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19-11 見習兵

ヴィア・バルカ兵団は市民から熱烈な支持を得ていた。

神話にも登場するバルカの精神を受け継ぎ、奇跡的な戦勝を積み重ねたバルカ王国。

その末裔にして亡国の女王ティエラ。

そしてティエラに付き従うは、異人の剣士、青騎士、赤騎隊という錚々たるメンバーだ。


ヴィア・バルカ団の陣には食料や武具を献じる者、兵士として傭兵団への加入を求める者で引きも切らない。

市民が次々と美味な食物や美麗な服飾品を献じるので、むしろ戦場の食卓の方が豊かであるほどだった。

刀鍛治や甲冑職人は争って武具を献上した。自分の献上品がヴィア・バルカ団で使われれば名が売れるからだ。

とはいえ、市民や商人、職人がティエラ団長に会える事は少ない。

それは勿論、暗殺を警戒しての事だ。

しかし、ティエラは気ままにふらっと街に出たりするのでイオリアやラエリアは気が気ではない。


先日もクラトを連れて市場へ果物を買いに出かけ、ジュノは小言を言わねばならなかった。


*-*-*-*-*-*


日よけ用のフードを目深に被った女と刀を吊った男が市場の店先を覗いていた。

「お、美味そうな果物があるな」

「らっしゃい、それは一応置いてはあるけど貴族用だよ」

「貴族用?」

「そうだ。バレンモアと言ってな、ローヴェ(東大陸南端の国、現在はサンプリオスの行政区)の高原でしか採れないものだ。味はまぁまぁってところだが物珍しさも手伝って値段は高いぜ。おたく達が口にするような果物じゃないよ」

「このバレンモアは少々小さいな」

女の言葉を聞いて店の主人は少々驚いた。

確かにこのバレンモアは小ぶりだ。しかしそれでも市民が口に出来るような値段ではない。

「バレンモアを食った事があるのかい?」

「いや、匂いが苦手でな、あまり好まぬ」

気取ったしゃべり方をする女だと主人が思ったもの無理はない。

女は鎧下のようなズボンを履いてローブも粗い布だったし、連れの男も金があるようにはとても見えなかった。

ただその声は身構えてしまいそうな力を持っていた。フードに隠れて顔は良く見えないが、形の良い赤い唇が見える。

その美しい唇が連れの男に尋ねた。

「この木の実はなんじゃ?」

「分からん。おいオヤジ、これは何だ?」

「それはニセグリエスの実だよ」

「ニセグリエス?」

「グリエスの偽物って事か?」

「まぁ、そうだね、グリエスに似てなくもないからそう名付けられたんだろう。ただ、グリエスの実よりも美味いよ」

「偽物なのに本物より美味とは面白いの」

「ひとつどうだね、つまんでみないか」

差し出されたのは種を抜いて乾燥させたニセグリエスの実だった。

「どれどれ・・・お、これはウマイ」

「こちらもどうだい」

「これは?」

「これは抜いた種を焙ったものだ」

「これもウマイじゃんか」

「だろう?グリエスの実は飢饉でもない限りこんな食べ方はしない。種を焙煎してお茶にするのがせいぜいってなもんだ」

傍らで少し口にしていた女がぼそりと言った。

「これは少々ヤニ臭いな、種の方はいくぶんマシだが」

「なに言ってんの、ウマイじゃんかよ」

「クラトの舌は信用できんな」

その名前を聞いて店主の顔色が変わった。

「・・・まさか、あんた、いや、あなた様は・・・バルカの・・・黒い・・・」

「あ~ぁ、ティエラが俺の名前を呼ぶからバレちまったじゃんか」

「え゛ぇ~!!ティ、ティエラ様!?」

「むぅ、クラトが私の名前を呼ぶのでバレてしまったようだの」

「ティ、ティエラ様にクラト様?あのバルカの?赤い旋風と黒い大剣?」

「ははは、今は魔女と悪魔なんだよね」

「これ、それはゼリアニアの者共の呼び名じゃ、私は好まぬ」

しばし呆然と目を瞠っていた店主は両手を握り締めて空に叫んだ。

「ティエラ様!クラト様!お2人が俺の店に来てくれるなんて!!」

市場中がどよめき、あっという間に人だかりができる。

「あ、バカ、やめろよ」

「すみません、つい」

「ついじゃねぇよ、全く。ティエラ、帰るしかないようだぜ」


*-*-*-*-*-*


「思えば私が姫であり女王であれたのはバルカ市民のお陰であった。この市民らも何らかを支えておるのだろう。ただ我等は戦しかできぬ。あの者らにとっては迷惑なだけであろうな」

「迷惑だけでもなさそうだぜ。俺だってそうだった。拠り所っていうか、よく分からんがバルカに救われたんだ」

「そうか、それは良かった。私の気持ちも少しは救われる」

ティエラの瞳はいつになく優しかった。


◇*◇*◇*◇*◇


ヴィア・バルカ団が配置された戦線は膠着したまま半月が経過した。

敵が動かない事に業を煮やしたティエラは積極的に打って出た。

地形を上手く利用した敵の守りは堅かったが、徐々に防塞が崩され、いよいよ決戦も間近とみてとれた。


その決戦の前日、ティエラはジュノから入団希望者についての報告を受けていた。

ヴィア・バルカ団に入団を希望する者は多いが、まず軍事訓練に参加させるとほとんどの者が脱落していく。

訓練を経験してなお入団を望む者は、まず使用人として契約され、馬の世話や洗濯、料理など雑用の仕事が与えられる。


その後、輜重部隊に配属され、食料や装備の運搬、駐屯地や防塞の構築などが任務となる。

いくら優れていようといきなり戦場には出さないのだが、輜重隊に配属された頃から戦場に出向き、軍事訓練も本格化する。

今回、何十人もの応募の末に残ったのは僅かに4名だ。

その中に美しい少年がいた。

ジュノが「ルオングやラクエル以上」と絶賛した者だ。

能力が高いだけでなく、つまらぬ雑用も黙々とこなすし人当たりも良かった。

彼は瞬く間に信用を勝ち得ていた。


「どうでしょう。兵士に加えてはいただけませんか。よろしければ私の配下に」

「しかし、年齢が若すぎよう」

「年齢は17歳。特例法に照らせば十分に資格はあると存じます」

「特例法とは、あの“エナルダ特例法”の事か?」

「はい、あれだけの才能です。それに戦術、戦略にも才能を示しておりますし、将来有望な人材となるでしょう」

「ジュノ、エナルダ特例法とはヴィア・バルカ団の法ではない。バルカ王国の法だ」

「それは存じております、しかしこの才能は惜しい」

「お主の従者としておけばよいではないか」

「本人も強く望んでおりますので、どうか願いを叶えてくださいますよう」

「本人が戦場に出る事・・・・・・を望んでおるのか?」

「はい」

「ジュノがそこまで申すのなら、良いだろうが・・・」

「は、ありがとうございます」


しかし、後にティエラは遠目に少年を見るなり言った。

「あの者を戦場に出してはならぬ」

「何をおっしゃいますか」

「あの純粋さで戦場に立つなど考えられぬ。何か決定的なものが不足しているか、もしくは余計なものを持っているか。あの者は・・・」

“あの者は狂っている”最後の言葉をティエラは飲み込んだ。

「何はともあれ兵士としてはならん、輜重隊からも外すがよい」

ティエラは少年の排除を求めていた。

「なんと、それは入団を認めぬという事でしょうか」

「そうだ」

ジュノの視線はティエラではなく、遠くで作業に励む少年に向けられていた。

「・・・承知しました」

ジュノもあの少年には何かを感じているようだった。あまりの逸材に見過ごしていたが、ティエラの言葉でその違和感をはっきりと認識したようだ。

あの少年はある意味完璧な人間だった。戦士としても市民としても完璧だった。

しかし、この世に完璧などない。

完璧とは虚偶か偽りでしかないのだ。


*-*-*-*-*-*


エリオスは傭兵団の人員管理官に呼び出された。


「エリオス見習兵、君の入団は承認されなかった。直ちに我等の駐屯地から離れたまえ」

「・・・残念です。しかし、入団は叶いませんでしたが、使用人としての契約が3日ほど残っております。それまではしっかりと働きます」

「残った3日分の賃金は支給される。残って働くには及ばない」

「私はヴィア・バルカ団で戦いたいと望んで此処に来ました。子供のころから1人きりで生きてきた私にとってバルカの精神とは憧れであり心の拠り所でありました。ですから無給であろうと少しでも此処に留まりたいのです」

「しかしな・・・」

「もし働けないのであれば賃金は受け取れません。何もせずに報酬を得る事はバルカの精神に反しますから」

この少年が優秀だと感じていた管理官は、少年の言葉を健気に思うと同時に、望みを叶えてやりたいと思った。

しかし、ヴィア・バルカ団の規律を個人の意見、ましてや感情で左右するわけにはいかない。

「これは規則なのだ。残りの3日間は傭兵団から離れているべしという命令を受けたのと同じ事なんだぞ。お前のような優秀な者がなぜ認められないのか俺には分からん。しかし、俺には俺の任務がある。どうにもならん、分かってくれ」

管理官は普段の話し言葉に戻って、精一杯の説得を少年に伝えた。

「あなたのようなバルカの戦士に優秀だと認められた事は私にとって救いになるでしょう。では、あなたの言葉に従って本日でおいとましますが、夕刻までいつもどおり仕事をします。それを果たして私はここを離れる事にします」

少年は人員管理官の言葉を待たずに仕事へ戻った。

管理官も“直ちに”という命令を自分の中でうやむやにした。

伝えたのが夕刻だとしたら同じ事じゃないか。

管理官はそう考えて見逃した。


少年は途中であった食料品の検品を行いながら思った。

“私は鏑矢なのだ。第2の矢が赤の女王を撃ち抜くだろう”

少年は初めて自分の任務を理解し、直ちに行動を開始した。


管理官は見逃した。己の任務を、少年の意図を、アルエス教会の謀略を。

そしてティエラをはじめジュノやイオリアも命令は完遂されるものと確信していたのだ。


*-*-*-*-*-*


明るい色の髪に柔らかい笑顔。

彼はエナルダだ。

美しい大きな皿に盛られた果物を運んでいた。

果物には“ティエラ殿へ、セリオリア自ら撰す”と書かれた札が乗せられている。

セリオリアとは熱心なアルエス教信者として知られるエルトア行政長官の夫人だ。

このような要人からの贈り物は珍しくはなかったが、アルエス教会とティエラは本来仇敵だ。国を挙げてアルエス教会を支持するエルトアにあって、ティエラへの贈呈とは違和感がある。

しかし、ティエラは市民の人気が高く、その背後には幾万ものバルカ系傭兵や市民の協力者がいる。エルトアにとって、少なくとも敵ではないというアピールは政治的な見地から必要なのかもしれない。


美しい少年はいつものように・・・・・・・ティエラの許へ贈物を運ぶ。

見事な果物と掲げられた札が要人からの贈物である事を示している。

誰もが少年の進む道を空けた。

進む先にはティエラがいる。


少年のベルトにはサーベルが隠されていた。

このサーベルはドゥカルタと呼ばれる暗殺剣で、3枚の薄い刃から出来ており、1枚1枚はベルトに沿ってたわんでいるが、一度引き抜かれるとそれぞれに施された凹凸がかみ合って1本のサーベルになるのだ。

材質はフィルディクス、ティエラが身に着けた指揮官用の軽装鎧など何の役にも立たないだろう。


改めて目を向けるとジュノが兵士を連れて離れていくのが見えた。

クラトもいない。

もし、光の矢が目的を果たしてしまったなら、影の矢はどうなるのだろうか。

生き延びる事ができるのだろうか。また新たな任務を与えられるのだろうか。

エリオスには、それが幸運にも不運にも思えた。

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