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エピローグ⑫ シヴァ団

ここはジレイト街道から北上したジルディオ山脈の麓。

ジレイト街道と並行した三級街道が東西に走っていた。

私財を投げ打ってこの街道を切り開いた人物の名前から、マサラ道と呼ばれるこの街道は、森林や岩場を突っ切る形なので、少し南に二級街道が整備されてから、その利用者は極端に少なくなった。

今では整備もされなくなり、いずれ廃道になるだろうが、そうなったらなったで有効な使い方が無いわけでもない。

表街道を歩けない者の通り道、それはすなわち裏街道だ。


そのマサラ道を十代も半ばという少年が2人、最近覚えたタバコをふかしながら西へと向かっていた。

身なりをみれば、着古した第二種戦闘服と刀、一人は短い弓を背負っている。

地方の下級兵士か自警団といったところだろうか。しかし年齢が若すぎる。

国家や行政区が、十代の少年を軍務に就かせることはない。ましてや軍装のまま街道を行かせるなどありえなかった。

武装組織で行政に無関係となれば、となれば、おのずと背景が見えてくる。

彼らは間違いなくこの地域を本拠地とする武装勢力に属しているのだろう。

武装勢力は各地に発生しているが、商売をする者からみかじめ料をとったり、遠方へ出かけて行っては商隊を襲ったり、いずれにせよ盗賊団とさして変わらぬ組織が多かった。


2人ともだらしなく歩いていたが、一人がふと視線を上げて立ち止まった。

「サリフ、どうした?」

サリフという名の少年は手を挙げて制し、微かに目を閉じた。

「ホアン、この先に誰かいるぜ。しかも下品なヤツだな、こりゃ」

「下品?お前が言うのかよ」

「うるせぇよ、それよりそこの繁みから迂回して様子を見ようぜ」

2人の少年は薮を街道沿いに移動した。

「しかしサリフ、お前の耳は相変わらずすげぇな、覚醒ってヤツか?」

「知らねえよ、それよりあれを見ろよ」

「あっ、ザペイロの残党じゃないか」


ザペイロとは西大陸のザパーロと同じ意味で、蜘蛛の事であるが、ここでは毒蜘蛛を指す。

毒蜘蛛団ザペイロは昔からこの地域に勢力を張っていた盗賊団であったが、今では少年達が属する武装勢力が取って代っていた。勿論、敵対勢力だ。

それでもゲリラ的に姿を見せては盗賊行為を繰り返しているのだ。


そのザペイロ団が3人で子供を取り囲んでいた。

「おいガキ、荷物を置いて行きな」

「・・・」

「なんだ、このガキ。何とか言え!」

「不敵な面しやがって、それとも固まってるのか?」

「キシシ、びびっちまって声も出ねぇか?」

盗賊の上から被せるような言い方にも全く動じた様子はない。

衣類は汚れきっているし、孤児としか思えないような風体だ。

そんな子供が持つ荷物などたかが知れている。

しかし、少年は剣を背負っていた。

装飾の無い武骨な柄と鞘を見る限り軍用剣だ。

そのもの自体に大した価値は無くても、今日の“戦利品”として供出できるだろう。

何もなく帰ってはどやされる男たちにとって、その剣は魅力を感じるものではあるのだ。

「その剣をよこせ。お前らの命に興味はねぇ」

「キシシ、良かったな、俺達の興味が無いって事は生きられるって事だぜ」

「さぁ、剣をよこすんだ。俺たちは剣をお前から受け取っても、死んだお前から拾ってもいいんだからな」

気の利いた事でも言ったつもりなのか、盗賊は睨んだまま笑った。

剣を背負った少年が上目に投げかけた視線は侮蔑を含んでいた。

「こ、このガキ!なんだ、その目は!!」

と、その背後から、ぼそりと、しかしはっきりと声がした。


「やめときな」

「な、なんだと!?」

子供の持ち物を巻き上げようとしているところを見られたからか、男たちは狼狽えたように振り返った。

その驚きも一瞬、視線の先にいたのは、腰に刀を提げてはいるが、まだ子供と言っていい背格好の少年が2人。

「なんだ、こっちもガキか」

驚いた分だけ、怒りが増す。

「消えろ!ただじゃおかんぞ!」

「あ、こいつら!シヴァの!!」

シヴァというのは盗賊たちを駆逐した武装勢力の事だ。

シヴァ・ルエ・ゾット、「黒い牙の団」と呼ばれる武装勢力は、旧バルカ兵で構成されていると噂されていた。その噂通り、恐ろしいほどの戦闘力を発揮するが、他のバルカ系傭兵団と違って、規律も緩く行動も場当たり的なこともあって、ヤクザ者や流浪人の集団とみられている。


それにしても、ザペイロの男たちは疑問に思わなかったのだろうか。

少年たちが自ら姿を見せた理由を。

理由は2つあった。

1つは絡まれていた兄妹に自分の過去を見たから。

そしてもう1つの理由は、闘いになっても“問題無い”からだ。


「お前ら、俺達がザペイロ団と知ってて出てきやがったのか?大した度胸だ」

「キシシ、兵団が勝ったからって、でかい面すんなよ、ガキに用事はねぇ」

「ガキがガキを助けようってか?」

男たちは笑った。


シヴァ・ルエ・ゾットに所属する2人の少年の目は冷めていた。

その冷めた目が言っていた。


“ くだらねぇ、こんな下卑た奴を相手にするのは ”


2人は既に刀は鯉口を切っている。

ザペイロ団の3人は剣の柄にさえ触れていない。


“ 駄目だこいつら、3人とも死ぬな ”


刀身が午後の陽光を反射しつつ抜かれた。

もう間に合わない。


と、その時。

ザペイロ団に剣が向けられた。刀身にバルカの刻印を持つニィカ剣だ。

「なにッ?」

刀を抜いたサリフから驚きの声が漏れた。

突き出された剣が刀の軌道にあったからだ。

ザペイロ団の男は慌てて避けた拍子に尻餅をついている。


バシッ、ドスッ

刀が舞い、ザペイロ団の男たちは峰打ちを喰らって追い払われた。


男たちが去ると、黒髪の少年は剣を両手に握ったまま膝をついた。

その体は震えている。

この少年は健気にも闘おうとしたのだろうか。

賊を驚かすタイミングではあったが、賊が斬られるのを避けるタイミングでもあった。

「いいタイミングだぜ」

そう言って、水と携帯用の硬いパンを差し出した。

「よろしいのですか?」

「あぁ、俺達は砦に帰れば飯が出る。ま、美味くはないけどな」

「ありがとうございます。ただ、お返しするものがありません」

“こいつ、パンの前に賊から助けてもらった礼が先だろ”

心の中で悪態をつきつつ、歯を見せた。

「いらねぇよ、お前ら何も持っちゃいないだろ」

「これでよろしければ受け取って下さい」

袋から取り出したのはコインのように見えるが歪んで黒く煤けていた。

「何だそりゃ、どこのコインだい?そんなんじゃ1リグノの麦も買えないぜ」

「そ、そうですか。すみません・・・」

「いいよ、パンの一つや二つ。それより、俺達は話があるから、お前達はパンを食っちまいな、街道の塚石がちょうど木陰になってる」

そう言って、少し離れた塚石を指さした。


塚石に座った2人を視線の端で捉えつつ、今まで無口だった少年が口を開いた。

「ふん、薄汚ぇガキどもだぜ、金にはならないな、って言うか、ありゃ孤児だろ」

「まぁな。だからザペイロの連中も剣だけ取り上げようと思ったんだろうな」

「しかし、このままじゃ、あいつら野垂れ死にだぜ」

「じゃぁ、どうすりゃいいんだよ」

どうやら少年達はあの兄妹を救いたいと考えているようだった。


「とりあえず連れて帰って、団の小間使いにでもするか」

「ゆくゆくは盗賊の使いっ走りってか?ま、俺達がそうだけどな」

2人は乾いた笑いの後、捨てたタバコを踏み潰した。

「俺達だって、そろそろ舎弟がいてもいいんじゃないか」

「あのガキはバカじゃねぇし、素直な感じだしな。傭兵団を作って、人手も足りないし・・・話してみる価値はあるかもな」

「・・・それに、俺達だって誰かを救えるかも知れねぇんだ」

「あぁ、そうだ」

「じゃ、分隊長のところへ連れて行ってみるか」


*-*-*-*-*-*


少年は自分が拾われた時の事を思い出していた。

今から5年前、彼の住む村が盗賊に襲われた。

家は焼かれて家族と離ればなれとなった。

村に戻ると集まっていた村民から家族が死んだ事を聞いた。

嘘だと食って掛かったが、父と親しかった男が自分が埋葬したと言って少年を抱きしめた。

少年はその男に養われたが、翌月またもや賊が現れた。

最初の襲撃は手を抜いたのだ。

目に見えるものを奪えば、生き残った者は隠し備えたものを持ち出す。徹底した略奪は“次が無い”ことを示していた。

世話になっていた男は殺され、少年は逃げた。もう戻る場所はなかった。

街道を歩いて力尽きたとき、いまの武装勢力に拾われたのだ。

その時の言葉を今でも覚えている。


頭を剃りあげた男が、はじけるような笑顔で言ったんだ。

「おい、行くところが無いんだろ?だったら付いて来い。粥くらいなら食わせてやる」

俺は救われた。

望んじゃいない。満足もしていない。でも、5年もいたら離れられない。

理由は分かってる。俺には何も無いからだ。

そうさ、俺は空っぽだったんだ。そこにあの男たちが色々と詰め込んだのさ。

やらなければならない事、やってはいけない事、戦う事、守る事、生きている事、いずれ死ぬ事・・・俺の知らない事ばかりだった。

「俺は初等の3年までしか学校に行ってないんで、いつも聞いてる事はまだ習ってませんでした。中等で習う事なんですか」

男は頭を撫でまわして言った。

「俺も学校じゃ習わんかったな。・・・ま、もっとも、俺も中等には行ってないから、何を教えてるのかは知らんけどな!ははは!」

「いいんだよ、中等に行けなくたって、言うなれば人生の近道ってヤツだ」

『そりゃ違うだろ』と思いながらも、俺は笑っていた。底抜けに笑って、この隊長と出合えた事に感謝していた。

そうだ、もう俺は空っぽじゃない。


*-*-*-*-*-*


ついさっき危機を脱した兄妹は、疑いもせず塚石に座っていた。

いきなり刀を抜くような男がまともなはずはないだろう。

それなのに、逃げもせず、むしろ2人のやりとりが終わるのを待っているようにすら見えた。

少年は兄妹に近づくと、ぎこちない笑顔で言った。

「おい、行くところが無いんだろ?だったら付いて来い。粥くらいなら食わせてやる」

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