモス、バルカ郷親衛隊ランクス、クラト達護衛傭兵、武装商隊一行はタルキアの街道を北へ。
武装商隊は荷の他に新たな思惑を乗せて進む。
◇*◇*◇*◇*◇
ランクスは武装商隊の一員として旅を続ける中でこれまでにない充実感を味わっていた。
崖の上で賊との戦闘で見た事を実感する。
この武装商隊は凄い。よくこれだけの人物を揃えたものだ。
ランクスが合流した後も何度か盗賊からの襲撃を受けたが、20人程度の賊ならばジュノ、ベック、レイソンの3人で蹴散らしてしまう。
盗賊も10人程度の商隊と考えているようで、襲うにも手頃と感じているのだろうが、まさかエナルダを5人も擁し、クラトやホーカーなど戦闘力が高い護衛がいるとは思いもつかないだろう。
この武装商隊をヴェルーノ卿の下へ引き入れる事ができれば計画は前進する。
自分の任務はメンバーのデータ収集と監視だ。
ランクスは改めて考える。
武装商隊のメンバーはバイカルノに任せれば良いだろう。問題は護衛傭兵隊の3人だ。
この3人が問題なのは、バイカルノの配下ではないという事よりも、その戦闘力を含めた価値が特に高い点にある。“抜けたら痛い”という事だ。
ヴェルーノ卿が求めているのは、軍事面でも政治面でも強い意志をもって任務を遂行できる人物だ。
バイカルノは作戦立案・遂行能力に優れ、軍団長としてはもちろん、バルカ郷の軍師としても充分にやっていけると考えている。
軍師は今のバルカにおいては最大にしてデリケートな問題なのだ。課題ではなく“問題点”なのだ。今回の作戦において最も重要な部分となる。
後々バイカルノには説明をしなければならないだろう。
レイソン、グラッサーは師団長、ベック、ロキウスは年齢的にも中隊長か大隊長が適任だろう。
これで軍団が一つできあがる。
後は護衛傭兵隊をどうするか。