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エピローグ① ベルロス兵団

ジルキニア戦争は直接または間接的に各地に大きな影響を与えた。

ジルキニア戦争の末期に発生し、バルナウルを滅亡させたの戦い。

この戦いは西大陸の蛮族戦争やジルキニア戦争の一部と捉えられ、バルナウル戦役と呼ばれた。

バルナウル王国は東西大陸の戦争勃発により、その戦略を混乱させていた。

戦闘中の西大陸から兵力を東大陸に移動して西大陸戦線に不利を招き、慌てて兵力を戻したところを今度はギルモアから攻められるという有様だった。

苦戦のバルナウル軍の中にあって善戦を続けていたベルロス兵団ではあったが、損害が大きく、バルナウルの首都ブレイザク陥落に前後してカシュカ姫を守って南東方面へ脱出。

しかしバルナウル王国滅亡を聞き、クスカもついに軍事組織の解散を決断するに至る。


*-*-*-*-*-*


カシュカ姫は妻子と共に信用できる人物に託した。

ベルロス兵団の保有する金品、といってもたいした額ではないが、隊員に分け与えた。


「今日まで良く戦ってくれた。バルナウルはもう終わりだ。今日、この時をもってベルロス兵団は解散とする」

誰も顔を上げなかった。全員が俯いたままだった。


ゼリアニア人が蛮族戦争と呼ぶ戦いでベルロス兵団は壊滅的な損害を蒙った。

同盟のヴァリオンもランパシアも善く戦った。軍師は優れているし猛将も揃っている。

一つ一つの会戦で負けた事は無かった。

しかし戦いに勝っても、損害はゼロではない。

そして一旦崩れるやベルロス兵団は隊員の7割を消耗していた。

今では僅かに600名ばかりが残っているだけだ。

分隊長のアムドは戦死、ギルナムは一隊を率いてバルナウル本国軍のシルド将軍と共にランパシア攻防戦に派遣されたが消息は不明だ。

派遣部隊が戻るどころか伝令が届く前にあの兵団が押し寄せてきたのだ。

“ゼリアニア市民兵団”

戦場にいる全ての人間が殺された。


沈黙の中で、不意にナシカが立ち上がった。

「隊長、俺達はバラバラになってはダメです」

「俺たちは軍隊だぞ、しかも正規兵でもない」

「正規兵ではないからこそ自由だとは思いませんか。俺たちの戦力を欲しがる勢力はあるはずです」

「ヴァリオンにでも飛び込んでみようってのか?ナシカ、お前ならどうする」

「私はジェダンかと」

「はははは、ナシカ!面白い冗談だな」

勿論、クスカはナシカが冗談を言ったとは思っていない。

「俺達が東大陸で唯一戦った相手がブレシアのクロフェナなんだぞ、今やジェダンはクロフェナの庇護者だ。それにジェダンに入るならギルモア領を横断しなきゃならん」

「手は打っています」

「どんな?」

「密偵をラムカンに送りました」

「00小隊、あのエナルダ達か?」

「はい」

ナシカは自分の隊に配属されたエナルダを戦闘戦力とはせず、伝令部隊として活用していた。

これはエナルダの温存と指揮系統の強化に努めた結果である。

ナシカはこのエナルダ部隊に小隊番号00を与え、通常戦力から完全に分離させたのだ。

すでに3個小隊規模になってはいたが、今でも00小隊と呼ばれている。

これが後にビアク隊と呼ばれる、ベルロス兵団のエナルダ部隊だ。


「お前の00小隊はベルロス兵団を何度も救った。もしお前が00小隊を作っていなかったら俺達は全滅していただろう」

「それは私の隊にエナルダを優先して配属してくれた結果です」

「お前が何かをしていたからな。材料ぐらいは協力してやろうと思っただけだ」

ナシカはこの隊長にめぐり会った幸運に感謝した。

ほころびかけた顔を引き締めて訊ねる。

「クロフェナの参謀であるミューレイ殿はご存知で?」

「名前は聞いた事がある」

「その副官のクロファット殿と接触を持ちました」

「ほぉ、ジェダンからはだいぶ遠いな。ジェダンの同盟国であるラムカンに亡命したジルオン派の参謀の、そのまた副将か・・・」

「実はクロファット殿の姉から接触を始めたのです」

「お前が居てよかった。俺にはそんな面倒な事はできないからな。しかしクロファットの姉から入り込むとはな」

「は、密偵も女ですので」

「あいつか」

「はい、恐ろしい奴です」

「おいおい、自分の妹を化け物みたいに言うな」

「今では感謝しています」

「それでいい。パミラには感謝の言葉だけにしておけよ」

「えぇ、ああ見えて結構気にしますからね。それより隊長から“よくやった”と言ってもらえれば何よりも喜ぶでしょう」

「わかった、憶えておこう」


◇*◇*◇*◇*◇


バルナウルはギルモアと不可侵条約を締結していた。

しかし、北の回廊からゼリアニア兵が雪崩れ込んで来た時、バルナウルの援軍要請に対し、ギルモアが行ったのは、一方的な条約の破棄と宣戦布告だ。

エルトア街道を利用したギルモア軍は瞬く間に首都ブレイザクまで攻め入り、バルナウルは腹背に敵を受けて一気に滅んでしまった。

首都ブレイザクをギルモア軍が、商業都市ノア・バラゼナをゼリアニア軍が、それぞれ占領下に置き、両国によって北の回廊が管理される事となった。


ギルモアは水面下で手を結んだサンプリオスを通じてゼリアニアと密約が交わしていたのだろう。

バルナウルの滅亡によって東西の大陸はゼリアニア諸国とサンプリオス、ギルモア、両国の勢力が全領土の8割を占めるに至った。


「ナシカが言うように、俺達は正規軍ではないし、今さらバルナウル軍を名乗って追われる必要もない。傭兵団でも作るか。ラムカンを頼るにしても野良犬じゃ困るからな」

「私は隊長について行きます。他の連中もそうでしょう」

「名前は面倒だから“ベルロス傭兵団”でいいな?」

「私に異存はありません」

「よし、やろうか傭兵団」

歓声が上がった。


*-*-*-*-*-*


状況は変わらずとも目的が見えたせいか、兵士達は落ち着きを取り戻して野営に入った。

焚き火を前にナシカと今後について語った。


ここにいるのは奴隷と兵士しかやった事がない連中だ。

今更、畑を耕したり、商売をしたり、そんな事などできはしないだろう。

恐らくは生活に困って盗賊でもやるようになる。そして討伐されるに違いない。

少しでも長生きさせてやりたい。

血を繋いでいけるよう家族を守ってやりたい。

そして誇りを持って死ねるようにしてやりたい。

女子供には動ける負傷兵をつけて戦場から避難する市民に紛れこませた。

行き先はギルモアのマバザクとの国境、シェンリー川だ。

これはノア・バラゼナで知り合った商人に依頼した。

費用の半額に相当する手付金にほぼ全財産をはたいた。

その中にはカシュカから援助された金も入っている。

残りの半額もカシュカを頼るしかないだろう。

それを考えるとクスカは憂鬱だった。

カシュカは亡国の姫君だ。もはや何の力も無い。

放り出されたら、持っているものを奪われて愛妾にでもなるのが関の山なのだ。

だから守ってやる代わりに金を要求することも可能だ。

しかし、クスカにはそれが出来ない。

「俺という男の底はその程度だ」

ナシカは“隊長がそれをやったら、むしろ底は浅くなる”と思いながら言った。

「カシュカ様には恩義があります。この恩義を捨てるくらいなら我々は傭兵団ではなく盗賊になった方が良いでしょう」

「ほぅ、聖人のような言葉だな。俺達は元々奴隷だったんだぞ、今更体面を気にするというのか?」

クスカの言葉にナシカは微笑んだ。

「私が隊長からもらった最も大きなものは誇りです。市民権でも副官の地位でもありません。だから私は戦えるのです。他の連中も・・・」

「分かった、もういい。さっきのは冗談だ」

慌てたように言って、追い払うように手を動かした。

この異人の隊長はこういった場面が苦手なのだ。


「そろそろ歩哨の交代の時間です。ちょっと見てきます」

「ああ、頼む」

立ち上がったナシカはタバコを踏みつけるように消すと、刀をベルトに差しながら言った。

「もしベルロス兵団が独立勢力を目指すなら、カシュカ様は良い旗印になるでしょう」

一礼して巡回に向かうナシカの左腕に巻かれた包帯が風に揺れた。


*-*-*-*-*-*


簡単な幕舎に灯された小さなランプの光がクスカの横顔を照らす。

明日から忙しくなるだろう。


隊員の家族を託した商人と落ち合う場所はシェンリー川上流の街パルヒムと決めた。

シェンリー川を渡ればマバザクだ。

距離は長くなるが、マバザク、ルチアナ、マヤサラを経由してラムカンに入る予定だ。

これはミューレイからの指示で、バルナウル国境からはマバザクのガンファーまでマバザク族の案内がつくようだ。その後は改めて連絡が来るだろう。

それにしても、旧クロフェナの勢力は侮り難いものがある。

わずかな期間でここまでの準備を整えるとはミューレイが優秀なだけではあるまい。マバザクの協力を引き出したシャオルの力だ。亡命者の身ながらここまで出来るのか。

クロフェナに臣従する姿勢を崩さないマバザクの領主も若いながら大したものだ。

クロフェナが急襲されたとなれば軍を動かしてもおかしくないところだが、手遅れと知るや隠忍自重してクロフェナの一勢力として存続し、亡命したクロフェナを援ける存在となっている。

「惜しいことをしたな」

時期さえ誤らなければクロフェナが一つの勢力として自立する事も可能であっただろう。

しかし今の状況で俺達を受け入れる真意は・・・。

まぁ、どちらせによ俺達に選択権は無い。


そういえばシェンリー川で戦った傭兵は生きているだろうか。シャオルが死んでいればあの男も生きているはずもなかろうが、シャオルが生きている以上、生きている可能性はあるだろう。

もし生きていたら挨拶代わりに打ち合ってみたいものだ。


クスカはあの時の感覚を思い出していた。

瞳に強い光を宿したあの男はこの世界の人間ではない。

言葉すら交わしてはいないがはっきりと分かる。

あの男はエナルダが発する圧力を感じさせなかった。

この世界の人間でエナルダでもない限り、あれ程の力を持つはずがないのだ。

あの男を考えると不思議な感覚に陥る。

それは戦った日から変わらず残っている。


ふと我に返る。

今はベルロス兵団のラムカン入りに全力を傾ける時だ、過去の出来事に想いを馳せる時ではない。

何はともあれ急がねばなるまいが、ギルモアの動きも首都ブレイザクを落としてから鈍くなった。

ゼリアニアと北の回廊の取り扱いについて交渉でもしているのだろうか。

この動きの鈍さは、この作戦にセシウスもイグナスも参加していない事を物語っている。

あのどちらかが参加していたらマバザクをギルモア領などとは考えまい。


そしてゼリアニア勢力。ギルモアとの協定があるのか、ノア・バラゼナの占領後、ぴたりと進軍を止めた。

蛮族戦争でゼリアニア兵の残忍さは十分に味わった。

そのゼリアニアの影響力がサンプリオスにも及んでいる。

しかし、その実情はアルエス教会だ。その力は目に見えない形で拡大を続けている。

ギルモアは西大陸には不介入として、東大陸をサンプリオスと二分するつもりだろう。


クスカは膝に落ちたタバコの灰を払いながら呟いた。

「どちらにせよ、俺達の生きる場所はないのかもしれんな」

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