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18-8 光の矢

2人の少年が闘っている。

防具の類は何も身に着けていない。

得物は長剣と防御剣だ。

防御剣とは相手の剣を押さえ込む鉤がついている短剣で、使用目的はマインゴーシュと同じだ。


やがて1人の少年が斃れた。

闘いに勝利した少年が膝を着いて斃れた少年の手を取り、赤い札を握らせた。

2ミティ×10ミティ(約3㎝×15㎝)の札には“汝は幸いである”と記されている。

「安心してくれ、僕は必ず君を救う」

「信じているさ。僕だけじゃない、僕らに倒された14人も同じように信じているだろう」

「安心してくれ、僕は君達15人を必ず救う」

斃れた少年は声にする力も残っていないのか、目を小さくつぶって返事をした。


「太陽の輝き、光の矢、蜘蛛の検分、サソリの針」

「盲目の蜘蛛、愚かなサソリ、東の龍、光の矢」

「太陽から出でた光の矢、赤の女王を貫け」


跪いた少年の祈りが終わる前に斃れた少年の命は消えていた。

少年は最後の友人の亡骸を森へ埋めた。

墓標も何も無い墓が15並んだ。

最後まで勝ち残った彼は4つの墓を掘った事になる。

16人の少年達は信じていた。

最後に残った仲間が任務を果たせば全員が中空の楽園に復活できる事を。

少年達は信じていた。

最後に残った仲間は任務を完遂する事を。


選抜が終わったらノア・バラゼナ(ゼリアニアの言葉で“新しいブレイザク”の意味)を経由してギルモア王国エルトア行政区(旧エルトア王国)の地方都市ロザーナへ向かう事になっている。どんなに急いでも10日はかかるだろう。

ロザーナのどこへ行くのかは聞いていないが、自分達が向かうとすれば教会をおいて他にない。

名乗るのは一言だけ。

“光の矢”


◇*◇*◇*◇*◇


「光の矢がロザーナに向かいました」

「そうか、誰が・・・いや、エリオスだろう。あの者は抜きん出ていた」

「ご明察でございます」

「私はな、よりによってと思っておるのだ。そもそもエリオスを16人に加えるべきではなかった」

「何故でしょうか。仰るようにエリオスの能力は抜きん出ております」

「任務とはお前が言う能力だけで遂行するのではない」

「と申しますと」

「鋭い針は細く、鋭利な刃は薄い。異能とは必ず脆さを内包しているものだ。東の竜のようにな」

「東の竜たちを使っての暗殺は困難なのでしょうか」

「あやつ等を暗殺に用いないのは、我等アルエス教団への無用な嫌疑を避けるためだ。教団の名前が漏れるやもしれん。能力は高くとも、所詮は“白札信者”だ」

「はい」

「その脆さゆえ、異能の者は間隙を衝かねばならぬ。間隙を衝く者とは名前も顔も無き者でなければならないのだ。ほんの僅かな違和感すら命取りとなろう」

「旅人は旅人でなければならず、馬飼いは馬飼いでなければならない。ごくごく当たり前にそこに居る、記憶に残らない者でなければならない。お前は昨日の特別礼拝に来た者の顔を覚えているかね」

「は、ほとんどは」

一瞬の後、老人は小さく噴き出して笑った。

「憶えておるのか、半時間の間に300人は下らなかったはずだ」

「・・・」

「例えにならなかったな。お前の能力ならばそうだろう。しかし全員は覚えておるまい」

「はい」

「その憶えられなかった者でなければならないのだよ。お前のような異能者の目にも映らぬ者でなければならないのだ。光の矢は」

「しかしエリオスの能力をもってすれば仕損じる事もないでしょう」

老人の目がぬめるように光った。

「あの者は・・・美しすぎる。光り輝く者を撃つのは常に影の者だ」

美しいが故に目を引くというのか。

「赤の女王が好色であればよいのだがな・・・」

「・・・」

老人は低い声で笑った。


◇*◇*◇*◇*◇


教会を訪ねると、応対に出た神父は穏やかな表情の中に警戒と嫌悪を隠していた。

市民には慈父と慕われる神父も1枚皮を剥げば猜疑心の塊でしかないのだ。

「神に擁かれる者はその印を示しなさい」

この印とは教会から信者に与えられる札でサッハニと呼ばれる。

少年が提示した信者の札サッハニを見た神父の顔が歪み、ぎこちない笑顔を作られた。

札にはは赤く、金色のラインが3本入っていた。

これは教皇が自ら最高の評価を与えたもので“オルドゥカ”と呼ばれる。


信者に与えられるのは札は白と赤の2種類がある。

白い札は一般信者、赤い札は教会関係者のものだ。

そして赤い札の裏には“黒”“銀”“金”いずれかの細い線が1本から3本入る。

3色の意味は教会関係者なら誰でも知っている。

金の3本が最高位。

現在この札を持つ者は一部の大司教だけだ。

アルエス教の組織体制は通常以下のようになっている。

教皇:全アルエス教会の最上位者

枢機卿:教皇に助言する、国家でいう賢人会のようなものだが名誉職といえる階級。教会の直接的な組織とは区別され、国王や領主が名前を連ねる。

大司教:国のアルエス教会の最上位者。

中司教:郷や行政区のアルエス教会の最上位者。

司教:地区に置かれたアルエス教会の最上位者。

司祭(神父):各教会の最上位者。

助祭:司祭を補佐する者

大司教とは“裕福な資産”を持ち、“難解な教義”を修め、“長年の奉仕”を実践し、“昇進の競争”に勝ち残った者が手にする階級であり、その権力は大貴族にも匹敵すると言われている。

一神父から見れば、大司教とは雲の上の存在だといってよいだろう。

「このような少年がオルドゥカ(赤札の最高位)を持つとは・・・」

オルドゥカとはオルド(金)と3(ドゥカ)の合成語だ。

これで金色の3本線を表現している。白札にも金色の3本線はあるが、オルドゥカと呼ばれるのは赤札の場合だけだ。白札など最初から相手にもしていないのだろう。


なぜこんな少年がオルドゥカを・・・


これだけ若い者だ、資産や長年の奉仕など考えづらい。

となれば教会への貢献度の高さ、常人を遥かに凌駕する能力の持ち主・・・

“異能者”か!

神父は心の中で叫んだ。

アルエス教会ではエナルダを異能者と呼んで忌み嫌った。

しかしその裏で護衛や諜報、果ては暗殺まで利用し尽くしたのもアルエス教会なのだ。

とはいえ、エナルダの利用は教会の影の部分だ。教会がオルドゥカを与えるとは考えられない。


少年は神父の卑屈な笑顔も気にしないようだった。

「私には仕事があります。必要なものはここで受け取るようにと聞いております」

「はい、必要なものは何なりとお申し付け下さい。それと従者が先に到着しております」

「従者?」

「ご存知ではなかったのですか?」

「私はこの教会にある古い書物の全てに目を通し、リストを作成するように仰せつかっております」

神父はますます訝った。

(オルドゥカを持つ者がそのような作業を?)

次に神父の頭に浮かんだのは“特審官”だ。

身体に電流が走った。

教会の神父(司祭)や司教にとって、特審官は異能者以上に忌み嫌う相手だった。

アルエス教会本部が教会内の不正等を調査するべく送り込むのが審査官だが、その中でも特別な権限を持ち、特に問題があると判断された地区や教会に送り込まれるのが特審官である。

しかし、おかしい。

審査官なら信者の札サッハニではなく、“ヴァルビノン(真実の目)”と呼ばれる証明証を示すはずだし、特審官による調査ならば、先立って“スホール(スズメに似た小さい鳥)”と呼ばれる従者が教会の武装部隊1個中隊を護衛として引き連れ、審査の実施を宣言し、必要に応じて資料の押収、部屋や場所の封鎖を行うはずだ。


何もかも分からない。

異能者なのか、特審官なのか、オルドゥカを持つこの少年は何者なのか。

混乱した神父は早くこの少年から離れたかった。

自分の部屋でゆっくりと考えたかった。いや、まずは一杯のお茶が何より欲しかった。

その時、少年の視線が後方に流れた。

振り返ると、教会本部から派遣された従者がいた。

「この方がお前の主人だ。早く挨拶をしなさい」

年齢は少年と同じくらいだろうか。

従者はおずおずと頭を下げると怯えた小動物のような小さな目で少年を窺った。

「さ、早くご案内せんか」

教会本部から派遣されたとはいえ従者は従者だ。スホールでない限り、単なる小間使いに過ぎない。

この従者は教会につくなり光の矢の従者だと名乗ったきり、何もせずに過ごした。従者らしい事は何一つ、いや、アルエス教信者としても最低限の事しかしなかった。

陰気でほとんど喋らず、どこにいるのか分からない。そのくせ食事の時にはいつの間にかテーブルについている。

神父は信心の薄い怠け者にしか見えないこの従者を、叱りもしなければ指導したりはしなかった。

つまり嫌悪していたのだ。


少年が従者に案内されて部屋に向かった後、神父は厨房にお茶を自室へ運ぶよう言いつけると教会の祭壇に向かった。

仕事でもなく信者の務めでもなく、ただ純粋に祈った。得体の知れない不安から逃れるために。

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