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19-5 懇願

ジルキニア戦争終結の1年後


ギルモア王国エルトア郷、エルトア街道沿いの宿場町ヴェリエ。

街道の左右には宿場が並ぶがそれらの店は街道に背を向けている。

エルトア街道はギルモアに併合された際、当時ギルモア主席軍師だったセシウスによって整備されたいう話だ。

セシウスは街道の拡張を行うにあたり、街道を太くするのではなく、旧街道の両側に並んだ宿や市場の外側に新しく街道を通した。

旧街道は通過用の高速街道として主に馬車が利用し、新街道はヴェリエの街に所用がある者が利用するよう決められた。

人々は街道が3本通るこの宿場をドゥカ宿場(3の宿場)と呼び、この形式はギルモアの宿場町で広く採用される事になるのだが、通過専用となった旧街道は非常時に軍用道路に早変わりして、軍事物資や兵員の輸送に利用されるのだという。

いかにもセシウスらしい発想といえる。


*-*-*-*-*-*


ヴェリエの新街道から更に外側、酒場や飲食店で賑わう路地を行く4人の一行は人々の目を引いた。

栗色の髪に白い肌の女と銀髪で肌は褐色の女、少女のような身の丈だが色香を溢れさせた女、3人とも日よけのフードがついた薄手のマントを羽織っている。そして驚くような大剣を背負った黒い髪の男。

その男を先頭に女3人が続いていた。


その様子を通りに面した酒場から眺めている男達がいた。

頬に大きな傷がある男は、一見飲んだくれに見えるが、その目は醒めて知性を感じさせた。

傍らの男が薄笑いを浮かべて言った。

「ハルドさん、やりますか?」

傷の男の名前はハルド。

バルナウル王国軍の中隊長だったが、バルナウルの滅亡で東大陸に逃れてきたのが5年前だ。

“バルナウルが滅亡しなければ、俺は将軍になっていた”がこの男の口癖だった。

彼は小さな盗賊団に入り、数ヶ月のちには頭目となっていた。

頭目となったハルドは街で用心棒や強請ゆすりの類を生業にして生活していた。

早い話がヤクザ者である。

現在、彼の配下は約40人、奇しくもバルナウルで率いていた中隊の規模だ。

「あいつらの身に着けているものを見ろ、そこそこ金はありそうだ。それに連れてるのはイイ女だ。となりゃ、男の仕事も判るってもんよ」「よし、やるか。暇つぶしにはなるだろう。それにあの男の雰囲気が気にいらん」

立ち上がり、いかにも・・・という歩き方で一行の行く手を阻んだ。

ハルドの背後には5~6人の男達が控えている。


「おい、待ちな」

「なんだ?」

返事をする黒髪の男からは何も感じられなかった。

驚きもしなければ警戒するでもなく、背中の大剣どころか腰の刀にすら触れない。

ますます気に入らない。

それがハルドに余計な事までしゃべらせた。

「きれいどころを3人も連れていいご身分じゃねぇか。お前、女衒ぜげんか?」

「どきな」

「腕っぷしには自信があるってか?俺達相手に格好はつけん方が身のためだぞ。それに、後ろにいる女の今晩の客は俺かも知れなんだぜ?客は大事にしねぇとな」

通行人や店先の商人は気の毒そうな、それでいて関わりたくないという視線を向けた。

黒髪の男は視線すら上げずに言った。

「今のは聞かなかった事にしてやる。どきな」

「なんだと?」

胸ぐらを掴もうとした腕を払われた。

軽く払ったように見えたが、弾かれたようにハルドの身体はよろめき、声をあげそうな痛みが走った。

驚きと同時に怒りが湧き上がった。

「ふざけやがって貴様!!」

ハルドの怒号と同時に、後ろに控えていた2人が無言で前に出た。

盗賊あがりのヤクザ者とは思えない身のこなしだ。

しかし黒い髪の男は顔すら動かさない。

2人の賊が迫る。

と、黒髪の男の背後から2つの影が動き2人の賊はハルドの後方へすっ飛んだ。

賊を打ち倒したのは、栗色の髪の女の拳と、銀髪の女の上段蹴りだ。

ハルドは混乱の中ですら美しいと感じた。

マントを脱ぎ捨てた2人の女は、露になった目を怒らせ、賊をにらみ付けている。

栗色の髪の女は、その白い肌に映える唇と同じ赤い色の胸当てをしており、銀髪の少女は金属を磨き上げたような銀色の胸当てを身に着けている。

これだけの男達を前に動じた様子は一切見えない。


ハルドは動けなかった。

・・・こ、これは只者じゃない。

その耳に、焦りと怯えを含んだ声が聞こえた。

「お、お前ら、動くな!」

賊の1人が残った小柄な少女の肩を背後から掴み、ナイフをかざした。

「ばか、やめろ!」

ハルドが叫ぶのと少女の腕が動くのは同時だった。

パチリと鋭い音を立てた2本の仕込みナイフが陽光を反射させながら舞い、次の瞬間、賊は膝を着き、喉元にナイフを突きつけられていた。

賊のナイフは地に落ち、腕からは血が流れている。

一瞬のうちに膝と肘を突かれたのだ。

「な、な、何をした!」

パニックに喚く賊の喉元をナイフが軽く突いた。

「動いちゃだめよ。お・じ・さん」


ハルドを始め誰1人として動けなかった。

のされた2人はハルドがゼレンティ軍に所属していた頃からの部下で、戦闘力だけならハルド以上の強者だ。

それが一瞬だった。


「なぁ、俺達はこの先の宿で待ち合わせしててさ、急いでるんだ」

黒髪の男は騒ぎにそぐわない穏やかな微笑みを見せた。

話好きの知人から逃れる言い訳のようにさらりと言って笑っている。


(だめだ、とても敵わん)


次第に集まってきた野次馬の一角から声があがった。

「おい、あれはバルカ傭兵団だぜ!」

「なに!?」

「赤い胸当ては『赤い旋風』ティエラ女王だ。銀髪は『銀狼隊』の隊長アイシャ、背が小さいのが『サバール隊』のキキラサだ」

「マジか」

「俺は武具の運搬で何度もバルカに入った事がある。間違いない」

「じゃ、あの黒髪の男は・・・」

「『バルカの大剣』クラト・ナルミだろう」

「うそだろ、こんなところにいたのか・・・っていうか賞金首じゃないのか?」

「そうだ。全員討ち取ったら大金持ちどころか領主になれるって話だ。だが、とても敵う相手じゃないし、もしそうなったら旧バルカの連中が黙っちゃいないだろう」

「当たり前だ。あいつらあっちこっちで賊を征伐したり、合戦にも参加してるらしいじゃないか」

「そうだ。バルカ系の傭兵団がいくつも組織されているが、ここのメンバーは特別だぜ」

「軍はどうした?放っておいていいのかよ?」

「むしろ客分として招聘したいと考えてる国もあるくらいからな。ジルオンやジルディオともつながりがあるようだし」


話に夢中になった男達に背後から声がかかった。

「よくご存知ですね」

振り向いた男が目を見張る。

「うぁ、あんたジュノじゃないのか、『バルカの碧い壁』と呼ばれた」

「確かに私はジュノ・ガクレイです。しかし碧い云々は過去の話ですよ」

そう言って微笑むジュノは、ルーフェンの青騎士と呼ばれていた頃と同じ青色の胸当てを着けていた。


ジュノはクラト達に近づくと声をかけた。

「ティエラ団長、お迎えにあがりました」

「済まんな、待ち合わせていたものを」

「いえ、早速ご案内します」

「うむ」

「ジュノ、腹が減っちまったよ。何か食いたい」

「えぇ~、まだ4時(午後2時頃)じゃないですか」

「まぁ、良いではないか。待たせる相手が居る訳でもない」

「待たせてますよ、武器商人を」

「何を食おうかな、やっぱ肉かぁ?」

「クラトさん聞いてるんですか!」

「ジュノ、6時(地球の午後6時)には到着できるであろうから問題はあるまい」

「あああぁ、もう・・・」

「よし、この店にしようぜ」

クラトが指した酒場はハルド達のたまり場だ。もちろんハルドの配下がたむろしている。

クラト達が店に入るとガタガタと音を立てながら立ち上がった。

割れた人ごみを進んで一番奥の席に着いた。

「さーてと、この店は何が美味いんだ?」

クラトがメニューを見ていると、先ほどの顔に傷がある男がテーブルの側に来て立ち尽くしている。

「どうしたんだよ、もう勘弁してくれよ」

「私を、使ってはもらえませんか」

「は?使えって何をやるっていうんだよ」

「何でもやります」

「何でもやるってのは、何も出来ない奴が言うセリフだぜ」

「はい。私は何もできません。しかし、使ってもらえるまではテコでも動きません」

「なに勝手なこと言ってんだよ」

男の後ろには、さっきティエラとアイシャにのされた2人が立っている。その後ろには十数名の男が集まっていた。

「何とか、お願・・・」

「だめだ」

「そこを何とか」

「しつこいぜ、だめなものは・・・」

「その方、名を何と申す」


クラトが振り返るとティエラが目を細めて笑みを見せていた。


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