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エピローグ⑭ 大剣

幕舎に物見の兵が駈け込んで来た。

「隊長!斥候隊が帰ってきやした!」

「隊長って呼ぶんじゃない!」

色黒のスキンヘッドがドスの利いた声を張り上げた。


「す、済みません、中隊長・・・って、なんで中隊長なんですか?まさか合流したハルドって奴が俺達の親分、いや団長になるって言うんじゃ・・・」

「うるさい、俺が言ってるのはそんな事じゃねぇ」

「だって、つい先月までは親分って呼んでたんだし」

「盗賊みたいな事を言うな!俺達は傭兵団なんだぞ!それにな、他の傭兵団に負ける訳にはいかねぇんだ!」


背後から背の高い男が現れた。

何を騒いでるんですか。斥候から戻った部隊の報告ですか。

「あ、スパイク隊長、今日の・・・」

「私を隊長と呼ぶんじゃない!」

「ひっ」

「まぁ、しょうがないですね。私も中隊長と呼んでもらいたいですが、親分でも構いませんよ」


「おい、スパイク、そんな甘い事言ってたら緩むぜ」

「それはラバックさんも同じでしょ」

「おいおい、俺をさん付けで呼ぶなよ。しかし、俺たちもいよいよ旗揚げなんだからな」

「本当はゾロフォス団にでも入れてもらうのがスジなのかもしれませんけど」

「冗談じゃねぇよ。ラナシドのところにはラシェットの野郎がいるんだ、合流できるわけねぇだろう」

「でも、ラシェット教官が本当にあんな行動をしたとは想像できませんけど・・・」

「何て言おうと、あいつはバルカを見限って姿を消したんだ。これは裏切りだぜ?敵前逃亡の罰がなんで処刑だと思う?戦場じゃ逃げる事は仲間を撃つ事と同じだからだ。それを主席軍師の立場でやりやがったんだ。絶対ぇ許されねぇよ」

「でも、どうしてラナシドは受け入れたんでしょう」

「そんなこと知るか!」


ラバックはいくらラシェットを恨んでも、一緒に戦い続けたラナシドを憎む事はできないようだった。

また、2人のやりとりから彼らがラシェットとファトマの死を知らない事がわかる。


「おかしいですよね、ラシェット教官ならヴィア・バルカ団にだって合流できたでしょうに」「ファトマと子供達も一緒じゃないなんて・・・」

「うるせぇ!捨てられた俺達にゃ関係ない!」

「捨てられたわけじゃないですよ、戦いが終わって、私達が呆けているところに、将軍として迎えたいって旨い話が来て、ホイホイ乗ってしまったんじゃないですか」

「だ、だって、そりゃ、その時はバルカ系の傭兵団も結成されてなかったし・・・」

「将軍にでもなりゃ、クラト隊長を助ける事もできるだろうし・・・」

「部下も養わなきゃならないし・・・」

ラバックの声は小さくなっていった。

「私も同じように考えていましたが、あの乱痴気騒ぎを思い出すと、いくら良い事言っても言い訳にすらなりませんね」

「で、結局騙されてたってんだからな~」

「でも、グリファ方面軍の総長は本気で私達を欲しがっていたようですよ」

「ふん、あんなヒョウロク玉の下になんか誰がつくかってんだ」

「でも、今みたいな苦労はしなかったと思いますよ」

「うるせぇよスパイク!俺達はあのバルカの兵士だったんだぞ!突撃大隊だったんだぞ!」


俺達の隊長は誰だ!?

俺達の隊長は何て呼ばれてた!?

俺達の・・・ちくしょう!!


「今のラバックさんは自分で言ってるバルカの兵士に当てはまってないようですけど」

「なにッ、ふざけるなよ!」

「違うものは違いますよ」

「・・・ちげぇねぇ、その通りだ」

「じゃ、シャンとしましょう」

「折角新しい情報も得られたことだし」

「あぁ」


新しい情報とはハルドという男がもたらしたもの。

数十の手勢を連れてジレイト街道を西から東へ流れてきた。しかも別に300の手下を他の場所に留めているという。


そして何より、あいつはティエラ様の“割符”を持ってる。

割符はどうだか知らねぇが、あいつの話したクラト隊長はホンモノだ。

本物ホンモノ

ティエラやクラトにまつわる噂は掃いて捨てるほど出回っており、中には“自称”関係者という怪しい人物も多い。


ヴィア・バルカ団はまさに少数精鋭で最大でも200を超える事はなかった。

これは精鋭であり続ける事、機動性を重視した事、そして何より政治的軍事力を否定した結果であった。

ヴィア・バルカ団は戦場を切り裂く一振りの剣だったが、純粋に剣であり続けたのだ。

これはジュノの戦略である。

ティエラを護る事だけを目的としており、それに異を唱える者は誰一人としていなかった。いや、むしろ全ての者がそれを望んだ。ティエラは彼らの生きる目的であったのだ。

イオリアとラエリアが率いる赤騎隊がティエラの死と同時にクラト達と袂を分けたのも目的が無くなったからだ。

赤騎隊は東へ向かったという噂だが、彼女達が旧バルカ西部を北上し、ジルディオ同盟へ向かった事を知る者は少ない。


他の旧バルカ軍は傭兵団を組織して“バルカ系”と呼称され、その中でも旧突撃大隊のルシルヴァやラナシド、ヴェルーノがそれぞれ組織した傭兵団は、その戦闘力で確固たる存在感を示していた。

元突撃大隊のヴィクトールやホーカーなど主だった者が馳せ参じるなか、ラバックとスパイクは盗賊になっていたのだ。

もっとも、盗賊とはいえ、本物の盗賊から村々を守る、“自称”用心棒的な武装組織だ。

しかし、傍から見れば村々から上納金を供出させているのだから、同じ穴のムジナと思われても致し方ない。

ただ・・・

中核を為す50人はバルカ軍の生き残りで結成されており、バルカ突撃大隊の生き残り、という肩書は、彼らにプラスに働いた。しかし、同時に慢心堕落させる原因にもなった。

いつしか、彼らは気ままに生きる自堕落な集団になっていたのだ。


そんなところへ、ハルドと名乗る男から使者が訪れた。

「ティエラ団長から為すべきを為せと命じられた」という言葉を聞いた時、またニセモノだと思った。

ところが、翌日訪れたハルドがラバックとスパイクに語ったもの、それは待ちに待ったホンモノの情報だった。

ハルドがクラトにからんでノサれた話しを聞いて、ラバックとスパイクは笑いながら泣いていた。


“ホンモノだ”


それにしたって相手が悪すぎる。

クラト隊長にティエラ様、アイシャ、キキラサ

「俺なら1個軍団持ってたって、遠慮しとくよ」

ラバックのおどけた言葉にハルトは小さく笑った後、その顔に虚しさを漂わせてクラトとの再会を語った。


ティエラとの出逢いから、ハルドの命題は“組織造り”となった。

問題はどんな組織をつくるかだが、ハルドは少数精鋭を目指した。

ヴィア・バルカ団を模倣したのではない。軍経験がある彼は、数の優位さと同時に数の危うさ、脆さも十分に把握していた。

だから彼は“骨格”になるべく組織を作りあげたのだ。

しかし、運命はハルドにそれを使う時間を与えなかった。

クラト達との再会は、すなわち永遠の別れとなった。


「私はティエラ団長の命によって組織を作りました。必ずやお役に立って見せます。私達も同行させてはもらえませんか」

「だめだな」

「どうしてですか」

「お前と約束したのはティエラだ。俺じゃない」

「だからこそティエラ様のご遺志を継ぐクラト様にお仕えできればと考えています」


俺はさ、ティエラの遺志なんて持ち合わせちゃいないよ。ティエラと解り合えただけの存在さ。

ティエラを失って初めて気づいたんだな。自分がどうすればよかったのかを。

本当に愚か者だった。ま、男なんて元々そんなモノなんだろう。

もっと早く気付いてりゃ、ティエラの心そのものを継ぐ事もできたんだろうけどな。

それはイオリアとラエリアに任せたよ。

だからさ、お前は俺に付いてきちゃだめだ。


「では、私はどうすれば・・・」

「ティエラは何と言った?」

「・・・」

「それをやれよ」

「そ、そう言われましても・・・」

「それを形にする事をやれって事。何をやってもいいんだ。」

「分かりました。私は私で精いっぱいやってみます」

「そうしな。そしてティエラの言葉を忘れないでくれ。頼むぜ」


でも、私はティエラ様の為に働きたかった。

それはティエラ様個人ではなく、あの方の思想というか、上手く言葉にできませんが・・・

その中にクラト様も含まれているのです。だから私はクラト様と共にあって、少しでもお役に立ちたいと思ったんです。


「お前の考えを否定する気は無いけど遠慮するよ。お前は俺達と一緒でいるよりもっと違う事ができるはずだ」

「・・・わかりました。ティエラ様を始めヴィア・バルカの方々の記憶を届けたいと思います。その中に少しでも皆様の意志を織り込めれば幸いです」

「うん。それがお前の考えならイイんじゃないのか。しっかりやりな」

「・・・わかりました。では配下の小隊をいくつか置いて行きます」

「いらないよ。だって、お前の部下はおまえと一緒にやりたがってるじゃないか。そういう組織をつくったんじゃないか。それに俺たちは・・・」

「え?」

「いや、何でもない」


ラバックとスパイクにはハルドが語るクラトの言葉しか聞こえなくなっていた。

2人には知らない土地での出来事が、その風景も気温も、風のにおいすら感じられた。

やはりクラトはクラトだった。何年経っても2人の隊長はクラトであり、クラトは誠実な指揮官であり、恬淡な戦士であり、能天気な異人だった。

喰う寝る闘う笑う泣く

それ以外は何もない異人の戦士だった。


そしてハルドの話はクラトとの別れの場面となる。


どこへ行くんだい。

そうか、東に行くのか。

バルカ系の傭兵団と接触するつもりか。

ま、それもいいだろう。

バルカ系の傭兵団ができて元気にやってるらしいから、俺がよろしく言ってたって伝えてくれ。

でも、噂で名前を聞かない奴がいてさ、ラバックとスパイクってんだ。

俺の仲間だった奴さ。

そう、俺がこの世界に来て初めての部隊でさ、イイ奴らだったんだよ。

俺もさ、ずっとあいつ等と一緒にいたかったのさ。

一緒に飯食って、笑って、戦って・・・

でもさ、そんな事は許されないんだよ。

ずっと若いままでいたいっていうのと同じさ。

誰だってそう思うけど、許される事じゃない。

でも俺はいつだってあいつ等に助けられてたんだ。

隊長らしいことはなーんもできないで、まともに言葉も交わさずに離れちまったのさ。


もし、奴らに会ったら。

伝えてくれないか。

お前らは最高だったって。


ラバックとスパイクは座り込んで泣いた。

日は傾き、早くも日暮れに鳴く野鳥の声が聞こえる。


そこへ連れて来られたのは黒髪の少年と銀髪の少女だ。

黒髪の少年が背負ったニィカ剣は不釣り合いなほど大きく、逆光でその表情は見えなかったが、その姿はまさに異人の戦士であった。

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