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エピローグ⑥ ザウトゥロス団

バルゴー高原を本拠地とする傭兵団『ザウトゥロス団』

国家との関係を持たないバルカ系傭兵団の中にあって特にその傾向が強かった。

それでも組織を維持している事実がこの傭兵団の戦闘力を如実に証明している。


ザウトゥロスとは炎の竜である。


*-*-*-*-*-*


“所属不明の軍を見ゆ”の一報から四半時間(地球の30分)、慌しく戦闘準備を行う兵士を縫うように伝令が走る。

団長の執務室を訪れると、赤い髪の女騎士が振り返った。


「警戒ラインから緊急の第2報、我が方へ向けて進攻中の戦闘部隊はギルモア軍、任務は・・・」

「任務は?」

「と、討伐隊です」

赤い髪の団長は椅子にどさりと座ると視線を上げて言った。

「討伐隊?誰を討伐しようって?」

「それは・・・」

「馬鹿げた話だね、2ヶ月前に私達を雇って盗賊を討伐したばかりじゃないか」

「その盗賊から我が傭兵団に加わった者がいます。それをもって我々を盗賊の黒幕だと断じているようです」

「ますます馬鹿げた話だ。盗賊の主要人物は処刑するしかないが、他の奴らは盗賊に戻らないようにしなくちゃならない。兵士に向いた者を傭兵団で雇うってのは先方の長官が承知してたじゃないか」

「それが、その長官も更迭されているようです」

「ふん、目的の為には身内も容赦しないって?」

「敵は3師団編制の3個軍団、約1万。うち3千が騎兵です」

「うちはどれくらい動員できる?」

「はい、1,500をタルキア地区に派遣していますので、残りは1,000にも届きません。非戦闘員の護衛に残す兵力を差し引くと500程度かと」

「て事は500の傭兵団に1万か」

「はい。いかに我等バルカ=ザウトゥロス団を怖れているとはいえ、敵の動員数はあまりに・・・」

「足りないねぇ」

「は・・・?」

「足りないよ、たった1万じゃ。バルカ突撃大隊の精神を引き継いだザウトゥロス団が軽くみられたもんだ」

「た、足りませんか」

「そういえばお前は新兵だったね」

「いえ、この傭兵団では日が浅いですが、それ以前はグリファ南北戦争に従軍していました」

「いや、お前に戦歴が無いって言っている訳じゃないんだ。お前は突撃大隊を知らなかったって事さ」

「話には聞いております。数倍もの敵兵力を殲滅する伝説の大隊だったと」

「おや?伝説ってのは大げさに伝わるものだけど、お前が聞いた伝説ってのは随分と控えめだね」

「と、仰いますと」

「10倍程度の敵ならいい勝負が出来たよ」

「しかし、今回は20倍の敵です」

「はッ、敵の質が違うんだよ、今こっちに向かっている敵はタルキアで集められた兵士だ。たいした訓練も積んじゃいないし、何より戦士の肝が据わってない。すぐに逃げ出すさ。今は数が多いって事でまとまってるだけだ」

20倍もの敵を事も無げに腐す女団長は、剣術に優れ、豪快で、優しく、そして美しかった。

「ルシルヴァ団長は突撃大隊の副隊長だったと聞いております」

「ま、そのとおりだね」

「あの・・・、バルカの大剣と呼ばれた異人の隊長は、どんな方だったのでしょうか」

ルシルヴァはふと窓の外を見た。


木洩れ日が草を輝かせ、蝶が舞っている。

優雅に舞う蝶も戦っているに違いない。

戦いとは何なのだろう。

人間は何の為に戦う?

人間の戦いは蝶のそれと同じだろうか。

違うならそれは何故だ?

蝶よりも崇高な目的の為か?

考えてみれば、あの男が蝶に一番近かった気がする。

バルカの戦士である事、それ以外は何も持たなかった。

あの男が一番近かった。


「・・・あの、団長?」

「あ、すまない。お前はどんな男だったと思う?」

「あれ程の戦果を残し、強力な軍団を作り上げました。立派な方だったのだと思います」

「そうか、それはそれで正解だろう。本人が聞いたら冗談だと思って笑い飛ばすだろうけどね」

「団長はどうお思いですか」

「そうだな・・・戦場の風のようであり、街道の塚石のようであり、気まぐれな小鳥のようであり・・・」

「ど、どうしたんですか!団長!?」

「え?」

ルシルヴァの頬は涙に濡れていた。

新兵は何かを悟ったのか、頭を下げて言った。

「申し訳ありませんでした、軍務以外の話などしてしまって。私は軍務に戻ります」


新兵はドアを開けて振り向いた。

「誰に聞いてもクラト様がどんな方だったのか分かりませんでしたが、いま分かった気がします。きっと、かけがえの無い方だったのだと思います。誰にとっても、恐らくは団長にとっても」

ルシルヴァは顔を窓に向けたまま言った。

「もう行きな、敵が迫ってる。あと半時間(地球の1時間)後には出撃だよ」

兵士は頷くと、緊張した面持ちで言った。

「わ、私はルシルヴァ団長の為に戦います。団長は傭兵団の為に戦えとおっしゃるでしょうが、私はルシルヴァ団長の為に戦います。その、か、かけがえの無い方ですから!」

兵士はドアを少し乱暴に閉めると走って行った。


「ま、かわいいもんだ」


「わたしはどうしたらいいのかね・・・クラト」


クラトはいつも指し示すだけで、何も教えてはくれなかった。

庭の蝶はまだ舞っている。


◇*◇*◇*◇*◇


ザウトゥロス傭兵団が本拠地とする丘陵地に向けてギルモア東部方面軍旗下の3個軍団が行軍していた。

総軍団長はエルトアがギルモアに併合されるにあたってギルモア軍の将軍に任命されたエルトア王族の有力者だ。

彼はジルキニア戦争で前線に立つ機会がなかったので、ギルモア政府は体裁を整えるために、手っ取り早く軍功を上げさせようとしているのだろう。

今回の遠征は盗賊討伐であり、敵兵力は1000にも満たないという情報だった。

エルトア生まれの総軍団長は参謀を兼ねたギルモアの軍団長に尋ねた。

「しかし、この程度の敵に3個軍団も揃えて軍功と言えるかね?」

「は、相手はザウトゥロス団、あのバルカ系傭兵団です」

「確かに噂には聞いているが、もうバルカなど消え去ってしまったではないか。しかも最後まで戦わず四散してしまった軍だぞ」

「はい。当時としては予想外の出来事でしたが、むしろそのせいで兵士は生き残り、バルカの精神が継承されたと言えるでしょう」

参謀の言葉に不快そうな表情で返した。

「バルカの精神だと?馬鹿な事を申すな、バルカとは敵国ではないのか?お前にとってもギルモア軍にとっても。今も昔も敵ではないか。その敵の精神だと?そのような怯懦の心が兵を弱くするのだ」

「私の心にあるのが怯懦・・・ですと?」

「そうだ。常に敵よりも多くの兵力を有しながら惨敗を重ねたのがその方らであろう」


エルトア生まれの将軍はジルキニア戦争以前にも戦場へ出たことは無かった。

エルトアはその技術力と外交によって、長く戦いを経験しなかったのだ。

それは非常に幸運だったと言えるが、戦場に立つ今となっては不幸以外なにものでもない。

戦場に立った事もない相手に話しても無駄だ。

ましてやバルカやクエーシトと対峙した事もないのだ。

昨日も斥候を進言したが、まだ早いと却下された。

この将軍は敵が動かないとでも思っているのだろうか。いや、進言を容れたくないのだ。

何よりも面子が優先される人種だ。いずれ大きな過ちを犯すに違いない。

ギルモア軍の軍団長は目の前のエルトア王族が総長としては無能である事を悟っていたが、その彼でさえこの圧倒的な兵力差を疑いもしなかった。


「騎馬がいます、て、敵兵発見!!」

物見の兵の上ずった声が叫ぶように後方へ告げた。

討伐軍の総軍団長は自分の目で敵を捉えた。

数を頼みに押し込もうという考えがあったとしても、あまりにも不用意だった。

そして気付いた時には視界内まで敵に迫られている。

それは己に剣を向けた敵が数ファロという距離にいるという事なのだ。

しかし、この期に及んでも討伐隊の総軍団長は悠長だった。

「敵の本拠地はまだ50ファロ(約20km)以上先だ、しかも敵の兵力は1,000程度のはず。ここまで進出してくるとは思えん、確認して来い!」

「総軍団長!旗が!」

「どうした」

「炎の竜、ザウトゥロス団の旗です!」

「なぜだ!」

敵との遭遇戦を想定していなかった総軍団長は一瞬混乱した。

「なぜこれほどの寡兵をもって平原で戦う?」

突然の会敵、しかも対エナルダのロングボウガン隊が遅れている。この先の森でロングボウガン隊と合流する予定だったのだ。


しかし1万の兵を有しているという事実が混乱を収めた。

敵は高ランクのエナルダを数名抱えていると聞く。本拠地でゲリラ的な戦いを展開されるより、大兵力を有効に使える平原ならば、いかにエナルダといえど圧殺できる。

「しかし、敵が進出してくるにしても、なぜ森に拠らない?兵力に劣る軍がどうして地の利を得ようとしない?」


答えは簡単だった。

ザウトゥロス団は兵数に劣ろうとも戦力に劣るとは考えていないからだ。本拠地でゲリラ戦を展開しない理由も非戦闘員の被害を考慮したに過ぎない。

討伐隊がロングボウガン隊と別に行軍している事も事前に掴んでいた。

そして、地の利は十分にあったのだ。

ルシルヴァがこの地を選んだ理由。

この地域は緩やかな起伏が連続する土地で、この場所は緩やかな斜面になっている。その斜面の上地に陣取ったのだ。

これは突撃の勢いと軍勢を多く見せる点で有効に作用した。


「よし、ヴィクトールは200で後方から押しあげてくれ、私が100の騎兵で突っ込む。残りの200騎は100づつ左右で待機、機を見て敵の外側を舐めるように走れ、無理に敵を討つ必要は無い」

ルシルヴァの右手が上がった。

「全軍!横列展開ッ!突撃部隊は私についてきな!」

上げられた右手が前に振られた。

「突撃ぃッ!!!」


討伐軍はそのまま進軍を続け、もうザウトゥロス団との距離は2ファロ(約800m)も無い。

横に広がったザウトゥロスの軍勢はその数を実数よりも多く見せた。

「む?敵は意外と兵力があるようだ。まさか他の傭兵団と連携したか?」

そのザウトゥロス団から一群の騎馬が砂煙を立てて迫るのが見えた。

「き、騎兵!突っ込んで来ます!!」

「全軍停止!食い止めよ!最初の一撃だけでいい!」

「重装歩兵を前に!壁を作れッ!」

しかし、この命令が軍の配置を混乱させた。

緩やかとはいえ上り斜面で重装歩兵がもたつき、それを見た騎兵は重装歩兵の前方を空けるべく左右に避ける。

丁度その時、広がっていたザウトゥロスの騎兵が一本の槍のようになって突っ込んで来た。

先頭は兜から赤い髪を流した騎士。

その両脇を深緑色の騎兵がピッタリと寄り添う。


「ルオング、ラクエル、隊員には走り抜けるだけにして敵を討つなと言ってある。その分お前達が敵を討て。ただしスピードは落さないよ、しっかりやりな!!」

『はいッ』

右翼の討伐軍騎兵に突入し、そのまま突き抜けた。

左翼にいた兵士は敵騎兵が突き抜けた事も分からない。

そこへ背後からザウトゥロス騎兵が突入していった。

重装歩兵を前進させるために避けた騎兵が隊列を組む前にザウトゥロスの左右の騎兵が突入する。騎兵の混乱は歩兵を巻き込まずにはおかない。ギルモア軍は大混乱となった。

そこへヴィクトール率いる重装歩兵が殺到する。

そこには信じられない光景があった。

1万ものギルモア軍は、正面を200の重装歩兵に抑えられ、左右には各100騎、僅か400の敵に包囲されてしまった。

その中で100騎の騎馬隊が狂った龍のように暴れまわっている。

この時点で完全に勝負はついた。

この後は、今後の対応を考えた攻撃となる。

「そろそろ潮時だね、引き上げるよ!」

「団長、討ち取った数は多くありません。追撃を加えれば大きな戦果が得られます」

「ルオング、私達がギルモアとまともに戦ったら骨も残らないよ。ギルモア軍の被害が小さいうちに私達が引っ込めば、盗賊を追い散らしたという報告もできるだろう」

「しかし・・・」

「思いっきり戦いたいなら傭兵団は務まらないよ・・・でもこのままじゃあんまりだね。もう少しだけ教えてやるか。バルカの恐ろしさを」

「はい!団長!」

ルシルヴァは不敵に笑って、右手を上げた。

「よし!もう一度突っ込む!遅れるんじゃないよ!」

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