19-6 ヴィア・バルカ団
ヴィア・バルカ団とは少数精鋭をもって知られるバルカ系傭兵団のひとつ。
団長は元バルカ女王、ティエラ・バルカ。
ティエラが先ほど一行を襲った男に問う。
「その方、名を何と申す」
「は、はい。申し遅れました、ハルドです。ハルド・ロッシオと申します。ゼレンティ軍では中隊長として蛮族と戦いました。今は42名の手下を率いて、用心棒や、その・・・色々と働いて生活の糧としております」
「ほう、色々とな。で、用心棒以外では何をしておるか」
「は、はい。あの、大した事は・・・」
「何をしておったのか申してみよ」
「は、はい。その・・・詐欺と強請を少々」
「ははは、強請と詐欺を・・・少々とな!」
「面白い奴だなぁ」
笑いこけているクラトを横目にジュノがティエラに向き直った。
「団長、いけません。この者は少なからず市民に迷惑をかけている輩です。我が傭兵団にならず者は無用です」
「ジュノは相変わらず固い事よ」
「無論です。我が傭兵団は少数精鋭。自衛戦力には十分ですが、国家戦力には抗しえず、戦局を大きくかえる勢力にはなり得ません。だからこそ極端な敵対勢力を生まずにいるのです」
「その通りだ。確かに・・・な」
「他のバルカ系傭兵団と連絡すら取らない理由もそこにあります。ヴェルーノ殿、ルシルヴァ殿などが我らと連絡を取らないのもティエラ様を危険な立場にさせまいと考えての事です」
「うむ・・・」
ティエラはつまらなそうに聞いていたが、不敵に微笑んでハルドの前に袋を放った。
机に落ちた重い音から、中身が貨幣であると知れた。
「200万パスクある」
「200万パスク!?」
ハルドの声のみならず背後の男達もどよめいた。
ジュノの声も思わず大きくなった。
「ティエラ様!!」
ティエラはちらりとジュノに向けた視線をハルドに戻した。
「それでしばらくはお主の配下を養えよう。その間にお前が何をすべきか考えるが良い。そしてその考えに賛同する者を率いるが良かろう」
「訳が分かりません」
「訳などいらぬ。良いか、これは命令じゃ。次に会う時に我等と共に歩むべきか否か、はっきりするだろう。何も変わらず付き従う者もおらぬのなら、お前には何の価値もない」
「ティエラ団長、その金を渡すと我々は無一文になってしまいますが・・・」
「なに、そうか。ならば働け、それまでは森へ入って狩りをせよ、眠るは天幕を張れば良いだろう」
「こんな大金、受け取れません」
ハルドの心配顔にティエラは強く言った。
「お主は私に従えば良い」
「しかし・・・」
「私が言うのだ、意見はいらぬ」
ぴしゃりと言い切ったティエアにジュノが慌てて耳打ちする。
「あの、団長、ここの払いも無いのですが・・・」
「なにっ、それはいかん!クラト、ハルド殿に頼んでここの支払を拝借せよ」
「はぁ?ワケ分かんねぇよ、だから金はジュノかキキラサが持ってれば良かったんだ」
「つべこべ申すな」
「へいへい。ハルド、金を貸してくれ2,000パスク」
「えっ?え、えぇ、いくらでもどうぞ。元々そちらの金ですし」
ハルドの背後にいる男達はただ呆然とこのやりとりを見ていた。いや、酒場にいた者全ての視線を集めた。
やはりティエラは異彩を放っている。
美しさと威厳。そして、かつてクロフェナのシャオルが評したように、弱点すら魅力に変えてしまう存在感。
クラトがハルドから2,000パスクを借り受け、支払を済ませると釣の100パスク硬貨をティエラに放った。
「ハァッ!」
ティエラは居合いで硬貨を両断する。
どよめきが起き、ハルドのこめかみに汗が一筋流れた。
そのハルドにティエラが硬貨の半分を放る。
両手で受けた。
握った手を開く。
どうやったら硬貨を切れるのだろう。しかも空中にある硬貨を。
「それはお主に預けた割符じゃ」
ハルドが顔を上げると、ティエラが残り半分を指先でつまんで見せた。
声も出せなかった。
何もかもがハルドの思考を超えていた。
「なんて日だ、今日は」
伝説のバルカ、その核となる人物達。絡んでのされたと思ったら、今度は大金を渡されて何かをしろという。
「お前が」
「はい」
「お前が割符を届けたなら、私は必ず会うだろう」
「は、はいっ」
「そして、その時は・・・借用した2,000パスクを返そうではないか」
「はッ・・・はぁ?」
「いや、冗談じゃ、冗談」
緊張した面持ちのハルドを尻目に、自分では面白いと思ったのか、ティエラはからからと笑っている。
「面白い、今日のティエラは冴えてるなぁ」
一緒に笑っているのはクラトだけだ。
ジュノは目を瞑って額に手を当てている。
(あぁぁぁ、ティエラ様がどんどんクラトさんのようになっていく・・・)
「ティエラ様、あまりと言えばあまりな戯言です」
「まぁ堅い事を申すな。・・・ハルド!」
「は、はいッ」
「お前が何かを成し、その割符を持って来たならば、私は決して拒むまい」
「決して怯まぬ、決して屈せぬ、決して諦めぬ、お前達がバルカの精神を宿したと思ったら私の許を訪ねるが良い」
ハルド以下、背後に連なった男達が一斉に片膝を着いて拝した。
『ははッ!!』
*-*-*-*-*-*
さすがのジュノもすっかり忘れていた。
この後、武器商人と会う事を。
しかし、彼らは無一文だ。
手にあるのは両断された100パスク硬貨のみ。
ジュノの苦労は増えるばかりだ。
◇*◇*◇*◇*◇
野次馬に混じっていた元タルキアの兵站庁の運搬係だった男はまだ興奮が収まらないようだった。
「バルカ系の傭兵団は他にもあるが、この『ヴィア・バルカ団(真のバルカ)』は特別だ。バルカ系傭兵団では『ザウトゥロス団(炎の竜)』、『ジェヴァオス団(闇の竜)』『ゾロフォス団(銀の竜)』あたりが有名だ。それぞれ数千程度の兵力を保持していて近隣の国や郷も簡単には手出しできない存在だ」
「しかし、数千といえば傭兵団の規模としては確かに大きいが、国家相手に戦はできんのじゃないのか?」
「いや、その兵士のほとんどがバルカ兵の生き残りなんだよ。バルカは文字通り消滅した。王族・貴族階級だけじゃない、軍関係者も家族ごと各地に散っていったのさ」
「それをギルモアはバルカ戦力が分散できたと考えて放置した。下手に手出しして団結でもされたら、制圧するのにどれだけの被害が出るかわかったもんじゃないからな」
「しかも逃亡した先々の国家が捕縛するどこか自軍に登用しようとした。特に将校クラスは莫大な報酬を約束してな」
「ほとんどのバルカ兵は他国家の兵となるのを拒んだんだが、そういった時間的な幸運がバルカ戦士を生き延びさせ、バルカ系傭兵団を生んだのさ」
「何しろ、バルカの主要人物は生死の確認が取れていない奴が多すぎる。各部隊も壊滅という事になってはいるが、消えてしまったという方が正しいだろう」
「ジルオンやクエーシト、旧グリファ系の勢力との関係も噂になってになっているな」
「しかし、バルカ系の連中はどうするつもりなんだ?」
「分からん。ただ国家としては何も継承されない。バルカにいた人間が消えたら終わりだろう。敵国ですら賞賛を惜しまなかったバルカの精神もな」
「俺には分からんよ、女王が何を考えているのか。女王としても女としても何も遺してはいないじゃないか」
「俺が言う事じゃないが、それは言いすぎだ。それに、今のあいつらはバルカの精神を持ち続けているだろう。もし、ティエラ女王に何かあったら、たちまち集結しかねない」
「そんなんじゃ国家レベルの戦力になっちまうじゃないか。まさか、バルカの復興か?」
「それはないと思う」
元タルキア兵站庁の男はバルカの空気を知っていた。
それは命よりも名よりも大事なものを持っている男達のものだ。
それが何か分からない自分を情けないと思った時期もあったが、その大事なものが結果としてバルカを不幸にしたのかもしれない。
いや、彼らに言わせれば不幸ではなく単なる結果なのだろう。
結果ではなく精神と行動を重んじるバルカ。
だから国家として滅んでもそれは致し方ない事なのだ。
バルカの精神とは国家が持つにはあまりに苛烈で純粋だったのだ。
それ故バルカは国家にはなりえなかったのかもしれない。