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エピローグ⑩ ニックウェル作戦

西大陸で発生したアルエス教は信者を爆発的に増やし、ついには東大陸にまでその伝播を広めた。

東大陸には神と祖先を祀る原始宗教が根付いていたが、アルエス教はそれらを駆逐してその勢力を拡大させていった。

アルエス教使徒の祖とされるアルエスという名の老教師が“全解の書”を記したとされる年を紀元とするアルエス暦は、アルエス教の伝播と協会の勢力拡大によって、この世界の統一年号として定着しつつあった。


*-*-*-*-*-*


時はアルエス暦82年

ジルキニア戦争終結から5年、ヴィア・バルカ傭兵団長ティエラ・バルカの死から3年が経過していた。


ジレイト街道を含む東大陸の北東部を勢力圏とするジルディオ同盟。その一角を成すラムカン王国へ客分として身を寄せるのは、旧クロフェナ城主のシャオルとその配下であった。


シャオル・キルジェは、ラムカンに身を寄せる客分とはいえ、ブレシアの忠臣ライゼン・キルジェの孫にして、ブレシアの崩壊後は旧北東部首長連合の前身であるジルオン連合の思想を尊ぶ者達によって構成された水面下の勢力、ヴァル・ジルオンの盟主と目された人物だ。

近くあればその力と美しさを、遠くあればその名声と戦歴を、それぞれ賞さぬ者はいないとされ、かつてガンファー動乱の際にはラムカン王のカノヴァが王位を譲ろうとしたという噂すらあるほどだ。

現在はラムカン西部にあるゼリアム城主としてギルモアのアティーレ、アジェロンに睨みを利かせている。


神聖ジェダン王国、クエーシト王国、ラムカン王国から成るジルディオ同盟は、東大陸においてギルモア王国、サンプリオス王国の2大強国が並立する中、その勢力を保っていた。

しかし、それは決して僥倖や偶然ではなかった。

それを強烈に知らしめたのが、ギルモア王国によるジルディオ同盟侵攻作戦だ。

これは“ニックウェル(6つの雷)作戦”と呼ばれ、総勢35万の大軍を6路から侵入させるという内容は、単一の作戦としては過去に類を見ない規模であった。

第1路、マバザク族3万およびラムカン系北方部族2万、計5万がジェダン北西部へ

第2路、ブレシア郷から4万がラムカン西部へ

第3路、アティーレ特区西端から4万がラムカン南部へ

第4路、アティーレ特区東端から7万がジェダン南西部(旧ウェルゼ)へ

第5路、グリファ街道から12万。

第6路、グリファのベルサ港を拠点とするギルモア海軍3万が海路で第5路に対抗する敵軍の後方に陸戦隊を上陸させ急襲する。陸戦隊を上陸させた後は、第5路軍へ兵士および物資の補充、援護を行う。


未曾有の大作戦ではあったが、この作戦にギルモア軍の両輪、セシウスとイグナスの名前は無かった。

ギルモアの首席軍師セシウスは旧バルカ王国の南部、旧メツェル城にあって、バルカ地区の復興を指揮しながらサンプリオスの動向に目を光らせていたし、一方のイグナスは旧トレヴェントのマーカス城にあって、エルトア街道、レジーナ街道、ペテスロイ街道に睨みを利かせている。

この配置で解る様にギルモアが最も恐れているのはサンプリオスであった。

ジルディオ同盟や西大陸のウルディア同盟など警戒すべき相手はあったにも関わらず、同盟国であるサンプリオスを恐れたのだ。

むしろ、ジルディオ同盟への侵攻はサンプリオスを恐れたがために発動された“背後の憂い”を除く作戦といえるだろう。


*-*-*-*-*-*


ラムカン王国ゼリアム城主シャオルの執務室。


「ミューレイ、どう見る」

「は、敵は6路35万と称しておりますが、積木のような軍でございます」

「積木?」

「はい。すなわち一つを抜けば全てが崩れるでしょう」

「その一つとは?」

「アティーレ軍です」

「ほぅ、マバザクではないのか」

「マバザクは我らが対峙するまでもありません。ムヴェカ殿は病を理由に軍を動かしてはいないご様子。勿論、病とは偽りでしょう。ジルディオ同盟にシャオル様がおられる限り、彼が軍を動かす事はございますまい。しかしながら、ギルモアとてそれを想定していないわけではございません」

「ギルモアもそこまで間抜けではないということか」

「この作戦でマバザクのみが他の軍と連携をとる位置にありません。むしろ、他5路が勝ち進む事でマバザクは動くと考えているのでしょう。」

「うむ、ムヴェカの忠心もそこまでと見ておると?」

「はい。ムベカ殿とて一国の主、いかにシャオル様を慕おうとも、国家国民を巻き添えにはしますまい。それでも彼が最後までシャオル様に付き従うというのであれば、単身馳せ参じることでしょう」

「では、ムヴェカと共に戦う機会があれば、それは滅びの時ではないか」

「いかにも」

「では負けられないのう。ブレシアは?」

「少々手間がかかります」

「そうか、手がかかるか・・・何が必要か」

「シャオル様の御旗をお借りできれば虚兵にて撃退できます」

「旗か」

「旗のみです」

「ははは、旗のみとは、なんと易きことか。東海岸(グリファ街道)は?」

「恐らく、今回の戦いでギルモアが最も被害を蒙るのは東海岸でしょう」

「ふむ、他の4路とは連携がとれぬが、それゆえに大軍であるし、海路を進む戦艦から補給と援護が得られるのではないのか?」

「クエーシトのエナルダ部隊に一蹴されます。ルヴォーグにジャナオン、カルラ、セシリアの地上部隊に加え、グラシスとイーネスのスツーカ部隊。今回は空中から敵艦船を攻撃するようです」

「空中から?たった2体で何ができるというのだ」

「いえ、増員され4体のはずです」

「大差ない。敵艦隊はサンプリオスから輸入したアビリオン級を旗艦とする大艦隊のはずだ」

「クエーシトの恐ろしさはエナルダ技術だけではありません」

「何がある」

「ザレヴィアからンプリオス海軍に派遣されていたバウリスタという将軍が、戦艦3隻および多数の補助艦船を引き連れて軍を離脱した事件はご存じですか」

「聞いておる」

「その事件で使用された対人ガス弾グルネーとは、クエーシトのサイヴェルが対エナルダ用に開発していた、エナル認識の阻害剤から派生した毒物という情報です」

「サイヴェル・・・あの男か」

「それがサンプリオスで改良を重ね、実用化されたのです」

「何と、悪魔の種はサンプリオスで芽生えたか」

「はい。それが逆輸入されたと聞いています」

「・・・クエーシトにグルネー弾をもらたしたのは誰だ?まさかサンプリオスではあるまい」

「バウリスタです」

「噂どおり食えぬ男じゃのう」

「恐らく、今後において鍵を握る1人となるでしょう」

「それにしても僅か数名のエナルダで大艦隊を阻止するなど可能なものか?」

「大艦隊とはいえ、主力戦艦の足さえ止めてしまえば退却するに違いありません。勿論ある程度の海上戦力が必要ですが、補助戦闘艦で事足ります」

「手が届かぬ場所から射掛け、毒を撒くか。変わったものだな、戦場というものは」

「はい。正義の楯とプライドの剣で戦う時代は過去のものです」

「新しい戦いなど・・・」

「しかし、勝利こそが闘争の正義です」

「わかっている、二人だけの時ぐらい、愚痴を言わせてくれ」

「は、失礼しました」

「では、アティーレをどう叩くかという事になろうが・・・」

「ベルロスを先鋒に充てます」

「クスカか」

「はい」

「異人という事だが」

「はい」

「なぜ異人とはあのような男ばかりなのであろうな」

「“あのような男”とは?」

シャオルはきょとんとした表情を見せたが、小さく笑った。

「そなたはまだ私をからかおうというのか」

「決してそのような事はございません。ただ、話しが軍事作戦から逸れそうでございましたので」

シャオルは笑った。

その表情は心からの微笑みではあったが、あまりに弱々しく感じられた。

シャオルが原因不明の病によって床に臥せってから既に数年が経つ。

病状は小康状態を保ちながら徐々に悪化しているようだ。

「思い出話のひとつやふたつ良いではないか。そのような話をする時間も限られておるというのだから」

「そのようなお話は軍師としてではなく、夫である時にお聞きいたしましょう」

「そうか、そうだな。・・・ミューレイ」

「は」

「これからも・・・最後まで私の行く道を照らしてくれよ」

「もちろんです」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ニックウェル(6つの雷)という名の侵攻作戦が計画された際、セシウスとイグナスは反対したものの、彼らの任地は本国からも遠く、決定を覆すまでには至らなかった。

ギルモアがジルディオ同盟をなめていたといえばそれまでだが、それでも主力と考えていた陸上戦力第2~4路の侵攻軍はそれぞれが援護しながら侵攻するという慎重・・さも兼ね備えた作戦だった。

軍の連携は一見当然のようだが、それは必要となった場合にのみ有効なのだ。

この3経路の侵攻軍は単独で戦う地区と合流して戦う地区が最初から決められていた。

相互援護はただの足枷となり、1つの侵攻軍の遅れは全軍の遅れになった。

そのきっかけは、ブレシア軍の撤退だった。

マバザク族の首長ムベカ・マバザクは体調不良や旧バルナウル軍残党を理由に軍を動かそうとはしなかったが、それがサボタージュであるとの噂は故意にブレシア軍に流された。

ブレシア軍は元々戦意が低かったこともあり、戦場にクロフェナの旗が揚がるや、しばらくの対峙の後、何もない方向へ弓を射ってから退却したという。

悲惨だったのは、ジルディオ山脈西からラムカンに侵攻したアティーレ特区東西の第3路軍、第4路軍であった。

この2軍は最初から合流し、今作戦の主力となる予定だったのだが、なまじ兵力を持っていたせいで突出し、気付いた時には包囲され、兵力の実に3割を損失する大損害を受けて後退。ニックウェル作戦の失敗を決定づけた。

アティーレ軍撤退のきっかけとなったのは、クロフェナ軍による急襲だった。

ラムカン軍と対峙していたアティーレ軍の側面を突くクロフェナ軍の中に、“バルカの黒い大剣”を彷彿とさせる兵士がいたという。


“オストーラ(竜の爪)”とか “オスゴルタ(竜の角)”という異名を持つ傭兵部隊の隊長で、髪には白いものが混じっているが、長大な剣で遠い間合いから斬り伏せ、アティーレ軍を混乱に陥れたという。

「これが元奴隷どもの傭兵団だというのか。まるで精鋭じゃないか、まるで・・・」

アティーレ軍の将軍は、“バルカの突撃大隊”という言葉を飲み込んだ。

それを言ったら自らの戦意が消え失せてしまいそうだから。


かつてアティーレ軍の中核だったのはラティカ軍団だが、今はイグナスに従ってトレヴェントのマーカス城に入っていた。

ギルモア最強の名を欲しいままにしたラティカ軍団だったが、その戦歴は旧トレヴェントやラムカン、ジェダンとの戦いが中心で、バルカ軍と直接剣を交えた記録はない。

むしろ現在のアティーレ軍が旧バルカと死闘を繰り広げた歴戦の軍団なのだ。

ジルキニア戦争末期、バルカ西部のネメグト丘陵においてクラト率いるバルカ軍と対峙した彼らは、数倍の兵力を有しながら戦線を膠着せたため、当初こそ非難を浴びたものの、他の部隊が壊滅に近い損失を出す中、大きな損失もなく戦線を死守、その後もバルナウル戦役やシノヴェ事変(旧エルトア南部の都市シノヴェで、サンプリオスへの併合を望んだ市民が起こした蜂起事件)で名を馳せ、その優秀さを世に知らしめた部隊である。


ところが、そのアティーレ軍が僅か数百の傭兵団に側面を突かれるやあっという間に崩壊したというのだ。

アティーレ軍の将校達は皆同じように呟いた。

「あの男はまるで・・・」


*-*-*-*-*-*


マバザクのサボタージュ、ブレシアの潰走、アティーレの壊滅、想定内想定外を含めて全てが負け戦だったが、最大の損害を出したのはグリファの2路だった。

海路を進む第6路軍は夜陰に乗じたクエーシトの飛行スツーカ部隊に指揮官を暗殺されて指揮系統を失い、強襲揚陸艦に収容されていた陸戦隊は、逃げ場のないままグルネー弾によって、まさに“虐殺”されてしまった。

スツーカ隊の夜間戦闘を可能にしたのはアイシャやガルディと同じくエナル噴射による探知能力だ。

そもそも飛行能力と探知能力はいずれもがエナル噴射を基本とする事から能力としては近いものだと言える。

活動時間が限られるスツーカではあったが、補助戦闘艦を母艦とする事で、より有効な戦闘が可能となった。

クエーシトはスツーカ部隊にその能力を持つ者がいるからこそ大艦隊に僅かな海上戦力とスツーカ部隊だけで対抗したと言えよう。


スツーカ隊有するクエーシト艦隊によるギルモア艦隊への奇襲攻撃は夜が明ける前に完了していた。

後に残ったのは海洋性オルグも寄り付かない死体の群れだ。

甲冑を身に付けた兵士は海底に沈み、甲冑を身に着けていない死体は波間を漂い、遠くグリファの南部まで流れ着いたという。


この戦いにより、東大陸で突出した軍事力を有すると目されていたギルモアも戦力の多くを消耗してしまったが、それがバランスにつながるのか、混沌を呼ぶのか、誰にも分からなかった。

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